レビュー

AVアンプ離れしたHi-Fi音質、ヤマハ歴代随一の11ch「RX-A8A」

ヤマハの最新フラッグシップAVアンプ「RX-A8A」

5月13日に発表されたヤマハのRX-A8A。同社高級AVアンプ・シリーズ「AVENTAGE(アヴェンタージュ)」の最新フラッグシップに位置づけられる製品だが、“STAY HOME”が強く望まれ、都内の主だった映画館が休業の憂き目にあったこのゴールデン・ウィーク、本機をぼくの部屋でじっくりハンドリングできたので、ここではそのインプレッションをお届けしたい。

この夏登場するAVENTAGEシリーズは4モデルで構成されるが、先述のように本機はその最上位機となる。11チャンネル・アンプ内蔵機で価格は41万8,000円(税込)だ。

  • 11ch「RX-A8A」9月30日発売 418,000円(税込)
  • 9ch「RX-A6A」9月30日発売 275,000円(税込)
  • 7ch「RX-A4A」8月27日発売 132,000円(税込)
  • 7ch「RX-A2A」発売中 88,000円(税込)

ぼくはこれまでヤマハ製AVアンプのフラッグシップ・モデルをすべて聴いてきたが、本機をさまざまテストし、歴代随一の「音のよい」モデルだと確信した。自分の感覚にぴったりフィットする音という観点から言えば、ペアで68万2,000円(税込)のセパレート型「CX-A5200/MX-A5200」以上だと思う。

どこに惹かれたか。それは長時間聴いていても飽きることも疲れることもないそのナチュラルな音調に、である。音のどこかが突っ張っていたり不自然だったりということがないので、使っているうちに機械の存在を意識することがなくなり、その作品世界にすっと没入できるのである。オーディオ/AV機器にとって、このような精神状態にリスナーを誘えることこそが最高の役割だろう。

左から左からA4A、A6A、A8A
11chのパワーアンプを内蔵した「RX-A8A」

RX-A3080から大幅に進化した音と機能

自宅での視聴前に、東京のヤマハミュージックジャパンの試聴室で、2018年に発表された同社一体型AVアンプのトップエンド機「RX-A3080」(発売当時税抜28万円)と聴き比べてみたが、A8Aの音の良さは際立っていた。

2018年に発表された9.2chの「RX-A3080」

CDやハイレゾファイルを用いた2chチャンネル再生でも、ブルーレイを用いた映画再生でも、3次元的な音の広がりがA8Aは断然すばらしく、同時に音の消え際の描写が精妙で、表現が実にダイナミックなのである。AVアンプ離れしたハイファイ・チューニングが施されたモデルだと実感させられた。

「RX-A8A」

では、RX-A8Aの詳細について見ていこう。先述のように本機には11チャンネル・アンプが内蔵されており、Dolby Atmos、DTS:Xのほか、AURO-3D対応が謳われている(発売後にファームウェア・アップデートで対応予定)。Atmos再生時には本機1台で7.2.4構成(フロアチャンネル×7本、サブウーファー×2基、トップスピーカー×4本)が可能だ。

担当エンジニアの説明によると、本機のサウンドコンセプト、音質追求のポイントは「静寂とエネルギーの対比」、「正確な音色(おんしょく)表現」、そして「空間描写」だそうである。

その3つの課題を達成するためにまず取り組んだのが、パワーアンプのハイスルーレート化だ。スルーレートというのは、入力信号のレベル変化にアンプがどれだけすばやく反応できるかを表す指標。その値を新回路の採用によってRX-A3080比で約2倍に改善、セパレート・パワーアンプのMX-A5200とほぼ同レベルの性能を実現したという。

もう一つ重要なアプローチが、構造面の強化だ。電源トランスとそれを支える5本目のフット位置の最適化や、筐体内のクロスフレームの強化などによって剛性を上げ、音を濁らせ、にじませる要因である振動対策を徹底しているのである。5本目のフットの内部に真鍮も搭載したそうだ。

5本目のフット内部に真鍮を搭載

また2014年発表のRX-A3040以来、プリント基板と電源回路が全面的にリニューアルされたのも注目すべきポイントだ。まずプリアンプ部に多層基板を採用、信号経路、電源、グラウンドの配線を最適化することでSN比とクロストークを改善した。また電源部の線材の見直し、捲線の工夫などによって低域再生の強化、微細音の表現力を向上させたという。

プリアンプ部に4層の多層基板を採用。伝送経路を最適化し、ローインピーダンス化している

HDMI端子は入力7/出力3系統。すべて最新フォーマットのHDMI2.1準拠で、7入力すべて8K/60Hz、4K/120Hzのリピーター機能に対応する。

信号処理の心臓部となるSoC(System on a Chip)は新たにクアルコム(Qualcomm)製チップが採用され、ヤマハ独自の「SURROUND:AI」は64bit演算が可能となり(RX-A3080は32bit)、演算誤差が極小化され、より精密な音場創成が可能になったという。

ちなみに、採用されたDAC素子はESS製の8chタイプ「ES9026PRO」。このチップを2基採用し、2つのサブウーファー出力を含め13ch分のDA変換をまかなっている。

同様にヤマハ独自の音場測定&補正機能Yamaha Parametric Room Acoustic Optimizerもセパレート型同様64bit演算32bit処理の「ハイプレシジョンEQ」タイプが採用されている。

デザインも一新、YPAOもより高精度に

センターボリュウムのニューデザインにデザイン一新

RX-A8Aは、昨年発売の入門機から導入されたセンターボリュウムのニューデザインが採られている。フロントパネルもシンプルな佇まいで、とても好ましい。AVアンプ特有の威圧感を抱かせないのである。一般ユーザーにAVアンプの複雑怪奇さに恐怖心を抱かせないためにも、見た目のシンプルさはとても大切だ(リアパネルの入出力端子の多さには誰もがビビるかもしれないが……)。

背面。HDMI端子が入力7/出力3系統など、豊富な入出力端子を備えている

現在の愛用AVアンプであるデノン「AVC-A110」をラックからはずし、同じ場所に本機RX-A8Aを収める。本機のフロントL/Rライン出力をオーディオ用プリアンプのオクターブ「Jubilee Pre」のプロセッサー入力(ユニティゲイン)に繋ぎ、フロントチャンネルだけオクターブのパワーアンプ「MRE220」で鳴らす、いつものスタイルでテストした。センターレスの6.1.4構成だ。

UHD Blu-rayプレーヤー、パナソニック「DP-UB9000」とプロジェクター「JVC DLA-V9R」を、A8AとHDMI接続(リピーター機能を活用)。まず本機付属のマイクを用いてYPAOによる音場測定を行なう。

音場測定&補正機能YPAOも64bit演算32bit処理の「ハイプレシジョンEQ」。各スピーカーの距離、角度、高さ測定も可能だ

リスニングポイントにマイク設置用ボードを置いてテストトーンを発生させながら4点で測定し、演算処理をさせるわけだが、所用時間は3分くらいだろうか。4点測定の割にはとてもスピーディで簡単だ。

本機内蔵のYPAOは壁や天井からの反射音を調整することができ、4点のマルチ測定により各スピーカーの高さと角度をより正確に測ることができる。国産AVアンプの音場補正機能のなかで、もっとも進んだ内容が盛り込まれていると言っていいだろう。

各スピーカーの高さや角度を正確に測定できる

それからぜひご注目いただきたいのが、YPAOのパラメトリック・イコライザーのターゲットカーブとして、新たに「低周波数領域」というモードが加えられたことだ。

これは部屋固有の定在波の影響を抑えて低音をすっきりさせ、音場の見通しを向上させるというモード。15.6Hzから200Hzまでを12分の1オクターブの区切りで、きめ細かく補正してくれるのである。

パラメトリック・イコライザーのターゲットカーブとして、新たに「低周波数領域」が追加されている
「低周波数領域」の補正状況を詳しく表示した画面

YPAOのパラメトリックEQのターゲットカーブは他に「フラット」「フロント近似」「ナチュラル」というモードがあるが、これらは3分の1オクターブ区切りの補正に留まる。

実際にこの「低周波数領域」を試してみたが、その効果はすばらしかった。すっきりと音場の見通しがよくなり、その作品の音響設計の妙味がいっそうわかりやすく感じられるのである。

定在波の影響を受ける低域以外にイコライザーを使いたくないぼくのようなユーザーには「低周波数領域」モードの新設は大歓迎。他のモードが「過補正」に感じられるとか、EQをかけない状態に比べて音がナマって聞こえるという人にピッタリだろう。今回はこのEQに固定してさまざまなソフトを視聴することにした。

SURROUND:AIの凄さを改めて実感

視聴の前に、YPAO測定結果から少しだけ手動で微調整。「スモール」判定されたサラウンド/サラウンドバック/トップスピーカーのハイパスフィルター設定を80Hzに揃えるなどした。そのほか設定時に注意すべき点は、「音声設定」の『ダイナミックレンジ』を「最大」にしておくこと。こうしておけば、入力信号に補正がかからない設定となる。

YPAO測定結果から少しだけ手動で微調整

また「DACデジタルフィルター」は立ち上がりが速くリズミカルな表現に優れる「ショートレーテンシー」を選択した。それから本機からディマー調整を「-5」に設定すると、ディスプレイの光が完全に消える設定となった。プロジェクターを用いた拙宅のような環境では、とてもありがたい仕様変更だ。

では現在のヤマハAVアンプの最大のウリである「SURROUND:AI」に設定してUHD BD/BDの映画を観ていくが、その前にヤマハのお家芸であるCINEMA DSPとSURROUND:AIの関係について説明しておきたい。

SURROUND:AIの動きを、OSDで表示させたところ

楽器と建築音響、音響機器を手がけるヤマハは、1970年代から世界中の名だたる音楽ホールの初期反射音と後部残響音を独自の手法で測定する地道な活動を続けていた。その後、著名なライブハウスやディスコ、クラブなども音響測定、それらのデータを用いて再生音に新たな響きを加える画期的な音場創生プロセッサー「DSP-1」を発表したのは1986年のことだった。

1990年代に入ると、それらの「響き」のデータを様々にファインチューニングすることで、映画ソフトに相応しい響きを創生する「CINEMA DSP」という斬新なコンセプトを発表。それをAVアンプに実装し、多くの映画ファン/AVファンの熱い支持を受けるようになっていく。

ヤマハは、映画作品それぞれの音響演出の特徴に合わせてCINEMA DSPに様々な音場プログラムを持たせてきた。派手なSF映画やアクション映画には「Sci-Fi」や「Spectacle」、会話中心の静かな映画には「Drama」、ふるいモノラル映画用に「Mono Movie」というふうに、である。

しかし、派手な音響演出が施された映画でも、全編にぎやかな音で構成されているわけではない。静かな会話が交わされる場面も当然あるわけで、そうすると「Sci-Fi」や「Spectacle」では違和感を抱くケースも当然出てくるわけだ。

そこで発案されたのが、2018年発表のRX-A3080に初めて実装された「SURROUND:AI」。絶え間なく入ってくる音声信号をDSPで抽出・分析し、その入力信号にもっとも相応しい音場をリアルタイムで選択・反映していくというものだ。

音声入力信号は、「1.ダイアローグ」、「2.サウンドエフェクト」、「3.チャンネルバランス」、「4.ダイナミックレンジ」、「5.LFE(Low Frequency Effect)」、「6.BGM」という6項目を目安に分析される。

SURROUND:AI使用時は、既存の固定プログラムにどんどん切り替わっていくわけではなく、入力された音声信号にぴたりと合った「まだ誰も聴いたことがない」音場プログラムがリアルタイムで生成されていくことになる。またSURROUND:AIを選ぶと、当然ながら他の音場プログラムを選ぶことはできないし、パラメーターを調整することもできない。完全なおまかせ状態となる。

SURROUND:AIの動きをOSDで表示したまま映画を再生すると、そのシーンに相応しい音場をリアルタイムで選択・反映させている様子がわかる

では、映画ソフトを中心に本機の音のインプレッションを具体的に述べよう。

最初に試してみたのがUHD BD「地獄の黙示録/ファイナル・カット」だ。ドルビーステレオ時代からサラウンドの傑作として名高い映画だが、このUHDには新たにDolby Atmos音声が収録されている。

ヘリコプターの旋回音にザ・ドアーズの「ジ・エンド」がモンタージュされ、主役のウィラード大尉のモノローグが印象的な冒頭部で、ストレートデコードとSURROUND:AIのパフォーマンスを比較してみる。

右側方から時計回りに旋回するヘリコプターの移動音。ストレートデコード時にはその軌跡がとてもクリアに描写され、くっきりと鮮明なサウンドにまず感心させられた。その後SURROUND:AIをオンにすると、そのクリアな移動音が維持されたまま、部屋の壁が取り払われたかのように、その軌跡がよりワイドに描写されるのである。この広大で立体的な再現性こそが、長年培ってきたヤマハの音場創生技術の真骨頂と思う。

その後の「ジ・エンド」の演奏もストレートデコード以上にダイナミックなサウンドで描写され、息をのむ。ウィラード大尉のモノローグにもヘンな響きが付かず、焦燥感と倦怠感がないまぜになった彼の絶望が生々しく伝わってくるのだ。

なるほど、本機のSURROUND:AIの完成度は凄い。響きの違和感がまったくないのだから。それでいて再生空間がいっそう広く感じられる効果が実感できるのである。

この作品以外にも、ふだんよくサラウンド再生のチェックに使っている「1917 命をかけた伝令」や「バック・トゥ・ザ・フューチャーPart3」などのAtmos収録のUHD BDを再生してみたが、印象は同じ。派手な爆発シーンでも静かな会話の場面でもまったく違和感なく、ダイナミックな空間表現が堪能できた。

やはり、アンプとしての実力が上がったことが、この見事なパフォーマンスを生み出したもっとも大きな要因なのだろう。基本の音がよいのだから、SURROUND:AIはもっと攻めた響きでもよいのでは? と思えるくらいなのである。

そこで、「1917 命をかけた伝令」を再生しながらSURROUND:AIをオフにして音場プログラムを「Drama」に設定、DSPパラメーターを用いて、「エフェクト量の加減」や「音場空間の大きさ」などを最大値に上げて聴いてみたが、これもまったく悪くなかった。おおげさなくらい響きを加えても、むかしのCINEMA DSPのように、音がとがったり歪みっぽくなったりせず、空間拡張の面白さが味わえるのである。

DSPパラメーターを用いて、「エフェクト量の加減」や「音場空間の大きさ」など調整

しかし、映画全編を観る前提に立てば、やはりヤマハ開発陣の知性が集約されたSURROUND:AIに身を委ねるのが最善だろう。機械の存在を意識することなく、作品世界に没入できることが、何にも増して重要なことなのだから。

もっともCINEMA DSPならではの「響きの過剰さ」を活かしたいソフトがあるのも事実。それはむかしのモノラル映画である。CINEMA DSPには以前から昭和の名画座の雰囲気を甦らせてくれる「Mono Movie」という音場プログラムがあり、ここでは小津安二郎の最後の監督作品「秋刀魚の味」(1962年/昭和37年)のBlu-rayで試してみた。

これがまたいい。「エフェクト量の加減」や「音場空間の大きさ」の値を大きくして聴いてみたが、まず音が痩せたり聴きづらくなることがない。台詞一つ一つに上質な映画館を彷彿させる響きが加わり、なんだかとても楽しいのだ。「オレが通っていた名画座はこんなに音がよくなかったけど……」とつぶやきながら、若々しい岩下志麻のチャーミングな声色を楽しんだのだった。

そのほかオペラや竹内まりやのライブ・Blu-rayなども再生してみたが、こういう高音質音楽ソフトはSURROUND:AIはオフにして、「Pure Direct」で聴くのがいちばんよかった。ソースに忠実なこの再生法を採ることで、あらためて本機のアンプとしての基本性能の高さを実感させられることになるだろう。

ヤマハ開発陣が渾身の力で完成させたRX-A8A。コロナ禍で販売店での試聴イベント等の開催が難しい時期だが、発売前にぜひ多くのAVファンにこの音を体験してほしいと願うばかりだ。

 (協力:ヤマハ)

山本 浩司

1958年生れ。月刊HiVi、季刊ホームシアター(ともにステレオサウンド刊)編集長を務めた後、2006年からフリーランスに。70年代ロックとブラックミュージックが大好物。最近ハマっているのは歌舞伎観劇。