レビュー

日本製に戻った“9.4ch最高峰”デノン「AVR-X4800H」が要注目な理由

デノンの9.4ch AVアンプ「AVR-X4800H」

私が億万長者なら、お店に入って「ハイエンドモデルちょうだい」と言えば済むので、AV機器選びは簡単だったろう。現実的には予算が限られているので、ミドルやエントリークラスから製品を選ぶ事になる。しかし悲観する事はない。たまに「下位モデルなのに、中身はハイエンドとほとんど変わらない」という“実は超ハイコスパな製品”というのが出現する。デノンの9.4ch AVアンプ「AVR-X4800H」(313,500円)がまさにそれだ。

デノンに限った話ではないが、ハイエンドなAVアンプは13chとか、11chとか、多チャンネルのパワーアンプを内蔵している。だが実際問題、「天井も含めてそんなにスピーカー置けないよ」という人がほとんど。多くのAVファンが“9chあれば十分”という状態ではないだろうか。そのため、ミドルクラスのAVアンプでは9chの製品が多い。

その一方で、「ミドルクラスの9chアンプであっても、音のクオリティはハイエンド並にして欲しい」と思うのが、AVファンの願いだ。その上で、AVR-X4800Hの内部写真を見ると“ある事”に気がつく。小さな基板が9個ズラッと並んでいる。

AVR-X4800Hの内部
小さな基板が9個ズラッと並んでいる

AVアンプに詳しい読者はピンと来るかもしれない。そう、ハイエンドアンプの内部写真でよく見る“アレ”が、ミドルクラスのX4800Hにも入っているのだ。詳しく中身を知り、実際に音を聴いてみると、デノンが「9.4chアンプの最高峰モデル」と息巻くX4800Hの“本気っぷり”がわかってくる。

“白河ワークス”生まれのモノリス・コンストラクション・パワーアンプ構成

実は“ミドルクラスだけどガチなAVアンプ”であるAVR-X4800Hが誕生した背景には、東日本大震災が関係している。

デノンの本社は神奈川県の川崎にあるが、これとは別に、福島県白河市に設計・製造を手掛ける“白河ワークス”があり、また、ベトナムにも工場がある。白河ワークスは、デノン製品の中でも、より手間がかかるハイエンドモデルを作っている。つまりデノン製品の中で白河ワークス製のものは“ちょっと特別な製品”というわけだ。

プレミアムモデルを生産している白河ワークス

ところが、東日本大震災により製造ラインが打撃を受けてしまう。その後、修復を行ない、製造再開へとこぎ着けたのだが、再開できるラインが限られていた事から、それまで手掛けていたAVアンプの4000番代は海外のベトナム工場で作られる事になり、現在までそれが続いていた。

しかし、円安なども手伝い、X4800Hは再び白河ワークスで設計・製造される事になった。断腸の想いで海外に任せることになったアンプが、再び白河ワークスで作れる事になったわけだ。

となると、“燃える”のが白河ワークスのエンジニア達だ。かつてデノンのAVアンプ立ち上げ時に腕をふるっていたベテランエンジニア3人が、X4800Hのために再び集結。サウンドマスター・山内慎一氏と共に、ハイエンドで培った技術を大量投入。ミドルクラスの枠に収まらない中身のX4800Hが誕生した……というわけだ。

その象徴と言えるのが、前述の小さな基板×9個。実はコレ、1枚1枚が1chのパワーアンプ回路。9chアンプなので9枚入っているわけだ。独立した基板にすると、電源供給もそれぞれ独立させる事ができ、チャンネル間の干渉、クロストークを排除できるメリットがある。

この基板がパワーアンプ基板
パワーアンプ基板×9個が搭載されているのがわかる

一方で、コストは高くなり、製造の難易度も高い。ハイエンドモデルでしか使えない“贅沢な構成”なのだが、ハイエンド機を手掛ける白河ワークスであれば作れる。そういった意味でも、最大出力235W(6Ω/1ch駆動)、9chのモノリス・コンストラクション・パワーアンプ構成は、“X4800Hが白河ワークス製のアンプだ”という事を強くアピールするものだ。

左が前モデルX4700Hのパワーアンプ部。5chと4chの基板を組み合わせている。X4800Hではガラッと変わっているのがわかる

また、このパワーアンプとオーディオ基板の接続にも、こだわりがある。一般的には、ワイヤーで接続するのだが、X4800Hの内部を見ると、ワイヤーが見当たらない。オーディオ基板とパワーアンプ間が基板で接続されているのだ。こうする事で、生産によるモデル間のばらつきが出ないよう工夫しているそうだ。

他の部分の信号経路にも気を配っている。前モデルのX4700Hでは、DAC回路、プリアンプ、マルチルーム用のDACがそれぞれ別の基板に分かれていたため、信号や電源が何度も交差する構成になっていた。X4800Hでは、それらを1枚の基板に集約する事で、“ミニマムシグナルパス”を徹底している。

“ミニマムシグナルパス”を徹底
DAC回路、プリアンプ、マルチルーム用のDACを1つの基板に集約した

アンプにとって重要な電源部も豪華だ。大電流の供給が可能なカスタム仕様の大型EIコアトランスを搭載している。プリアンプとパワーアンプそれぞれに専用の巻き線から電源を供給することで、相互干渉を抑える事も徹底している。

大型EIコアトランス

ブロックコンデンサーには、AVR-X4800H専用にチューニングされた15,000uFと大容量のカスタムコンデンサーも2個使っている。同じチャンネル数のAVR-X3800Hより25%増しで、同じ音量での再生する場合は、余裕が増すそうだ。信号経路および電源供給ラインの最短化や、基板上のパターンを太くするなどの改良も行なっている。

AVR-X4800H専用にチューニングされた15,000uFと大容量のカスタムコンデンサー

上位機に匹敵、または凌駕する面もある

パワーアンプは9ch分だが、信号処理能力としては上位機に匹敵する11.4chプロセッシングが可能。背面には11.4chプリアウトも備えている。パワーアンプを追加してシステムの拡張や音質のグレードアップが可能。ステレオパワーアンプを追加すれば11chまで拡張でき、その場合、ハイトスピーカーは最大6chまでアサインできる。

なお、サラウンドバックやハイトスピーカーを使用しない場合は、フロントL/Rの駆動に4チャンネルのアンプを使う「バイアンプ」や、2系統のフロントスピーカーを切り替えて使用できる「A+B」など、システム構成に応じた柔軟なアンプアサインも可能だ。

多チャンネル信号の処理は、搭載するDSPにとってかなり“重い”作業だ。例えば、上位モデルのX8500HAでは、アナログデバイセズの「Griffin Lite」というDSPを2基搭載する事で、これを処理している。

しかし、下位モデルであるX4800Hには、最新の「Griffin Lite XP」を1基搭載している。このDSPはなんと、1基でGriffin Lite×2基の処理能力を上回るというパワフルなもので、これにより、11.4ch分のデコードやアップミックス、音場補正などの高負荷処理をこなしている。

銀色のDSPが最新の「Griffin Lite XP」

さらに、AVプリとしての機能も充実。内蔵パワーアンプを停止させて、AVプリアンプとして使うモードも用意しているのだが、9chすべてのパワーアンプを停止させるだけでなく、チャンネル毎に個別にオン/オフ設定ができるようになっている。

対応サラウンドフォーマットとして、Dolby Atmos、DTS:Xは当然サポート。IMAXとDTSによる性能基準を満たす「IMAX Enhanced」認定製品でもあり、IMAX Enhancedコンテンツの再生に最適化されたサウンドモード「IMAX DTS」、「IMAX DTS:X」が使用できる。

音場補正技術「Audyssey MultEQ XT32」も搭載しているので、付属マイクを使ってスピーカーの有無やサイズ、距離、音量などの基本的な調整値を自動設定可能だ。より細かなな調整が可能な「Audyssey MultEQ Editor」アプリも用意している。

さらに、サブウーファープリアウトを4系統も搭載。4個のサブウーファーを設置できる。音量レベルとリスニングポジションまでの距離を個別にマニュアル設定できるほか、「Audyssey Sub EQ HT」による自動設定も可能。4系統すべてから同じ音を再生する「スタンダード」と、各サブウーハーの近くにある「小」に設定されたスピーカーの低音を再生する「指向性」の2モードから選択できる。

ハイトスピーカーやサラウンドスピーカーを設置していない環境でも、高さ方向を含むサラウンドを擬似的に再現するDolby Atmos Height Virtualizer、DTS Virtual:Xも用意。

高音質なソフトが多い「Auro-3D」のデコーダーも搭載。通常の5.1chセットアップにフロントハイト(FHL+FHR)、サラウンドハイト(SHL+SHR)スピーカーを加えた9.1chシステムで、Auro-3Dサウンドが楽しめる。ステレオパワーアンプを追加すれば、センターハイトとトップサラウンドを含む11.1chシステムまで拡張可能だ。

HDMIまわりも最新仕様

背面

HDMIは入力7系統、出力3系統を搭載。新型HDMI回路を使うことで、全ての入力が8K/60Hzと4K/120Hzに対応。HDMI出力は3系統の内、2系統が8K/60Hzと4K/120Hzに対応する。

黒いヒートシンクの下にあるのが、一新されたHDMI回路

ネットワークオーディオ「HEOS」も搭載しているため、NASやUSBメモリーなどに保存したハイレゾ音楽ファイルをAVアンプから再生できる。Alexaによる音声操作や、Amazon Music HDやAWA、Spotify、SoundCloudなど音楽配信サービスの再生も可能だ。

AirPlay 2、Bluetooth受信にも対応。受信するだけでなく、Bluetooth送信機能も備えているので、深夜などに、AVアンプで再生中の音をBluetoothヘッドフォンなどでワイヤレスリスニングするといった使い方もできる。

音を聴いてみる

スペックや構成は素晴らしいが、肝心なのは音だ。進化具合を確かめるため、X4700HとX4800Hを比較試聴してみた。

左がX4800H、右がX4700H

まず、アンプとしての素の実力を知るため、2chのステレオで「アローン・アゲイン/ダイアナ・クラール & マイケル・ブーブレ」を聴いてみる。プレーヤーはDCD-1700NEでアナログ接続。山内氏によれば、実際の開発でも基本的には2chから音を追い込んでいき、その後、マルチチャンネルへとチューニングを広げていくそうだ。

X4700Hの音だが、ぶっちゃけとても良い。ダイアナ・クラールの甘い歌声は、分解能が高く、クリア。しっかりと低域の芯があるため、音像にもリアリティがある。中低域の押し出しの良さも聴いていて心地が良い。とてもAVアンプで聴いているとは思えないクオリティだ。

X4800Hではどのくらい進化したのだろうか。「歌声をしっかり聴き比べよう」と身構えていたのだが、それ以前に、冒頭のピアノの和音が「ターン、ターン、ターン」と鳴る部分から、音がまったく違う。鍵盤を押し下げた時の、力強くタイトな低域がX4800Hでは鋭く描写され、音のインパクトが強い。その後に続く和音の響きが、フワーッと空間に広がり、奥の方へと波紋が伝わり、やがて消えていく様子も、X4800Hの方が圧倒的に広く、深く、遠くまで見渡せる。

ダイアナ・クラールの歌声もまるで違う。声により厚みがあり、お腹から出ている低い声が、グイグイとこちらに押し寄せるパワー感がX4800の方が圧倒的に上だ。空間の広さ、そこに定位する音像の輪郭のハッキリ具合、音がこちらに飛び出してくる力強さ、あらゆる面でX4800の方が“格上”だ。この違いは“旧モデルから新モデルへの進化”の度合いを完全に超えている。1ランク、いや、1.8ランクくらい上の製品……つまり、ハイエンド機を聴いている感覚に近い。これは凄い。

マルチチャンネルでも実力をチェックしよう。スピーカー構成は、フロアが5ch、トップが4ch、サブウーファ3chという構成。映画「トップガン マーヴェリック」UHD BDから、敵の航空基地を低高度で強襲するシーンを再生。

狭い峡谷を縫うように戦闘機が飛び、あらゆるオブジェクトが後方へとすっ飛んでいく、アトラクションのようなシーンだが、まず、全身を包み込むエンジン音の“包囲感”が凄い。音が抜けているように感じる部分がまったくなく、さらに、“これはフロントから出ている音だな”とか“リアから出ている音だな”というような“境目”がまったくわからない。非常に繋がりがシームレスなので、自然の世界に近く、映画の中に没入しやすい。

後方へとすっ飛ぶオブジェクトの「ビュンビュン」という音の移動感も明瞭だ。圧巻は、橋の橋脚の合間をすり抜けるシーン。トップスピーカーもあるので、「ビュン」という音像が上にも展開するので、ちゃんと“橋脚の円の中を通り抜けている感”がある。

また、チャンネル数が増えたサブウーファーのおかげもあり、頭上の音像にも“重さ”がしっかり感じられるため、“橋脚のような巨大なモノが頭上を通過した感”が再現されている。これは、ホームシアターの新しい次元の魅力と言っていい。

この、各チャンネルのつながりの良さ、チャンネル間でのサウンドのばらつきの少なさは、前述の9chモノリス・コンストラクション・パワーアンプ構成や、ワイヤーを使わないオーディオ基板とパワーアンプ基板の接続などの工夫による効果だろう。

スティーブン・スピルバーグが手掛けた「ウエスト・サイド・ストーリー」も、冒頭の口笛が、空間のあらゆる場所の明瞭に定位。街中での軽快なダンスで幕を開けるが、BGMに負けず、靴が「ズシャッ」と地面と擦れる微かな音も明瞭に聞き取れる。

映画「ジョーカー」から、同じマンションに住む子連れ女性の家に入り込むシーンも圧巻だ。部屋の外で降りしきる重い雨の音が、遠くから聴こえるが、かすかな音でもしっかりと包囲感があり、「ああ、外で大雨が降っているんだな」というのがリアルに伝わってくる。

アーサーは部屋の中に入りながら、壁の絵や、ソファの布などを指先でなぞっていくのだが、その時の「スッ」という音にならないほど細かな、こすれる音もしっかりと聴こえる。その後は、アーサーが半裸で笑い転げるシーンとなるが、笑い声が部屋に反射する音で、部屋の壁の硬さや、だいたいの広さがわかる。そして、左の方から「うるさいぞ!」と壁を叩いて怒鳴られるのだが、その音のくぐもり具合で、壁の厚さや、隣の部屋との距離感なども、想像できる。

2LレーベルのAuro-3Dソフト、「ホフ・アンサンブル/Polarity」も聴いたが、こちらでも、前後左右上下の、音のつながりの良さ、音場空間の密度の高さなどを実感できた。

まとめ

サウンドマスター・山内慎一氏

山内氏は開発について「去年の冬頃から、AVR-X580BT、X2800H、X3800Hと手掛けた後、今回のX4800Hと、低い価格帯から順番に仕上げられたので、音の良さを積み上げていくような感覚で、チューニング作業としてはやりやすかったです」と振り返る。

高音質への寄与としては、やはりモノリス・コンストラクション・パワーアンプは大きいようで、「モノリス・コンストラクションになることで、音はX4700Hとは別物になっています。作り方としてはX3800Hをベースとしつつ発展させるようなイメージですが、X4700Hもクオリティは高いので、その両方を見ながら、それを超えるべく進めていきました。ドンと、音場が広がる時に、それが安定して広がるというのがX4800Hの強みですね」(山内氏)。

確かに、細かな音の描写力や、サラウンドの繋がりの良さもさることながら、X4800Hの特徴は「音場の安定感」にある。広大さと、そこに広がる低域のズシッとした重さ。全体のサウンドから感じる“余裕”は、ハイエンドアンプそのものだ。

そんな格の違うサウンドを、9chのミドルクラスAVアンプでも味わわせてくれる。多くのAVファンにとってのハイエンドと言えるのが、AVR-X4800Hだろう。

(協力:デノン)

山崎健太郎