西田宗千佳のRandomTracking
第533回
Metaより安くて高性能、「PICO 4」の価値をチェックする
2022年10月14日 00:00
中国ByteDanceのVR関連子会社である「PICO」が発売した「PICO 4」のレビューをお届けする。
ご存知の通りの円安基調であり、デジタル機器はどれも高くなっている。VR機器も例外ではない。Metaの「Meta Quest2」は、今年8月、国内での販売価格を37,180円(128GB)から59,400円へと、2万円以上値上げしている。VRに関心がある人は少なくないと思うが、これではちょっと……伸びかけた手を止めた人もいるかもしれない。
一方で、10月7日から日本でも発売を開始した「PICO 4」は、円安でのガジェット価格を無視するかのように、128GBモデルが49,000円。Meta Quest2よりも1万円も安い価格で販売されることになった。
しかもサイズは小さく、HMDも軽そうだ。
では、その使い勝手はどうなのか? ここはAV Watchなので、やっぱり「オーディオビジュアル」な使い方での品質や機能が気になる。
その辺を色々確かめてみた。
スタンダードを作ったQuest、それを追いかけるPICO
Meta Quest2やPICO 4のようなHMDを「スタンドアローン型」という。現状、基本的な構成は決まってきている。スマホ系のアーキテクチャを基本としたARM系SoCを搭載し、OSとしてはAndroidをベースに、VR向けにカスタマイズしたものを使う。アプリも必然的にAndroid向けに似た作り方になり、あとはWebアプリケーションを活用、というパターンだ。
ケーブルに左右されず、立ち上がって遊びやすく、PCなどを使うよりハードウエアのコストも下げられる。画質やVRアプリとしての規模ではPCにケーブル接続して使うものに敵わないが、今のSoCなら多くの人が満足するレベルのものを作れる……。
Meta(Facebook)は「Quest」シリーズでそういうHMDの形をおおむね作り上げた。
ぶっちゃけて言えば、PICO 4もそのフォロワーと言っていい。機器の構造も内部のメニューも、かなりMetaのものに近い。
いや別にそれが悪いのではない。それだけQuestのアプローチがスタンダードになり、追いかける企業が増えているというだけの話だ。
その上でPICO 4は、ハードウエア的により洗練されたものを作っている。
HMDと顔の間のパッドはマグネット式で取り外ししやすく、メガネを併用しても十分スペースに余裕がある。光もれを防止する鼻あても付属する。
HMDをかぶる際の動きもスムーズだ。先行例をよく研究し、しっかり作られたハードだと思う。
PICO 4は本当に「軽い」のか
写真で見ればお分かりのように、HMDのサイズはQuest 2よりかなり小さい。ここで写真に写っているQuest 2は、販売時の状態ではなく、別売の「バッテリー付きEliteストラップ」を装着したものである。なので本体後部が大きくなっていることはご了承いただきたい。
PICO 4はHMDのレンズに、薄型の「パンケーキ構造」を採用した。また、バッテリーをあえて本体後部にもってきたことで、頭の前面の重量を抑え、重量バランスを前後で取って「より軽く感じる」ものにしている。
カタログスペックとして「295g」という重量を謳っている。
だが、これは正しい数字ではない。あくまで「HMD部だけ」の重量であり、バッテリーなどを含めた本当の重量は「585g」だった。
Quest 2のカタログ重量は503gなので、実はPICO 4が軽いわけではないのだ。
この記載方法は良くない。早急に改善を求めたい。
ただ、これは同時に理解して欲しいのだが、PICO 4は着けると「Quest 2より軽く感じる」のは事実なのだ。それは軽いから、というよりも「重量バランスが良いから」である。
Quest 2は標準セットのストラップだと、頭の後ろに重量物がないので、どうしても重心が前に来る。これは重量以上に重さを感じさせる。
バッテリー付きEliteストラップをつけたQuest 2は770gになる。それでも筆者が私物のQuest 2にバッテリー付きEliteストラップをつけているのは、バッテリー動作時間を長くすることに加え、重心を真ん中に移動させ、重さを感じにくくするためでもある。
PICO 4は本体前面を薄くし、バッテリーを後ろに装着することで重心の問題を解決している。だからQuest 2より軽く、快適であることは間違いない。
だからこそ、PICOは変なことをしないで、「ちゃんとしたスペックと特性を伝える」べきだ。
「スタンダードを踏襲」したわかりやすい構造
重量やデザインのことは離れて、実際に使ってみよう。
前述のように、PICO 4は「Quest 2を快適にした」ような作りになっている。コントローラーもそうだし、HMDも同様だ。起動したあとの設定やメニューも、驚くほどQuest 2に似ている。Metaがどう思うかはともかく、ユーザーとしては「スタンダードなやり方に沿っているので迷うことなく使える」という印象を持った。
先ほど「軽い」という話をしたが、「熱がこもりにくい」のも利点だ。本体にはファンがあり、これでかなり積極的に放熱しているようだ。結果、HMDの中が曇りにくい。音も若干聞こえるが、VRの中でなにかが鳴っていれば、ほとんど気になることはない。
そして、ハード上の最大の特徴は「シースルーがカラーである」という点だ。
Quest 2はソフトウエアアップデートの結果、周囲を認識するセンサーを使い、モノクロで周囲の映像を確認できるようになっている。危ないものがないかを確認したり、飲み物を飲んだりするときに使う。
PICO 4はこの機能が最初から搭載されていて、しかもモノクロではなくカラーになっている。
このインパクトはかなり大きい。やっぱりカラーの方が自然に見えるのは事実だ。見慣れた自分の部屋がHMDの中で、ちゃんとカラーで見られるのは新鮮な驚きがある。
一方、制約もある。
1つのカメラで生成しているせいか、立体感がおかしい。微妙に歪んで気持ち悪く感じる距離がある。また、解像度も高くないので、スマホをみようと思ったらかなり顔の前に近づける必要がある。前掲のカラーシースルーの画像が妙に間延びしているのは、キャプチャ画像上では補正が効いていないからだ。
また、Quest 2はシステムメニュー以外、周囲の映像をシースルー映像にする機能があるが、PICO 4はないようだ。そのため現状は本当に、「ちょっと周りを確認する」機能でしかない。そんなこともあり、いわゆる「シースルーAR」としては使えないようだ。
ちなみに、先日MetaがハイエンドHMD「Meta Quest Pro」を発売した。こちらはカラーによる「シースルーAR」が機能として搭載されている。
Meta、高級VRヘッドセット「Quest Pro」。パンケーキレンズで薄型化
同じようにパンケーキレンズを使い、バッテリーを後ろにつけ、カラーカメラでのシースルーを搭載しているが、PICO 4とQuest Proは、価格も狙いも全く異なる「似て非なるもの」なのだ。だから、手軽にゲームをしたい人は、気にせずPICO 4を選べばいい。
ゲームについては非常に快適だ。
ゲームタイトルは「意外とある」というのが本音だ。VRゲームとしてめぼしいものは揃っている。この段階でこれだけあれば大したものだ。もちろん、Meta傘下で作られている「Beat Saber」のようなヒットタイトルはないのだが。十分快適に、しっかりした解像感で楽しめる。
なんとなく視界の周囲が少し歪みやすい傾向があるように思うが、プレイ中に強く気になるほどではなかろう。
映像を見るには「少々課題」も
では、AV Watch的に気になる「映像を見る」こともチェックしていきたい。
VR HMDでは「映像視聴モード」や「映像視聴アプリ」があり、そこから動画配信を見ることができる。Metaの場合にも、多数の動画配信アプリがあり、さらに、Webブラウザ経由での視聴も可能だ。
PICO 4も同様……なのだが、いくつか課題もある。
まず「主要な動画配信アプリがない」こと。NetflixもAmazon Prime VideoもYouTubeもない。
その代わり、ウェブブラウザで動画環境を肩代わりすることになっていて、主要なサイトへのリンクが最初から登録されている。
だが、これも「問題なし」とは言い難い。意外と見られないサイトが多いのだ。
リンクのないNetflixはもちろん、リンクがあったAmazon Prime Videoも、実際には視聴できない。シェアも高く、リンクも用意されているPrime Videoが視聴できないのは、早急に改善すべきだろう。
YouTubeやHulu、U-NEXT、Disney+など、他の用意されているリンクは問題なく、ニコニコも視聴できた。
実のところ、PICO 4はまさに「Androidそののもの」な部分があり、AndroidアプリのAPKファイルを入れればそのまま動作する。
ただ、動画配信のような「会員データ」を扱うサービスで、出所のはっきりしないAPKファイルを入れるのは全く推奨しない。ネットで検索して出てくるAPKファイルが本物かどうかを担保する方法がなく、フィッシングの温床となりかねない。
こうした現象は、Webブラウザのバージョンが古い場合などに起きる。そのため今後システムソフトウエアの改善が進めば、見られるようになる可能性もある。APKファイルを探してきて入れるより、アップデートを期待した方がいい。
次に「そもそもディスプレイの色が浅い」という点も気になる。ゲームでもそこは多少気になったが、現状そこまで大きな課題ではない。だが、映像配信を見ると、採用している液晶の色の浅さが気になる。解像感は悪くないのだが、もう少し色再現性の良いものを選んでもらいたい。また、HDRにも対応していないのも不満だ。
三番目は「音が良くない」こと。内蔵ヘッドフォンとマイクの音質がかなり良くない。ただ、USB Type-CやBluetoothなどで接続すればこの点は解消できる。
動画プレーヤーはしっかり作られている
一方で、ちょっと面白い部分もある。
ファイルブラウザは直接SMBにアクセス可能なので、NASなどに保存した動画データの再生が非常に簡単だ。アプリのインストールも必要ない。
動画再生プレーヤーはちゃんと「劇場スタイル」で、サイド・バイ・サイドなどの3D動画も見られる。
また、「PICO VIDEO」というPICOの動画配信アプリも入っている。だが現状、日本からは有料会員になる方法がない。
しかし、利用開始から30日間は特に登録なく利用可能で、しかも、「スパイダーマン:ホームカミング」や「ピクセル」「ヴェノム」などの映画が、3Dで見られる。しかも、日本語吹き替えで、だ。そのほかにも、3Dでのドキュメンタリーなど、いくつかの作品がある。見たところ、どれもちゃんと権利処理されたものに見える。
VRは3Dと相性がいい。正直、かなり立体感強調が強く描き割りのようなシーンもある。品質がいい3D化だとは思わないが、「楽しい」体験であるのは間違いない。これが無料で楽しめるなら、それはそれでアリかと思う。
よくできたハードウエアと荒さの見える売り方。ソフトの継続練り込みを期待
最後にまとめだ。
PICO 4はよくできたハードだ。PICOが力を入れて作っているのもよくわかる。
一方で、ちょっと雑さを感じるのも事実。重量の件や動画対応など、「それでいいのかな」という部分がいくつもある。
その上で1つの課題もある。
では、PICO 4は「これからVRをする人におすすめ」なのかどうか、という点だ。
価格は安くよくできているが、アプリやサービスの量は、結局まだMetaを中心に回っている部分が大きい。このバランスが実に微妙だ。実際、アプリとサービスとその進化に関する満足度が、VR関連機器の価値を決める。
軽さが利点といっても、それは「今のVR HMDの中では快適」という話で、これが劇的な改善であり決定版、というわけではない。
軽さ+1万円安いことと、業界のリードプラットフォームであることのどちらを選ぶのか、というのが現状の答えになる。
ただ、このくらい競争力のあるデバイスが出てきて、資金力も豊富な企業が「Metaと同様に本気を出してきている」という点が面白い。ソフトの刷新などが積極的に進むなら、「メジャーを選ばない」ことの不利はあまり気にしなくてもいい、という話になりそうではある。