日沼諭史の体当たりばったり!

第30回

たった8日間でツール・ド・フランスに挑む!? 「Wahoo KICKR」でバーチャル参戦【前編】

「Wahoo KICKR」フルセットがあれば、ツール・ド・フランスをリアルに体感できる!

今年もまたこの季節がやってきた。サイクルロードレース「ツール・ド・フランス」。2019年7月6日に開幕し、間に2日間の休息日を挟んで計23日間、7月28日までの全21ステージを駆ける世界で最もタフな自転車レースだ。

ツール・ド・フランスの模様は2019年もJ SPORTS(衛星放送、オンデマンド、Amazon Prime Video)で放送・配信されている。優勝の最有力候補だったクリス・フルーム選手が大会直前に怪我を負って欠場したり、日本人の新城幸也選手が昨年に続き参加がかなわなかったりと、残念な出来事もあったけれど、テレビでの観戦はやはり楽しい。

そんなツール・ド・フランスを、ここ数年はあの手この手で体感しようと奮闘してきたわけだけれど、やはり単に映像を見ながらサイクルトレーナーで走っているだけでは、臨場感はあってもリアリティはそれほどない。というか、走れば走るほど、あの美しい景色が広がるツール・ド・フランスのコースを自分の力で走ってみたいとの思いが募るばかりだ。

普通のサイクルトレーナーでテレビを見ながら走っても、やはりそこまでのリアリティはない

ツール・ド・フランスの舞台を走ってみたい、でも現地に行くことができない、そう思っている人は筆者だけではないはず。本当にフランスまでひょいっと行って走ってくることができれば何も言うことはないのだが、そんな予算はどこにもないわけで……。

ところが、テクノロジーの進化によって、今やツール・ド・フランスはバーチャル体験することが可能になった! それを実現するのがWahooのスマートトレーナー「KICKR」シリーズだ。今回はこのスマートトレーナーと周辺機器をフルに活用して、憧れのツール・ド・フランスの舞台を走ってみよう! (走れないフラグ)

「KICKR」シリーズとは?

「KICKR」シリーズは、主に自転車向けのフィットネス機器を展開する米Wahooが送り出す、自転車トレーニング向けの製品群だ。スマートトレーナーとしては「KICKR」「KICKR CORE」「KICKR SNAP」の3モデルがあり、それらと連携する専用周辺機器として、自転車前部を自動昇降させる「KICKR CLIMB」と、強力なスマートファン(スマートフォンではない)「KICKR HEADWIND」などをラインナップしている。

要となるスマートトレーナーの最上位機種「KICKR」
自転車前部を自動昇降させる「KICKR CLIMB」
速度や心拍に合わせて風力を調整してくれる「KICKR HEADWIND」

スマートトレーナーに自転車をセットするだけでも、あるいはそこにKICKR CLIMBやKICKR HEADWINDを追加するだけでも一般的なサイクルトレーナーとして使えるが、これらが本領を発揮するのはさらにサードパーティのソフトウェアを利用したとき。代表的なのは、3Dグラフィックの仮想空間でサイクリングしたり、オンライン上の他のユーザーと競い合ったりできるバーチャルサイクリングソフト「Zwift」だ。

バーチャルサイクリングが可能になる「Zwift」

ZwiftはWindows、Mac、Android、iPhone/iPad、Apple TVに対応するアプリとして公開されており、対応するスマートトレーナーやケイデンスセンサーなどの各種センサーと連携してプレイすることが前提となっている。スマートではないサイクルトレーナーを使う場合や、一部のセンサーがない状態でもZwiftを動かすことはできるものの、連携する情報が少なくなり、Zwiftのコース状況をトレーナーなどに反映させることができないため、画面とのシンクロ感は削がれてしまう。リアリティを求めるならスマートトレーナーは必須だろう。

WindowsでZwiftを動作させているところ。Bluetoothで直接KICKRなどと接続できる

では、スマートトレーナーを含むKICKRシリーズにすると、具体的にどんなリアリティが得られるのか。

たとえばスマートトレーナーはZwiftのコースの勾配に合わせ、ペダルの回転負荷が自動で変化する。上り坂ではペダルが重くなり、下り坂では軽くなるなど、本物の自転車の走行感を再現することが可能だ。KICKR CLIMBは、こちらもコースの勾配に応じてリアルタイムで自転車の前部を自動昇降し、車体姿勢を変化させる。実際のライディング姿勢に限りなく近づけられるため、本格的なトレーニングには欠かせない。

KICKRをセット。かなり重いので扱いには注意しよう
前輪の代わりにKICKR CLIMBをセット

そしてKICKR HEADWINDは、スマートトレーナーが計測したスピードや、心拍センサーから取得した心拍数に連動して送風の強さを自動調整する。走行風をシミュレートするとともに、風のない室内でこぎ続けるサイクルトレーナーに必須のサーキュレーター代わりにもなるわけだ。

小型ながら最大風力では嵐のような風を巻き起こせるKICKR HEADWIND。これがないと熱中症でトレーニング中に倒れる

つまり、スピードに連動して風力を変化させるモードにすればリアリティがアップするのだけれど、注意したいのは、Zwiftで上り坂のシーンになって速度が低下してしまうと、風力もほとんどなくなってしまうこと。心拍数は上がり続け、体温も上昇するにもかかわらず、無風という“地獄”に陥ってしまうのだ。なので、上級者以外は心拍連動か、一定の風力で連続的に送風する手動操作で使用するのが無難かもしれない。

前面にあるスイッチでモード切り替え

なお、KICKRシリーズのスマートトレーナーにケイデンスセンサーは内蔵していないが、スマートトレーナー最上位機種の「KICKR」には小型のケイデンスセンサーが付属するので、別途用意する必要はない。心拍センサーもBluetoothやANT+対応であれば問題なし。ただ、Wahooで揃えたいなら「TICKR FIT」がおすすめだ。

腕に巻く心拍計「TICKR FIT」

TICKR FITは腕に巻くコンパクトな扱いやすいタイプで、よくある胸に巻くベルト型センサーのように、使い始めるときに上半身裸になったり、シャツをまくり上げたりする必要がないのがメリット。着脱が容易なだけでなく、圧迫感が少ないので、トレーニングに集中しやすくなるのもうれしい。

マジックテープのベルトで腕に巻くだけの簡単な仕組み。素早く着脱できる

今回は以上の他に、Zwiftを表示するPCモニターなどを設置するための専用バイクデスク、純正のフロアマットも揃えて、最高のバーチャルサイクリング体験を可能にするWahooフルセットでZwiftに挑んでみることにした。使用する製品を改めてまとめると下記の通りだ。

今回導入したKICKRシリーズなどの機材一式

【使用した製品】
KICKR(15万2,550円)
KICKR CLIMB(7万9,250円)
KICKR HEADWIND(3万2,000円)
TICKR FIT(9,299円)
KICKRバイクデスク(3万2,000円)
KICKRトレーナーフロアマット(1万550円)
BLUE SCスピード/ケイデンスセンサー(6,000円/筆者所有物)
自転車(筆者所有物)
PC・モニターなど(筆者所有物)

総額およそ32万円(自転車、PCなどを除く)の超リッチなサイクルトレーニング環境である。もちろん「そんなお金があったらフランスに行けるんじゃないか」っていうレベルなので、機材貸し出しと設置についてはWahoo日本法人のWahoo Fitness Japanにご協力いただいた。

今回の企画に協力いただいたWahoo Fitness Japanの樋澤光紀さん(右)

Zwiftでツール・ド・フランスにチャレンジできる!?

初体験のZwiftをさっそくプレイ。利用には月額1,500円かかるが、7日間の無料トライアル期間が設けられている

さて、Zwiftである。スマートトレーナーを所有したことのない筆者にとって、Zwiftは初体験。しかし事前の情報によると、Zwiftのなかに、ツール・ド・フランスのステージをモチーフにしたコースがあるという噂が……。それにチャレンジすれば、ツール・ド・フランスのコースを走った、と言えなくもないだろう。リアルでフランスに行けないなら、テクノロジーの力で無理矢理実現すればいいのである。

そのコースというのが、Zwiftのなかでは「Road to Sky」というルート内にある「Alpe du Zwift」と呼ばれている場所。2018年のツール・ド・フランス第12ステージの一部、アルプス山脈に連なる山岳地帯「ラルプ・デュエズ」を再現したというコースだ。まさに天まで上り詰めるような急坂が十数kmに渡って続く、獲得標高1,000メートル超のつづら折りの難所である。

こちらが「Road to Sky」
スタート地点。Apple TVで表示している

2019年のツール・ド・フランスでは、ラルプ・デュエズではなく、この東隣にあるガリビエ峠を第18ステージで通過することになったので、過去のコースを振り返るような形になる。それでも、とりあえずツール・ド・フランスをバーチャルで体験するのには最適。ツール・ド・フランスのなかでも屈指の難所を自分の身体で実感することで、選手たちの強靱な肉体能力を推し量ることもできるはずだからだ。

それではさっそくZwift!

行くぜ!

と思ったのだが、ここで重大な事実が発覚した。「Road to Sky」というルートは、なんとZwiftのレベル(ライダースコア)が「12」に達していないとアンロックされないのである。Zwift初心者の筆者のレベルはもちろん「1」。ここから走りまくって経験値を稼ぎ、レベルを11も上げないとチャレンジすらできないのだ。大ピンチ!

え? 走れないの?マジで?

時間をかけて頑張れば? と思うかもしれないが、そうもいかない事情がある。というのも、このチャレンジの開始準備が整ったのが6月26日。ツール・ド・フランスが開幕する7月6日までは10日ほどだ。正直なところレベル上げは大会に間に合っても間に合わなくてもいいのだが、実はWahoo Fitness Japanからお借りしているこの超リッチなサイクルトレーニング環境一式は7月5日午前に返却しなければならなかったのである……。

でもって、その直前の1日は仕事の都合上、自転車に乗れそうもない。つまり、タイムリミットは実質8日間。どれくらいのペースでレベル上げできるのかわからないが、たとえ毎日自転車をこいだとしても1日に少なくともレベルを1つか2つは確実に上げていかなければならない。Wahoo Fitness Japanの担当者は「普通に無理では?」と話していたのだが、そこまで言われるとかえって頑張ってみたくなるもの。

当然ながらレベル1。「wahoofitness」というプロモコードを入力してWahooデザインのウェアをゲットしてみた(現実逃避)

そんなわけで、ここから筆者の「Road to Sky」ならぬ「Road to LV12」のチャレンジがスタートしたのだった。

Zwiftチャレンジ1日目。とても楽しく走れるが……

1日目、Wahoo KICKRを設置したその日は、午後から本格的な走行に入る。目標はとりあえず1日1レベルアップだ。計算上は間に合わないが、休日にその分を稼いで帳尻を合わせることにする。まずは初挑戦ということで、アップダウンの少ないロンドンを舞台にした市街地コースを選んでみた。のだけれど、ほとんどフラットとはいえ、1桁%の上り下りでさえ意外にきつい。KICKRの負荷の変化はごく自然で、画面上は目立った勾配ではなくても、ペダルに加わる負荷で上り坂であることを嫌というほど思い知らされる。

道のりは険しいが、とりあえず1日目をスタート

平日の昼間でも主に海外のユーザーが大勢オンラインで走行している。屋内のサイクルトレーニングというと、通常はストイックにペダリングするだけの孤独な時間だが、Zwiftだとそういう大勢のユーザーと擬似的に一緒に走ったり、競ったりできるので、寂しさやむなしさは感じない。同じようなペースで走っている人を見つけて一緒に走るようにすれば、自分の実力+αを出しながらのちょうどいいトレーニングにもなる。

経験値(XP)は1km走行するごとに20ずつ獲得可能だ。画面上部に表示されているオレンジのゲージは、20XPごとに見かけ上5mmくらい伸び、20km前後で半分を超えるくらいまできた。ゲージの右端まで到達すればレベルアップなので、40kmほど走れば達成できそうだが、初日に40kmは初心者の筆者にはハードルが高い……。

したたり落ちた汗。タオルを掛けておかないと自転車を傷めそうだ

なにしろ20kmの時点ですでに筆者の体力ゲージは残りわずかなのだ。汗がしたたるどころか、全身をびっしょり水が覆っている。1日1レベルアップすら無理かも……と思っていたら、途中、ボーナス的な経験値を250XP獲得でき、一気にゲージを稼いで28kmほどでレベルアップできた。走行距離は28.1km、時間は51分、獲得標高70メートル、消費カロリーは478kcal。遅い昼食をとった後、疲労困憊で寝込んで仕事にならず、体力不足を痛感する……。

まずはレベル2に到達
1時間近くかけて28km走らなければならなかった

Zwiftチャレンジ2日目。ボーナスXPがないとレベルアップがままならない

2日目の朝、昨日のライドで足が鉛のように重いが、レベルを少しでも上げないことには話にならないため、とにかく自転車にまたがる。コースは初日と同じロンドン、丘陵地帯を通過するややアップダウンのあるルートを選択した。走り始めると不思議なことに、なぜか気力が湧いてくる。やはり1人きりじゃないというのは大きい。前走者に追いついたり、後続に追い抜かれたりの繰り返しが飽きないのだ。時々“いいね”代わりの「Ride On!」を他のユーザーからもらえると、さらに元気になれる。

2日目スタート
同じようなペースで走っている人との競い合いが楽しい
集団で走っている人たちもいる。スリップストリーム(ドラフティング)効果で後続は少し楽に走れるようだ

でも、丘陵地帯に入ってKICKR CLIMBが自転車を持ち上げるとともに、ペダルもぐっと重くなるのは一体何なのか(八つ当たり)。リアルではあるけれど、体力の削られ方がハンパではない。だからといって、もはや普通のサイクルトレーナーには戻れないだろう。画面表示に連動してペダルの負荷や乗車姿勢が変わるだけで、室内といえどもあたかも自転車に乗っている錯覚に陥ることがある。率直に言って、自転車をこいでいるだけで楽しい。

丘陵地帯に入るとぐっと重くなるのはなぜなのか! (スマートトレーナーだからです)

ちなみにゲージの伸びは初日とほぼ変わらない。この日も途中で250XPのボーナス経験値を獲得でき、25km前後でレベル3に到達できた。しかし、このボーナスがないと1日1レベルアップのペースを維持するのはかなり厳しそうだ。連続走行距離や区間タイムの更新など、何らかのアチーブメントを達成すると獲得できたり、あるいはコース途中にあるルーレットを回したときに獲得できたりもするのだが。

場所によってはこのように区間タイムが計測されるところもある

ルーレット以外では、どういう条件でボーナス経験値を獲得できるのかが公式には具体的に明らかになっていないため、とにかくレベルアップできると信じてひたすら走るしかない。2日目の結果は、走行距離26.7km、時間57分、獲得標高256メートル、消費カロリー523kcal。寝込むことはなかったが、その日はやはり仕事にならなかった。

この日も1時間近くライドしてようやくレベルアップとなった

Zwiftチャレンジ3日目。1時間半のライドでもその後の仕事が可能に

3日目の朝は、ニューヨークを舞台にした「Knickerbocker」というルートを走ることにする。セントラル・パークを模したような公園で、なぜか1ラップあたりの獲得標高が365メートルもあるのを不思議に思ったのだが、走ってみると納得。途中から公園の上空を走る半透明の高架道路を通過するルートとなっていて、そのアップダウンがもはやジェットコースター並みなのだ。ここは未来のニューヨークらしい。雄大な景色の中を走れるだけでなく、こういった現実にはありえない架空のコースを走れるのもバーチャルサイクリングの醍醐味だろう。

3日目、ニューヨークのセントラル・パークのようなコースだが……
しばらく走ると道路が透明に

それにしてもこのコース、15%以上の激坂も現れるえげつないアップダウンで、架空のコースといえどもやり過ぎではないかとペダルを回しながら思う。レベル3になったせいか明らかに経験値ゲージの伸びが鈍くなっているのも気を滅入らせる。ボーナス経験値をもらうことができたとはいえ、1レベルアップのノルマを達成するまで走り続けていたら、走行距離40.5km、1時間27分、獲得標高661メートル、消費カロリー845kCalという、筆者の室内トレーニング史上最長の距離・時間を記録してしまった。これだけ長く乗っていてもその後仕事をきちんとこなせるようになったのも進歩かもしれない。

ぐんぐん上っていく
15%超の勾配はマジキツい
レベルは4に
3日目の結果

「Road to LV12」まで、残り5日で8レベル

というわけで、3日目を終えてようやくレベル4である。タイムリミットまであと5日しかないのに、「Road to LV12」の到達にはさらに8レベル必要だ。平均すると1日にほぼ2レベルアップが必達目標という厳しい状況だが、ここからペースを上げていければなんとか巻き返すことができるのではないか(楽観的)。

明らかに体力がついて疲れにくくなっていることも考えると、後半にかけて追い込んでいくことも可能なはずである。待ってろツール・ド・フランス!

(後編へ続く)

日沼諭史

Web媒体記者、IT系広告代理店などを経て、フリーランスのライターとして執筆・編集業を営む。AV機器、モバイル機器、IoT機器のほか、オンラインサービス、エンタープライズ向けソリューション、オートバイを含むオートモーティブ分野から旅行まで、幅広いジャンルで活動中。著書に「できるGoProスタート→活用 完全ガイド」(インプレス)、「はじめての今さら聞けないGoPro入門」(秀和システム)、「今すぐ使えるかんたんPLUS+Androidアプリ 完全大事典」シリーズ(技術評論社)など。Footprint Technologies株式会社 代表取締役。