西田宗千佳のRandomTracking
第508回
「iPhone 13」に「iPad mini」、秋のアップル新製品を分析
2021年9月15日 16:46
新しいiPhoneである「iPhone 13シリーズ」をはじめとした、アップルの新製品が発表になった。筆者の予想では「発表がもう1回くらいあるんじゃないかな……?」と思っているが、なにより多くの人が注目している「iPhone」と「iPad」が揃ったことは大きい。今回は特にこの2つについて、発表内容などからわかることを解説していきたい。
実は野心的アプローチ、動画撮影に演算を大胆に持ち込む「シネマティックモード」
iPhoneに限らず、スマートフォンの新製品が登場する時に「カメラ」が話題の中心になってもう何年だろうか。「カメラの進化だけではつまらない」という声もわかるが、実際のところ「カメラ以外も進化しているとはいえ、どうしてもカメラがニーズ的にも目立ってしまう」という部分もあるように思う。
iPhoneという製品の現在の特徴を挙げるとすれば、それは「アップルの自社設計半導体による差別化」と言っても過言ではない。
今回発表された「iPhone 13」シリーズでは、SoCが「A15 Bionic」に進化している。今回は同じ名称でありながら、「13 Pro」「13 Pro Max」と「13」「13 mini」ではSoCのスペックが違う。Pro向けではGPUが5コア、13向けでは4コアになっていて、その分パフォーマンスが異なる。アップルはProで「スマートフォン最速のチップ」という表現を、13と13 miniでは「ほかのスマートフォンよりも高速」という言い方をしている。
その妥当性はベンチマークなどを計るまで保留しておくが、現行の「A14 Bionic」も十分に速いことを考えると、「自社設計+数の力でハイパフォーマンスなプロセッサを作って差別化」という主張はそこまで違和感がない。
問題は「それをどこに使うか」ということだろう。
ゲームも重要だが、スマホというプラットフォームの特質上、一番上だけに最適化するゲームの数は限られる。そうすると、デバイス自体が持っている「演算力を活かせる付加価値」こそが最大の差別化要因であり、それはカメラである……という話に落ち着くわけだ。特に現在のSoCでは、機械学習系の機能を高速化する機能の進化が目立つ。カメラについても機械学習系機能の向上が進化のポイントとして語られてきた。
では今回、それはどこなのか?
カメラに関して言えば、もちろんレンズなどの強化も行なわれている。それはある意味想定された流れの中でのものだ。
今回のアプローチは、よりソフト的であり、野心的だ。それが最もよく表れているのが、動画の新しい機能としてアピールされた「シネマティックモード」だ。
とりあえず以下の動画をご覧いただきたい。この動画は発表会でも流れたものだが、iPhone 13で撮影されたシネマティックモードのサンプルだ。
映画などの撮影では、ストーリー上視線を誘導するために「フォーカス」を使う。注視してほしいところにフォーカスを合わせ、注視点を変えたい際にはそちらへとフォーカスを動かすことで視線を誘導するわけだ。
非常に基本的なテクニックだが、素人がやるのはなかなか難しい。映画の撮影ではフォーカスをアシストするスタッフがいるくらいなのだから。結局普段は、パンフォーカス気味に撮るか、1点にフォーカスを合わせたままで撮るか、という感じになりがちである。
シネマティックモードは、この状況に「演算力」で踏み込むことを狙っている。フォーカスを当てたいものがフレームに入ってきたり、フォーカスがあっている人が振り向いたりする様を機械学習によってリアルタイム認識することで、フォーカスを切り替えながら撮影するテクニックを持たない人でも、「映画のように視線が誘導される映像」を撮ることが可能になるわけだ。
これは、写真において「背景ボケ」を演算力で実現した「ポートレートモード」の延長線上にある考え方だ。映像解析などを使って深度情報を同時に記録し、さらに画像認識を組み合わせることで、静止画でやっていたことを動画に持ち込んだ。撮影した映像には深度情報が含まれるから、自分でフォーカス位置を変えることもできる。その流れで、さらに一つの自動化として「フォーカス位置を撮影の流れで切り替えていく」という発想が生まれ、シネマティックモードにつながったのだろう。
これがハイエンドのProだけでなく、iPhone 13シリーズ全体で使えるようになっている、というのが面白い。
アップルはiPhoneでの写真撮影を「コンピュテーショナル・フォトグラフィ」としてアピールしてきた。それは多くのスマホメーカーが同様に追いかけている要素ではあるが、「動画の撮影のあり方」に踏み込むには、相応の性能が必要になる。まさに「自社設計半導体の賜物」なわけだ。
余談だが、今秋にはGoogleの「Pixel 6」も登場する。Googleもコンピュテーショナル・フォトグラフィに熱心な企業だが、彼らもPixel 6からは自社設計半導体に移行する。こちらもまた、注力するのは「機械学習の効率化」とされており、アップルのアプローチとどう違うのか、気になるところではある。
カメラ以外の注目点は「バッテリー」と「ディスプレイ」
「とはいえ、カメラの進化ですよね」。
それはその通りなのだ。カメラに興味が薄ければ、結局大きなインパクトは受けないかもしれない。
他方で、iOS 15のアップデート内容を見ると、「写真や動画を撮る」こと以外で機械学習を活かす用途も増えていると感じる。
例えば「テキスト認識表示(Live Text)」。写真や画像などに含まれる文字を自動的に認識し、文字列としてコピー可能にする機能がある。メモとして撮影したWebのアドレスや店の名前を、タイプし直すことなく再利用できる。こうした部分はSoCの機械学習処理能力が高いと、素早くスムーズに行なえる。
ただ、iPhone 12でも十分高速だとは感じたので、「12から13へ買い替え」の要素としては弱いかもしれない。もう少し昔のiPhoneを使っている人向けの要素と言える。また、現時点では「英語」での対応で、日本語を認識することができない。OSのアップデートによって改善していくだろうとは思うが、これも「そこまで急がなくていい」という要因になってしまう。
むしろiPhone 13シリーズの改善で重要なのは「バッテリー動作時間の改善」だろう。iPhone 13は、4モデル全てで設計が見直され、バッテリー容量の増加が行なわれているという。SoCであるA15 Bionicの消費電力改善とセットで、どのモデルも「動画視聴時で2時間」バッテリー動作時間が伸びている。
これは、今後5Gが普及していく中ではとても重要な要素だ。5Gでの通信が増えるとそれだけ消費電力は上がりやすくなり、バッテリー動作時間は短くなる傾向にあるからだ。コロナ禍でスマホを外で使う時間が短くなっているが、年末から来年にかけて、ある程度行動制限が緩和されて「日常化」していくのだとすれば、コロナ禍のうちに進んでいた5Gインフラの整備の恩恵を受けるシーンが増えるだろう。
この点については、正直「iPhone 13 mini」が一番大きな恩恵をうける端末だ。小さい分バッテリー搭載量が少ないこともあり、iPhone 12 miniではそこが弱点とも言われていた。今回の改善により、サイズが異なる「iPhone 12」と「iPhone 13 mini」がほぼ同じバッテリー動作時間(動画視聴で17時間)となるわけで、「小さいiPhone」を求めている人にはプラスだろう。
ではProはどうか?
カメラ以外の点で言えば、ディスプレイの改善がポイントだろうか。最大120Hz駆動になり、なめらかさが増す。正直ここは「他社の後追い」だ。注目しておくべき要素としては、10Hzから120Hzまでフレームレートが自動可変する、という点である。画面や操作の少ないシーンでフレームレートを下げることで消費電力の低減を狙っているのだが、有用な方向性だ。
なお、今回も要望が多かった「指紋認証の搭載」はなかった。日本モデルには5Gのミリ波対応もない。これらを残念に感じた人もいるだろう。
最新仕様で満足度の高い「iPad mini」、iPadは「iPhone SE的存在」?
ストレートな賛辞が多いのはiPhoneの方よりも「iPad mini」の方だろうか。
iPad miniは完全に、「今世代のiPadの設計」へリニューアルした。出てくるタイミングの問題もあるが、SoCの性能・5G対応・フロントカメラの性能など、ほとんどの点でiPad Airより上であり、「iPad Proの次に良いiPad」になっている。
搭載されているSoCは「A15 Bionic」。これはiPhone 13 Proシリーズに搭載されているものと全く同じで、「GPUコアが5つ」のバージョンだ。M1の方がCPU・GPU共にコア数が多いため、さすがに性能はiPad Proの方が良いはずだが、コストパフォーマンスの面では非常に優れた存在になった。これなら、相当に長く使える製品になりそうだ。
現在iPad自体のニーズが上がっている中で、miniを買うのは付加価値(小さいことも含まれる)を求める層。とすると、これからのニーズに合わせた設計に移行しておけば、ラインナップを維持する上でもやりやすくなる。
結果として、シンプルにスペック面で満足しやすく、デザイン的な変化もわかりやすいのはiPad mini……ということになったのだろう。
ではもう1つのiPadである「第6世代iPad」はどうだろう?
こちらはある意味で、とても保守的だ。ホームボタンがあり、インターフェースもLightningというスタイルは、ついにこのモデルだけになった。
この製品に関しては、iPhoneにおける「iPhone SE」に近いフィロソフィーだと考えればいいのではないか、と思っている。
価格重視で多数が必要となるジャンルは確実に存在する。現在であれば教育市場向けがそこに該当するが、「価格が安い」「周辺機器が変更されていない」ことがむしろ求められる領域だ。
中身を見るとかなりお買い得ではある。SoCである「A13 Bionic」はまだまだ十分性能的に余力があり、ストレージも増した。ビデオ会議で自分を写す際、自分を自動的に中心へずらす「センターステージ」にも対応している。現行のiPhone SEが「デザインは1サイクル前のものだが機能は今の水準」であるのと同様の位置付けにある。
個人的には、今回発表されたiPadがどちらも、SoCとしてiPhone由来の「Aシリーズ」を採用していることを挙げておきたい。iPad ProはMac向けに作られた「M1」を採用したが、SoCの規模・コストを考えると、普及価格帯に近いiPad、すなわち「Pro以外」はAシリーズを使うことになるのだろう。
これは、アップルにとってオリジナル半導体は「パフォーマンス路線・Mac寄りのMシリーズ」と、「量産路線・iPhone寄りのAシリーズ」の2ラインで回っていく、という方針が見えてきたということでもある。そう考えると、今回はまさに「iPhoneをベースとしたプロダクトの発表」だったという印象を受ける。