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「FUGAKU」の世界に迫る、Brise Audio最強ポタアン「WATATSUMI」誕生。汎用イヤフォンも開発中!?

手前がWATATSUMI

Brise Audioが面白い

今、Brise Audioが面白い。群馬県は高崎の近く、田んぼが目立つのどかな場所にある同社を何度か訪れているのだが、行くたびにオーディオ的に“濃い”メンバーが増え、話をしていると「実はこんなもの作っちゃいまして……」と、奥から驚くような試作機が次々と出てくる。今回はポータブルアンプなのだが、中身も音もぶったまげるようなシロモノだ。

モデル名は「WATATSUMI」。明日4月26日からステーションコンファレンス東京で開催される「春のヘッドフォン祭 2025」にも出展するそうなので、現地に行く人は、絶対に試聴した方が良い。

……と、いきなり「Brise Audioが面白い」と始めてしまったが、どんなブランドなのか、ちょっとおさらいをしよう。

キッカケは、岡田直樹氏と渡辺慶一氏という、2人のオーディオマニアの出会いから。様々な機器を買うだけでは飽き足らず、毎晩、自分たちが理想とするオーディオケーブルの自作研究会まで開いてしまうマニアな2人は、その研究成果を世に問うため、2015年にBrise Audioを設立した。

左から取締役でブランドオーナーの岡田直樹氏、渡辺慶一社長

だが、知名度の無い新ブランドのケーブルがいきなり売れるわけもない。お店に置いてもらう事すら困難な日々。

そこで2人は、良いものであれば新ブランドにも関心を持つ好奇心旺盛なユーザーが多く、イベントも盛んに開催されているポータブルオーディオ市場に挑戦。そこで多くのファンを獲得し、“ハイクオリティなケーブルブランド”として知られるようになった。

話はそこで終わらない。「ケーブルをオカルトにしたくない」「ケーブルだけで終わりたくない、自分達の製品でオーディオシステムを完結させたい」と考えていた2人は、社屋を増築し、高価な測定機や最新の3Dプリンターなども導入するなど開発環境を整え、才能ある若手エンジニアを積極的に採用。

その成果として、ケーブルではない初のハードウェアとして、ポータブルアンプ「TSURANAGI」が完成。こちらもポータブルオーディオファンの間で高い評価を得る。

そして2024年、“250万円のイヤフォン”として大きな話題となった「FUGAKU」を生み出す。正しくはイヤフォンだけでなく、イヤフォン + 専用ポータブルアンプ + 専用ケーブルがセットになった“究極のポータブルオーディオシステム”だ。

究極のポータブルオーディオシステム「FUGAKU」

ポタアンの中に、計10ch分のアクティブクロスオーバー回路と、計12chのパワーアンプを内蔵。それを使って、イヤフォンに内蔵している5ウェイ8ドライバーの全てを、個別のアンプでドライブする“マルチアンプ駆動イヤフォン”という、とんでもないシロモノだ。音も「イヤフォンでここまで到達できるの!?」と驚く世界なので、こちらもイベントで見かけたら必聴だ。

一方で、このFUGAKUには、2つの気になる点がある。それは、

  • 250万円という価格
  • イヤフォンとアンプがセットなので、他のイヤフォンやヘッドフォンが使えない

という事。

要するに「もう少し手の届きやすい価格で」「手持ちのイヤフォンやヘッドフォンで、FUGAKUのような世界を体験できないか?」という要望も浮かぶわけだ。そして、新たに開発されたポータブルアンプ「WATATSUMI」が、まさにその要望を叶えるモデルになっている。

WATATSUMIはどのように生まれたのか

チーフエンジニアの黒川亮一氏

WATATSUMIを手掛けたのは、チーフエンジニアの黒川亮一氏。同社初のポータブルアンプ、TSURANAGIやFUGAKUのアンプを手掛けたのも黒川氏だ。

黒川氏は中学時代にポータブルオーディオに目覚め、大学受験の時期にスピーカーオーディオにも開眼。高校生の時に渡辺氏と知り合い、オフ会で行き来するオーディオ仲間になる。

東京の電気系大学に進学した黒川氏は、趣味で“PCのHDD用外付けリニア電源”を作るようなマニアックな学生となり、インターンとしてBrise Audioでも働いた事がある。その時に岡田氏が、「ハイエンドケーブル開発に活用できる評価用のバランス入出力アンプが欲しい。ケーブルのリファレンスとなるようなポータブルアンプを作れないか? どんなものが出来上がっても文句は言わないから好きに作ってみて」と提案。

そして黒川氏がTSURANAGIのプロトタイプを作り、渡辺・岡田氏がその音の良さに驚愕、急遽市販化を決定。今では「Brise Audioを支える新たな柱になってくれました」(岡田氏)という。

その後、大手半導体メーカーであるロームに就職し、本格的なアナログ回路設計の仕事をしていたが、「オーディオ機器を作りたい」という想いが強くなり、彼の能力を高く評価していた岡田氏が声をかけ、現在はBrise Audioに在籍しているというわけだ。

「TSURANAGIを作っていた時と比べると、ポータブルオーディオの市場環境が変わってきました。イヤフォンやヘッドフォンの新しい製品が登場し、駆動力や低ノイズといった面で、ポータブルアンプ側に求められる性能の要求度が上昇してきたのです」(黒川氏)。

そこで黒川氏は、最新機器にも対応できるよう、TSURANAGIのバージョンアップを考える。さらに、ケーブル開発において、銀線を使った「SHIROGANE」が誕生。そのノウハウも、新たなポータブルアンプに活かしたいと考えるようになる。

そこで生まれたのが、2023年に内部配線に銀線を使ったTSURANAGI限定バージョン「TSURANAGI-SC」。銀線を使うことで「音は全然変わりました。ケーブルをYATONOからSHIROGANEに変えた時のような変化が、アンプでも起こりました」という。TSURANAGI-SCでは銀線を使うだけでなく、イヤフォン向けにゲインを6dB下げてノイズを半減。ボリュームカーブも変更し、小音量での調整をしやすくした。このTSURANAGI-SCは、限定モデルとして2024年の福袋として販売。

右端が初代TSURANAGI、中央がTSURANAGI-SC

その後、2024年4月には、銀線は使わないものの、それ以外の進化を反映した「TSURANAGI-V2」を、通常モデルとして発売した。

左からTSURANAGI-V2、WATATSUMI

“TSURANAGIの改良”という話であれば、ここで一区切りとなるが、黒川氏はこれらと並行して、前述したFUGAKUのアンプ部分も開発していた。そこでも新たなノウハウが蓄積されていく。

手掛けたFUGAKUの圧倒的なサウンドに満足しつつも、「アンプ部分のサウンドへの貢献度はどのくらいなのだろう?」と考えるようになったという黒川氏。つまり、「FUGAKUのアンプで、他のイヤフォンやヘッドフォンを駆動したらどんな音になるのだろう」という興味も、新ポータブルアンプ開発のキッカケになったというわけだ。

SHIROGANEで培った銀線の技術と、FUGAKUで培ったアンプの新技術、それらを組み合わせ、TSURANAGIの改良ではなく、基板もゼロから開発し直し、TSURANAGIを超える新たな評価用のリファレンスポータブルアンプを作りたい。その結果として、「WATATSUMI」が完成した。

内部を全面的に見直し。FUGAKUの技術を随所に投入

WATATSUMIを詳しく見ていこう。

WATATSUMI

純粋なアナログ・バランス入出力対応アンプで、入力端子は3.5mmのステレオミニと、4.4mmバランスを各1系統備える。出力端子は4.4mmのバランス×1系統のみだ。背面にUSB-Cがあるが、これは内蔵バッテリー充電用で、USB DACは搭載していない。

出力が4.4mmのバランス×1系統のみなので、アンバランスの入力信号も、内部で高精度にバランス信号に変換してバランスで出力する。

ユニークなのは、バランス出力のみのアンプだが、内部ではあえて、一度アンバランス信号に変換しているという事。これは、信号に対して同じ位相で伝わる「コモンモードノイズ」、つまりプレーヤーからケーブルを伝わったり、ケーブルなどアンテナとして空間から伝わるノイズを除去するための工夫だ。

高いコモンモードノイズ除去が可能なオーディオ用差動ラインレシーバを採用しているほか、性能面と音質面に優れる電子ボリュームも「MUSES72320」搭載している。中間をアンバランス回路にすることで、消費電力の低減、実装面積にゆとりを持たせるという利点もあるそうだ。

こうしたWATATSUMIの基本構成はTSURANAGIをベースとしており、アンバランス-バランス変換と電流増幅を同時に行なっているほか、全差動オペアンプのフィードバックループ内に電流帰還アンプを入れることで、更に歪を抑えている。

信号の流れとしては、下図のようになる。「New」と書かれている部分が、WATATSUMIの進化点で、ほぼ全てのブロックで進化しているのがわかる。

まず、3.5mmと4.4mmの入力セレクター。従来はトグルスイッチでユーザーが切り替える必要があったが、WATATSUMIでは、入力信号を検知して自動的に入力が切り替わるようになった。この回路はFUGAKUで使っているものと同じで、利便性向上に加え、トグルスイッチを廃することでコストも削減できる。

その次に、フィルタが来る。従来はパワーアンプの部分にあったものだが、これを入力部分に配置する事で、大きくノイズを低減できるほか、パワーアンプの応答性向上にも寄与するという。このフィルタも、FUGAKUと同じ回路を使っている。その後に入力アンプが配置されているが、これもFUGAKUと同じ回路を採用。このフィルタと入力アンプの回路はまとめて「BIS2.0」と名付けられている。

WATATSUMIの内部

ボリューム部分には、前述の通り、性能面と音質面に優れる電子ボリュームのMUSES72320を使っている。これはTSURANAGI-V2と同じだ。ただ、ボリュームIC自体は同じだが、ボリュームカーブを更に改良している。

具体的には、ボリュームの回転角度をマイコンで読み取り、MUSES72320に指示を出す仕組みになっているが、そのツマミの位置に対するボリューム減衰量の関数を変更。「今まではかなり回さないと音量が上がってきませんでしたが、最初からグッと音量が上がるようにしました」(黒川氏)。この改良は、既存モデルに寄せられたユーザーの声をフィードバックしたものだという。

なお、FUGAKUでは電子ボリュームに最新のMUSES72323を採用しているが、WATATSUMIではあえて採用していない。「理由は、MUSES72320のほうが低い電源電圧で動作が可能だからです。FUGAKUは負荷となるイヤフォンが決まっており、出力電圧範囲がわかっているため、動作範囲が狭くても使えるというので採用していました。一方WATASTUMIは低能率・高インピーダンスのヘッドフォンなども接続することを想定しているため、より動作範囲を広く取れるMUSES72320を採用しています。WATATSUMIでMUSES72323を採用するとなると、さらに電源電圧を高く取ることになるため、バッテリー時間とのトレードオフがあり、全体のバランスが悪くなってしまいます。あくまで実用性を確保した上で品質を最大化するという考え方です」(黒川氏)。

電子ボリュームの後に来るのが電圧アンプ。FUGAKUと同じオペアンプを使うことで、低ノイズ化、低歪化が実現でき、増幅率は従来の4.5dBから6.0dBに向上。ホワイトノイズが目立ちやすいカスタムIEMなどを接続した時でも、ノイズが出にくくなった。

パワーアンプ部分は、従来と同じ構成の全差動オペアンプ + 電流帰還アンプだが、回路素子自体を見直すことで、大電流対化と低歪化を実現。DCサーボ回路はFUGAKUと同じ回路を採用することで、低ノイズ化も果たし、「BOS1.5」へと進化した。

「FUGAKUと同じ回路」という言葉が何度も登場しているように、内部にはFUGAKUの技術がふんだんに使われている。黒川氏によれば、内部基板は6層構造で、基板レイアウトをTSURANAGIから根本的に見直しているが、そこでもFUGAKUで得られたノウハウを使って回路が描かれた。その結果、左右対称レイアウトかつ最短配線になったほか、回路の基準点の位置を最適化することで高負荷時の特性も改善したそうだ。

こうした工夫により、TSURANAGI-V2比で 16Ω時の最大出力は3倍となる2,000mW + 2,000mWに向上。16Ω負荷時のTHD+Nは約1/3に低減、残留ノイズも約1/2に低減したという。

世代が新しくなるごとにノイズ性能がちょうど2倍ずつ向上しているのがわかる

さらに、WATATSUMIでは大電力出力時の特性が大幅に良くなっているのがわかる。鳴らしにくいヘッドフォン/イヤフォンを接続し、ボリュームを思い切り上げた時でも、より高音質を維持できるポータブルアンプになっているようだ。

なお、他社のアンプではゲインがLow/Highなどで切り替えできるものが多いが、黒川氏はあえてゲイン固定にこだわる。「アンプの帰還経路に切り替えスイッチ(物理ないし半導体)があると、歪やノイズの原因になることがありますし、そもそも回路が低ノイズであれば、ゲインが高めでも問題となりません。また、物理スイッチの場合は接点不良が起きやすく、製品寿命も短くなりますので」(黒川氏)。

また、内部配線には写真のように銀線を使っている。SHIROGANEのケーブルに使っているものより、さらに太い銀線だという。また、この銀線は最短で接続できるよう、基板の配置も工夫している。

半透明のケーブルが銀線だ

アンプでは電源も重要だ。WATATSUMIでは、全体的に電源電圧を上げているため、消費電力が増加した。これに対して、持続時間をTSURANAGIと同程度に維持するために、搭載しているバッテリー容量を10%ほど増加している。

コンデンサーも、従来の2倍~4倍という大容量なものに変更。低域の低重心化に貢献したという。両電源生成回路にも、FUGAKUで得られたノウハウを用いて最適化している。

4つ並んだパーツが、バッテリー電圧を安定化するためのコンデンサー。容量を4倍に増加させた

内部では豪華に、2系統のリニア電源回路を計3個、つまり6チップ内蔵している。パワーアンプの電源を、左右個別に作っているほか、残り1つのリニア電源回路で、入力セレクターや入力アンプ、ボリューム、電圧アンプを動作させている。パワーアンプとの相互干渉を防ぐためだ。

また、これらのリニア電源回路には超高性能リニアレギューレータを使い、高電圧化することでアンプ動作範囲と性能を高めている。両電源生成回路からリニア電源、大容量コンデンサまでの回路は「BPS1.5」と名付けられている。

このように、WATATSUMIの内部は“TSURANAGIとは別物”に進化しているが、筐体サイズはTSURANAGIとほぼ同程度に収められている。体積効率・密度も格段に向上したためだ。

持つだけで違いがわかる、筐体の剛性

内部に負けじと、筐体自体も大きく変わっている。

TSURANAGIでは、汎用の筐体ケースをカスタマイズして使っていたが、WATATSUMIでは筐体自体をオリジナルで、しかもアルミ削り出しで作っている。

既存のケースは4ピース構造だが、WATATSUMIの筐体は上下の2ピース構成とした。こうする事で、強度・剛性を高められるからだ。

上下の2ピース構成になっている

実際にTSURANAGIとWATATSUMIを触ってみると、剛性の違いは歴然。WATATSUMIの方がガチガチに硬く、指で叩いてみるとTSURANAGIは「コンコン」と、少し響く音がするが、WATATSUMIは「コツコツ」とまったく響かない。重量も重くなっているが、持ち比べるだけで「ああ、WATATSUMIがハイエンドアンプだな」と納得できる風格がある。

内部には、ノイズ低減のためシールドケースも配置している。筐体の通気孔から風がケースに当たる事で、放熱する仕組みも兼ねている。

バッテリーの下にあるのがシールドケース。ノイズを抑えるだけでなく、ここに風が当たって放熱も兼ねている

ボリュームノブはチタン製。カバンの中などに入れた時に、意図せずボリュームが回らないように、ガードを追加した。さらに、出力の4.4mm端子には挿抜検出機能も新たに搭載し、イヤフォンのケーブルを抜き差しした際のポップノイズも抑えた。これらも、既存ユーザーからの意見や、黒川氏が自分でTSURANAGIを使って、欲しいと感じた機能を追加する事で、使用感の向上を狙ったものだ。

WATATSUMIの音を聴く

WATATSUMIの音が気になるところだが、まずは既存のTSURANAGI-V2を聴き、それからWATATSUMIを試聴してみよう。

プレーヤーは、Astell&Kernの「A&ultima SP3000」をライン出力モードで使用。HiFiMANの平面型ヘッドフォン「SUSVARA」(インピーダンス60Ω/感度84dB/mW)や、フォステクスの同じく平面駆動型「RPKIT50」(同50Ω/89~92dB/mW)などを使ったほか、カスタムIEMのqdc「Hybrid Folk-C」(同15Ω/101dB/mW)も使っている。

HiFiMANの平面型ヘッドフォン「SUSVARA」

まずはTSURANAGI-V2から。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生すると、冒頭、静かな空間にピアノが出現し、アコースティックベースが入ってくるのだが、この時点で、非常にノイズの少ないアンプだというのがわかる。

音が出ていない無音の部分が静かであるため、そこにスッとピアノが立ち上がる様子が鮮烈だ。また、音場が静かなので、ピアノの響きが空間の奥へと広がっていく様子もよく見える。

低域もパワフルだ。アコースティックベースの「グオォーン」という豊かな響きをまとった音が、こちらに押し寄せてくる。手のひらサイズのポータブルアンプが駆動しているとは思えない、ドッシリとしたサウンドだ。

ダイアナ・クラールのボーカルも色付けが無く、非常にナチュラルだ。TSURANAGIはBrise Audioのケーブル開発のための、リファレンスとして作られたアンプとのことだが、それも頷けるニュートラルな音だ。これならば、組み合わせたケーブルの音も、聴き分けやすそうだ。

TSURANAGI-V2が非常に良い音なので、「これで十分なのでは?」という気もしてくるが、WATATSUMIに切り替えてみると、「!?」と、ボリュームを回していた手が止まる。音が出た瞬間からわかるほど、大きな違いがある。TSURANAGI-V2よりも、明らかにノイズフロアがさらに低く、無音部分が本当に無音だ。

カスタムIEMで聴いていても、「サーッ」というような無音時のホワイトノイズがほぼ聴こえない。これは大きな進化だ。

さらに驚くのは、無音部分から鮮烈に描写されるアコースティックベースの低域だ。低い音の沈み込みはTSURANAGI-V2よりもさらに深く、そしてよりタイトで、キレが良い。ベースの響きを豊かに出しつつ、その奥に、弦が震える「ブルン、ゴリン」といった、硬くて細かい音がしっかりと見える。

SUSVARAのような、平面振動板で開放型のヘッドフォンは、パワーのあるアンプでドライブしなければ、迫力のある低音は出ない。しかし、WATATSUMIで駆動すると、「SUSVARAってこんな低音が出せたんだ」と驚くほどの低音が味わえる。

「米津玄師/KICK BACK」を聴くと、エレキベースの低音が地面を掘り返すほど深く、鋭く刻まれる。単に、“低音が豊富に出る”というだけでは、この音にはならない。特筆すべきは“キレ”だ。ユニットがフラフラと余計に動いてしまうと、余計な音が出る。ユニットを動かすだけでなく、動かさない時はピタッと動かさない。それができるアンプだからこそ味わえる、キレのある低音が心地良い。

ノイズのさらなる低減と駆動力の進化が組み合わさる事により、広大な空間で、まるでフロア型スピーカーを前に聴いているかのような、豊かなスケール感が味わえる。ポータブルの世界を超えたこの感覚は、まさにFUGAKUで体験した世界だ。

オーディオテクニカ「ATH-ADX5000」

黒川氏も愛用しているという、オーディオテクニカ「ATH-ADX5000」(インピーダンス420Ω・能率100dB/mW)も、なかなか鳴らしにくいヘッドフォンだが、WATATSUMIでドライブすると、しっかりと芯のある低域と、圧倒的に緻密な中高域の描写が両立されて驚く。ダイアナ・クラールが歌い出す寸前に息を吸い込む「スッ」というかすかな音が、ここまでリアルに、微細に聴こえた事は初めてだ。

これまでのポータブルアンプと比べ、情報量も桁違いに多い。内部に銀線を使っていることも寄与しているのだろう。ベールを2枚剥いだのような、よりダイレクトで、音の鮮度が高く感じられる。逆に言えば、ケーブル以外の部分も大きく進化した事で、銀線の効果がより強く感じられるという、相乗効果なのかもしれない。

使い勝手も良い。SUSVARAで聴いた場合、従来はボリュームノブを、時計で例えるなら16時くらいまで回さないと十分な音量が得られないが、WATATSUMIでは13時くらいで十分という音が出る。これにより、より細かな音量調節がやりやすくなった。

WATATSUMIは序章、“Brise Audioのイヤフォン”も開発中

気になるWATATSUMIの価格はオープンで、実売は税込68万円と、TSURANAGI-V2(同約40万円)と比べると高価だ。ただ、250万円するFUGAKUのアンプ技術を多数投入している事を考えると、納得できる価格だ。4月25日発売で、既に受注を開始している。出荷は6月中旬頃の予定だ。

平面型ヘッドフォンを堂々と鳴らすので、目を閉じて聴いていると、手のひらサイズのアンプで鳴らしている事を忘れてしまい、巨大な据え置きヘッドフォンアンプで鳴らしているように錯覚してしまう。完全に“ポータブルアンプ”の域を超えた世界だ。

屋外でいい音を楽しみたい人だけでなく、家の中で使う本格的なヘッドフォンアンプが欲しいと思っている人にも、注目して欲しい。据え置き型として使っても、満足度が高いアンプと言えるだろう。

WATATSUMIのサウンドを体験してしまうと、自ずと1つの質問が浮かんでくる。このWATATSUMIと組み合わせるイヤフォン、つまり“Brise Audioの汎用的なイヤフォンは登場するのか?”という事。岡田氏に聞いてみると、「今年度中の発売を目指して、開発を進めています。もちろん、DAPとの接続に使うケーブルも開発しています」という返答が。

WATATSUMIで既存のイヤフォン/ヘッドフォンを鳴らす楽しみに加え、WATATSUMI×開発中のイヤフォン&ケーブルがどんな音になるのかにも期待が高まる。それはきっと、FUGAKUが見せてくれた世界を、少し身近にしてくれる組み合わせになることだろう。

さらに岡田氏の口から、ケーブルについても「Brise Audioのエントリーブランド
を作り、そのブランドの新製品を開発しています」との言葉も飛び出した。

Brise Audioのケーブルは、コネクタの組み合わせや線材の種類が多く、完全手作業のため製作難易度が高いことから受注生産となっているが、エントリーブランドの製品では、コネクタの選択肢を絞ることで量産性の高いモールド加工で製造。ただし、モールド加工した状態でも、高音質化加工を施すことで音質のコントロールも行なうという。

こうした工夫で、受注生産ではなく、あらかじめ量産したものをストックできるようになり、常に即納できる体制をエントリーブランドでは目指すという。価格は2万円前後の予定で、4.4mm - 2ピンと4.4mm - MMCX(ゼンハイザー対応)を開発中だという。高価格帯のラインナップは従来通り、Brise Audioブランドで継続するそうだ。

Brise Audioのケーブルを使ってみたいが、手が届かなかったという人には注目のブランドになりそう。WATATSUMIや新イヤフォンも含め、「ケーブルだけで終わりたくない、自分達の製品でオーディオシステムを完結させたい」というBrise Audioの夢が、また実現に向けて一歩進んでいる。

山崎健太郎