日沼諭史の体当たりばったり!

360度4K撮影できる「THETA V」を買って(無理やり)ドライブレコーダーにした

リコー「THETA V」とオプションの3Dマイク「TA-1」

 360度カメラのスタンダードとしての地位を築き上げたとも言っていいリコー THETAシリーズの最新機種「THETA V」(実売価格52,000円前後)が9月15日に発売され、2カ月たった。発売日に手に入れた筆者は、この間、出かけた先ではほとんど肌身離さず持ち歩き、SNS映えならぬ「360度映え」しそうな風景をいろいろ撮影したものだ。

 我が子がけなげに頑張る運動会、豪雨に見舞われたタイのサーキット、香港の何億ドルだかの美しい夜景、中華料理の円卓の中心、ツインリンクもてぎを爆音を上げながら走るMotoGPマシンなどなど、隙を見てはTHETA Vを取り出し頭の上に掲げる日々……

 それはそれで振り返って見ると楽しいけれど、もっと実用的な方面でも活躍するんじゃないだろうか。そう思って試そうと思ったのが、クルマ用のドライブレコーダーである。

フォルムはほとんど変わらないまま大きく進化

 まずはTHETA Vについて軽くおさらいをしておこう。THETA Vは、前後に2つのレンズを装備したスティック状のカメラデバイス。2つのレンズでそれぞれ周囲180度(以上)を撮影し、それを内部的に結合処理(スティッチング)することで、360度、全天球の静止画(JPEG)や動画(MP4)として記録することができるものだ。

 THETAシリーズにはいくつかのバリエーションモデルがあるが、このTHETA Vは機能から考えると、2年前の2015年10月に発売されたTHETA Sの後継機種とみることができる。外観上の変化はマットブラックからダークシルバーの渋い色合いになったくらいで、フォルムやサイズ感はほとんど同一。操作方法についても、電源、Wi-Fiオンオフ、静止画・動画切り替えという3つのボタンから変わらない。

THETA Sからフォルムやサイズ感はほとんど変わらず
側面のボタンは電源、Wi-Fiオンオフ、静止画・動画切り替えの3つ

 しかし、4K動画(3,840×1,920ドット、30p)の撮影や4Kライブストリーミングが可能になるなど、THETA Sに比べてパフォーマンスを大きくアップさせている。オーディオ面も進化し、本体に内蔵している4つのマイクで、360度の空間音声をより臨場感のあるサウンドで収録できるようになった。オプションの「3Dマイクロフォン TA-1」(実売価格3.2万円前後)を装着すれば、低域から高域までよりナチュラルな音質で録音できるようにもなっている。

上面に2つ、正面と背面にそれぞれ1つずつ、マイクが内蔵されている
オプションの「3Dマイクロフォン TA-1」
THETA Vと合体

 その他細かい機能や性能面での進化としては、撮影済みの静止画や動画をテレビに映し出し、THETA V本体をリモコン代わりにして閲覧できる「リモート再生」機能を利用できるようになったのが1つ(2017年版Amazon Fire Stick TVなど、別途対応するMiracastデバイスが必要)。

「リモート再生」では、THETA V内蔵のセンサーにより本体をリモコンにすることが可能に。Miracastでテレビに映し出した360度映像を操作できる
Fire Stick TVの場合は「設定」→「ディスプレイとサウンド」→「ディスプレイミラーリングをオンにする」を選ぶ。そうすると接続待機状態になるので、THETA Vのモードボタンを長押ししてしばらくすればリモート再生がスタート

 次に、静止画でISO 3200相当まで、動画でISO 6400相当までの高感度撮影ができるようになり、暗いシーンでも明るく撮れるようになったこと。さらにはジャイロセンサーを搭載したことで、360度動画を編集する際の天頂補正(傾きや加速度を検知して頂点位置を決める)の精度が高まったことなどが挙げられる。

本来の高いポテンシャルはまだすべてを発揮できず

 ただ、性能が高まり使える機能が増えたとはいえ、2017年11月時点ではまだそれらが十分にかみ合っておらず、本来のポテンシャルを活かせているとは言えない状況だ。

 たとえばライブストリーミングは、環境によっては360度映像で配信できないことがある。一番の大きな要因は、ストリーミング配信のためのPC用ユーティリティが正式公開されていないこと。THETA Sではライブストリーミング用のユーティリティとして「RICOH THETA UVC Blender」が必要になっていたが、THETA V向けにはまだ正式リリースされていない。リコーのFAQページからほぼβ版扱いの「RICOH THETA UVC 4K」を入手できるが、今のところWindows版のみだ。

FAQページではWindows版の「RICOH THETA UVC 4K」が配布されている

 また、無線LANアクセスポイント経由でスマートフォンからTHETA Vをコントロールできる「無線LANクライアントモード」が、発売前からファームウェアアップデートでの対応を公表しているにもかかわらず、いまだ未実装だ。AndroidベースのOSを採用したことで開発の裾野が広がったプラグインによる機能拡張も、「リモート再生」以外に新たな動きがない。

 ただ、静止画・動画の撮影やスマートフォンへのデータ転送においては、今のところ1つもトラブルはなく快調に利用できている。なので、360度カメラとして総合的に見れば、個人的にはまだ利用頻度の少ないライブストリーミングや無線LANクライアントモード対応、プラグインといった部分での問題はささいなこと。

 反対にこれらが全て実装、もしくは安定して利用できるようになれば、THETA Vのまた違った活用の仕方が考えられそうなので、大いに期待したいところだ。

ドライブレコーダーとして使ううえでのメリット

 そんなわけでドライブレコーダーである。THETA Vをなぜドライブレコーダーにしたいかというと、360度の視界を見渡せるからに他ならない。現在の市販のドライブレコーダーが記録できるのは、進行方向となる前方の映像のみという製品がほとんど。フルHDを超える高解像度で録画できるモデルもあるとはいえ、前方を見ているだけでは左右から突然割り込んできた他車の挙動を映像に残すことは不可能だ。

 しかし360度カメラであるTHETA Vなら、前方も、左右も、車内も1つの動画に記録できる。前と左右の交通状況を常時把握しつつ、何らかのアクシデントがあったときに自分たちがどういう行動をとっていたかなど、車内の様子を同時に確認することもできるだろう。

 解像度の面でもTHETA Vは実用性が高いかもしれない。旧機種のTHETA Sは動画解像度が最大1,920×1,080だったので、これで360度カバーすることを考えるとさすがに物足りない。4K動画の撮影が可能な高解像度のTHETA Vなら、例えばクルマのナンバーを読み取れるくらいの画質で記録できるのではないか。

 とはいえ、現時点で市販のドライブレコーダーによくある「衝突前後の映像を自動で別ファイルに保存する」機能は当然ながら備えていない。THETA Vには加速度センサーやジャイロセンサーが内蔵されているので、プラグインで今後そういった機能を実現できるようになる可能性はゼロではないかもしれないが、今のところは不可能だ。

 あくまでも今回は車載映像を記録する、という視点で360度カメラのTHETA Vが実用的かどうかを試した。

長時間の360度映像をどう記録するか

 最初に、どのように映像を記録するべきかを考えてみたい。THETA Vの動画撮影機能を使うのが一番シンプルで簡単なのだが、残念なことにTHETA Vの録画可能時間は標準で5分。専用スマートフォンアプリから設定を変えても最大25分で止まってしまう。これだとドライブレコーダーとして満足に使えないし、録画が終わるたびに再開するのも手間。運転中に操作することになるのも危険だ。

THETA Vのリモートコントロールや撮影済み映像を閲覧できるスマートフォンアプリ「RICOH THETA S
このアプリの動画の設定画面で録画可能時間を選択できる

 動画のファイルサイズの面でもあまり現実的ではない。撮影した360度4K動画のビットレートは59Mbps前後なので、わずか1分足らずで400MBを超えてしまう。THETA Vの有効内蔵ストレージサイズは19GBなので、30分もせずに使えなくなる計算だ。THETA Vをドライブレコーダーとして使うには、本体での録画とは違う方法をとらないとならない。

 そこで使用するのが「ライブストリーミングモード」だ。これは、THETA VをPCとUSBケーブルでつなぐことで、PC上でTHETA Vの映像をリアルタイムに取り込める機能。PC用の動画キャプチャーソフトを使ってファイル保存していけばいいので、PCのストレージさえ潤沢に用意できれば、ファイルサイズの問題は解決できるだろう。もちろん動画品質をキャプチャーソフト側で調整することも可能だから、あえて画質を落として長時間録画できるようにする、というのもアリだ。

ライブストリーミングモードに切り替えたところ

 ただし、このライブストリーミングモードにも気を付けておきたいことがある。保存した動画は単なる3,840×1,920ドットの横長の映像で、360度動画として視聴するには“変換”という一手間が必要になる。万が一アクシデントに遭遇したときに、その前後数分間のみを切り出して変換するような使い方であればそれほど問題ではないが、ついでにドライブの様子を360度動画で振り返りたい、みたいな用途には向かない。

 ちなみにライブストリーミングモードは、通常はインターネットライブ配信のときに利用する機能。THETA Vと組み合わせて使う配信用ソフトとしては「Open Broadcaster Software(OBS)」などがあり、これを使うことでPC上に録画することもできるが、YouTube Live経由で配信することで、YouTubeの機能で動画データを保存するという方法も選べる。ただし、この場合は移動するクルマの性質上モバイルネットワークで通信するしかなく、それこそ動画データの大量送信で「パケ死(死語)」してしまうので実用的ではないだろう。

OBSでTHETA Vの映像をリアルタイムで録画、配信できる

 これらのことから、今回のドライブレコーダー化にあたっては、ライブストリーミングモードでOBSと組み合わせ、PC上にファイル保存して録画していく、という方法をとることにした。

車両への取り付けは法規やケーブル接続に注意

 次に車両への取り付け方法を考えてみる。主に前方を映像で記録するにはフロントガラス付近に固定することになると思うが、ドライブレコーダーの役割をなす機器のフロントガラスにおける設置箇所は道路運送車両法(保安基準第39条)に定められているので、このあたりは最も注意しなければいけない。取り付け箇所の規程をざっくりまとめると以下の通りだ。

・フロントガラスの高さの上部20%以内、または下部150mm以内の範囲
・もしくは、ドライバーから見てバックミラーに遮へいされる範囲

 この規程を前提として、THETA Vや固定用器具などが可能な限り視界に入らない位置で、衝突時などにドライバーや同乗者がぶつかって怪我したりしない、かつエアバッグ作動の妨げにならない場所に設置したい。THETA Vが細長い形状なので、そのまま立てて設置すると視界が遮られてしまう可能性もあるから、慎重に検討する必要がある。

 筆者の場合は、GoProのサクションカップマウントと、そこから三脚穴に変換するアダプターを組み合わせることにした。フロントガラスの上部20%以内の範囲にサクションカップマウントを取り付け、そこから斜め前へ伸ばすような形でTHETA Vを取り付けることで、ほとんどバックミラーの陰に隠すこともできた。

 なお、THETA Vのレンズ部が車両のカメラやセンサーを収納している黒いボックスなどに少しでも隠れると、露出が明るめに補正されて日中は車外が真っ白になってしまうので要注意だ。

運転席側、下の方から覗いたところ。完全にミラーの陰に隠すことができた
助手席側から見たところ。取り付け位置から斜め前方に伸ばすような感じにしている

 ところで、三脚穴でTHETA V本体を固定すると、今回の場合は変換アダプターが干渉してUSBケーブルが接続できなかった。つまり、このままではライブストリーミングモードを使ってPC側で動画保存できない。そのため今回はオプションの「3Dマイクロフォン TA-1」を使うことにする。

THETA Vの底面。三脚穴とmicro USBポートの位置が近いため、固定すると高確率でUSBポートが塞がれる

 TA-1は、ライブ配信を考慮しているのか、THETA V本体にUSBケーブルを接続した状態でも利用できるよう、ケーブルを通すための空洞が設けられている。THETA VとTA-1を一緒に使うことでその分取り付けサイズは大きくなってしまうのだが、より高音質で車内外の音を録音できるというメリットもあるだろう。

オプションのTA-1を装着。USBケーブルを逃がすための空洞が設けられている

 あとは3mほどのUSBケーブルを、うまく内張の裏側を通して目立たないように敷設し、PCにつなげる。理想的には小型PCと小型ディスプレイを使い、走行中はグローブボックスに収納できるようになっていると最高なのだが、4K動画を保存するにはそれなりのパフォーマンスが要求されるので、できるだけ高性能なノートPCを用意した方がよさそうだ。

ノートPCに外部ストレージをUSB接続し、そこに保存する形に。アクセサリーソケットからAC電源を取り出すインバーターも用意した。安全のため、走行中はこれらを助手席の足元に置いている

 こうして360度車載映像を録画したところ、ちょっとした問題が発覚。録画した映像をPC用の「基本アプリ」にドラッグ&ドロップして再生することはできるのだが、「天頂補正」が行なえないため視点変更の操作性に難がある。これはTHETA Vを水平に近い角度で設置している弊害と思われる。

 また、360度動画としてのメタデータが動画内に記録されていないためか、YouTubeなどにアップロードしても360度動画として認識されない。YouTubeなどで360度動画として認識させて公開するには、専用のツールで変換する必要があることにも注意しておこう。

360度動画として認識されるように、専用ツールで変換する必要がある

 そんなわけで、録画した360度車載動画が以下だ。画質面での実用性を検証するため、日中と夜間それぞれで録画している。また、念のためTHETA V本体で撮影した動画も用意しているのでご覧いただきたい。

日中の360度車載動画(PC録画)
夜間の360度車載動画(PC録画)
日中の360度車載動画(THETA V本体で撮影)
夜間の360度車載動画(THETA V本体で撮影)

実用性は「?」ながらも、愉快な360度車載映像

 記録された360度映像は、とても面白い。車両後方は見えないけれど、前方はもちろんのこと左右もウィンドウ越しに見ることができるので、交差点の巻き込みまでバッチリ確認できる。日中は比較的ビビッドな色合いではあるものの、車外の明るさに引っ張られることなく車内の様子もしっかり確認できる画質の高さもある。

 信号はフリッカーが発生していないのではっきり視認できるし、標識の大きな文字も読み取れる。夜間はヘッドライトやテールランプ、街灯が白飛びしているが、それ以外は隅々までくっきり映し出している。ただ大変残念なことに、精細さはあまりなく、日中はよほど近づかない限り他車のナンバーが確認できない。夜間はテールランプのおかげで白飛びしてしまって、近づいても見えない。

 なので、当て逃げに遭遇してしまった、みたいなケースだと相手車両のナンバーがわからず、証拠映像としては不十分かも、という心配はある。とはいえ周囲の交通状況を記録して、万が一のトラブル時に参考にする、という意味では大いに役立ってくれそうだし、なにより運転時にはわからなかった周囲のほとんど全ての動きを把握できるのは、やっぱり面白いものだ。

 その他の問題点としては、PCで録画する際に、PCをどこに設置するか、というのが一番大きなところ。今回は助手席の足元にノートPCを置いたのだが、それだと実質的に助手席が使えないことになる。常用するならグローブボックスなどに収納できる高性能なPCとディスプレイを探す必要がありそうだ。あと、いちいちPC上で録画の開始、終了を操作しなければならないのも、不便といえば不便。

 THETA Vをクルマに常に装着しっぱなしにするわけにいかないのもつらいところだ。特に夏場、強い日差しや高温にさらされると、故障する可能性が高い。そもそも車載機器として開発された製品ではないし、アクションカムでもないので当然なのだが、使う季節も選ぶとなると、なかなか厳しそうだ。

 結論としては、THETA Vのドライブレコーダーとしての実用性は「なくはない」けれど、日常的に使うことを考えたら、普通に市販のドライブレコーダーを取り付けた方が使い勝手はいいし、コストパフォーマンスも高い。ただ、いろいろなものを360度高解像度撮影すると見えてくることも多いし、なにより楽しい。

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日沼諭史

Web媒体記者、IT系広告代理店などを経て、フリーランスのライターとして執筆・編集業を営む。AV機器、モバイル機器、IoT機器のほか、オンラインサービス、エンタープライズ向けソリューション、オートバイを含むオートモーティブ分野から旅行まで、幅広いジャンルで活動中。著書に「できるGoProスタート→活用 完全ガイド」(インプレス)、「はじめての今さら聞けないGoPro入門」(秀和システム)、「今すぐ使えるかんたんPLUS+Androidアプリ 完全大事典」シリーズ(技術評論社)など。Footprint Technologies株式会社 代表取締役。