西田宗千佳のRandomTracking

第533回

Metaより安くて高性能、「PICO 4」の価値をチェックする

PICO 4。価格は49,000円から

中国ByteDanceのVR関連子会社である「PICO」が発売した「PICO 4」のレビューをお届けする。

ご存知の通りの円安基調であり、デジタル機器はどれも高くなっている。VR機器も例外ではない。Metaの「Meta Quest2」は、今年8月、国内での販売価格を37,180円(128GB)から59,400円へと、2万円以上値上げしている。VRに関心がある人は少なくないと思うが、これではちょっと……伸びかけた手を止めた人もいるかもしれない。

一方で、10月7日から日本でも発売を開始した「PICO 4」は、円安でのガジェット価格を無視するかのように、128GBモデルが49,000円。Meta Quest2よりも1万円も安い価格で販売されることになった。

しかもサイズは小さく、HMDも軽そうだ。

では、その使い勝手はどうなのか? ここはAV Watchなので、やっぱり「オーディオビジュアル」な使い方での品質や機能が気になる。

その辺を色々確かめてみた。

スタンダードを作ったQuest、それを追いかけるPICO

Meta Quest2やPICO 4のようなHMDを「スタンドアローン型」という。現状、基本的な構成は決まってきている。スマホ系のアーキテクチャを基本としたARM系SoCを搭載し、OSとしてはAndroidをベースに、VR向けにカスタマイズしたものを使う。アプリも必然的にAndroid向けに似た作り方になり、あとはWebアプリケーションを活用、というパターンだ。

ケーブルに左右されず、立ち上がって遊びやすく、PCなどを使うよりハードウエアのコストも下げられる。画質やVRアプリとしての規模ではPCにケーブル接続して使うものに敵わないが、今のSoCなら多くの人が満足するレベルのものを作れる……。

Meta(Facebook)は「Quest」シリーズでそういうHMDの形をおおむね作り上げた。

ぶっちゃけて言えば、PICO 4もそのフォロワーと言っていい。機器の構造も内部のメニューも、かなりMetaのものに近い。

PICO 4のパッケージ。本体に2つのコントローラー、電源などが付属する

いや別にそれが悪いのではない。それだけQuestのアプローチがスタンダードになり、追いかける企業が増えているというだけの話だ。

PICO 4のコントローラー
左がPICO 4、右がQuest 2のコントローラー。「輪っか」の位置は違うが、ボタンの配置などはかなり近い

その上でPICO 4は、ハードウエア的により洗練されたものを作っている。

HMDと顔の間のパッドはマグネット式で取り外ししやすく、メガネを併用しても十分スペースに余裕がある。光もれを防止する鼻あても付属する。

レンズ部。薄くなっているが目の周りのスペースは広く、余裕がある
光漏れを防止するノーズパッドも付属

HMDをかぶる際の動きもスムーズだ。先行例をよく研究し、しっかり作られたハードだと思う。

後部はバッテリーの入ったバンド。回して締める仕組みだ

PICO 4は本当に「軽い」のか

写真で見ればお分かりのように、HMDのサイズはQuest 2よりかなり小さい。ここで写真に写っているQuest 2は、販売時の状態ではなく、別売の「バッテリー付きEliteストラップ」を装着したものである。なので本体後部が大きくなっていることはご了承いただきたい。

上がPICO 4、下がQuest 2。HMD部の厚みがかなり違う
PICO 4とQuest 2をつけ比べてみた。だいぶ顔の前の重さや大きさが違うと感じる

PICO 4はHMDのレンズに、薄型の「パンケーキ構造」を採用した。また、バッテリーをあえて本体後部にもってきたことで、頭の前面の重量を抑え、重量バランスを前後で取って「より軽く感じる」ものにしている。

カタログスペックとして「295g」という重量を謳っている。

だが、これは正しい数字ではない。あくまで「HMD部だけ」の重量であり、バッテリーなどを含めた本当の重量は「585g」だった。

Quest 2のカタログ重量は503gなので、実はPICO 4が軽いわけではないのだ。

この記載方法は良くない。早急に改善を求めたい。

ただ、これは同時に理解して欲しいのだが、PICO 4は着けると「Quest 2より軽く感じる」のは事実なのだ。それは軽いから、というよりも「重量バランスが良いから」である。

こんなふうに、バランスが前後揃っていてかぶりやすいのが特徴

Quest 2は標準セットのストラップだと、頭の後ろに重量物がないので、どうしても重心が前に来る。これは重量以上に重さを感じさせる。

バッテリー付きEliteストラップをつけたQuest 2は770gになる。それでも筆者が私物のQuest 2にバッテリー付きEliteストラップをつけているのは、バッテリー動作時間を長くすることに加え、重心を真ん中に移動させ、重さを感じにくくするためでもある。

PICO 4は本体前面を薄くし、バッテリーを後ろに装着することで重心の問題を解決している。だからQuest 2より軽く、快適であることは間違いない。

横から見るとHMDが薄いのがわかる

だからこそ、PICOは変なことをしないで、「ちゃんとしたスペックと特性を伝える」べきだ。

「スタンダードを踏襲」したわかりやすい構造

重量やデザインのことは離れて、実際に使ってみよう。

前述のように、PICO 4は「Quest 2を快適にした」ような作りになっている。コントローラーもそうだし、HMDも同様だ。起動したあとの設定やメニューも、驚くほどQuest 2に似ている。Metaがどう思うかはともかく、ユーザーとしては「スタンダードなやり方に沿っているので迷うことなく使える」という印象を持った。

PICO 4のメイン画面。構成はQuest 2に非常に似ている。両手の認識も問題ない

先ほど「軽い」という話をしたが、「熱がこもりにくい」のも利点だ。本体にはファンがあり、これでかなり積極的に放熱しているようだ。結果、HMDの中が曇りにくい。音も若干聞こえるが、VRの中でなにかが鳴っていれば、ほとんど気になることはない。

ファンとエアフローの穴があり、放熱にはかなり気を遣っているのがわかる

そして、ハード上の最大の特徴は「シースルーがカラーである」という点だ。

Quest 2はソフトウエアアップデートの結果、周囲を認識するセンサーを使い、モノクロで周囲の映像を確認できるようになっている。危ないものがないかを確認したり、飲み物を飲んだりするときに使う。

PICO 4はこの機能が最初から搭載されていて、しかもモノクロではなくカラーになっている。

カラーシースルーの様子をキャプチャ。こんなふうにちゃんと周りが見える

このインパクトはかなり大きい。やっぱりカラーの方が自然に見えるのは事実だ。見慣れた自分の部屋がHMDの中で、ちゃんとカラーで見られるのは新鮮な驚きがある。

一方、制約もある。

1つのカメラで生成しているせいか、立体感がおかしい。微妙に歪んで気持ち悪く感じる距離がある。また、解像度も高くないので、スマホをみようと思ったらかなり顔の前に近づける必要がある。前掲のカラーシースルーの画像が妙に間延びしているのは、キャプチャ画像上では補正が効いていないからだ。

また、Quest 2はシステムメニュー以外、周囲の映像をシースルー映像にする機能があるが、PICO 4はないようだ。そのため現状は本当に、「ちょっと周りを確認する」機能でしかない。そんなこともあり、いわゆる「シースルーAR」としては使えないようだ。

ちなみに、先日MetaがハイエンドHMD「Meta Quest Pro」を発売した。こちらはカラーによる「シースルーAR」が機能として搭載されている。

Meta、高級VRヘッドセット「Quest Pro」。パンケーキレンズで薄型化

同じようにパンケーキレンズを使い、バッテリーを後ろにつけ、カラーカメラでのシースルーを搭載しているが、PICO 4とQuest Proは、価格も狙いも全く異なる「似て非なるもの」なのだ。だから、手軽にゲームをしたい人は、気にせずPICO 4を選べばいい。

ゲームについては非常に快適だ。

ゲームタイトルは「意外とある」というのが本音だ。VRゲームとしてめぼしいものは揃っている。この段階でこれだけあれば大したものだ。もちろん、Meta傘下で作られている「Beat Saber」のようなヒットタイトルはないのだが。十分快適に、しっかりした解像感で楽しめる。

アプリストアもかなり充実している

なんとなく視界の周囲が少し歪みやすい傾向があるように思うが、プレイ中に強く気になるほどではなかろう。

映像を見るには「少々課題」も

では、AV Watch的に気になる「映像を見る」こともチェックしていきたい。

VR HMDでは「映像視聴モード」や「映像視聴アプリ」があり、そこから動画配信を見ることができる。Metaの場合にも、多数の動画配信アプリがあり、さらに、Webブラウザ経由での視聴も可能だ。

PICO 4も同様……なのだが、いくつか課題もある。

まず「主要な動画配信アプリがない」こと。NetflixもAmazon Prime VideoもYouTubeもない。

その代わり、ウェブブラウザで動画環境を肩代わりすることになっていて、主要なサイトへのリンクが最初から登録されている。

映像配信の対応はブラウザ中心。だから主要サービスへのリンクが用意されている。だが……

だが、これも「問題なし」とは言い難い。意外と見られないサイトが多いのだ。

リンクのないNetflixはもちろん、リンクがあったAmazon Prime Videoも、実際には視聴できない。シェアも高く、リンクも用意されているPrime Videoが視聴できないのは、早急に改善すべきだろう。

Netflixは再生できない
Amazon Prime Videoはログインできるが、再生そのものはできない

YouTubeやHulu、U-NEXT、Disney+など、他の用意されているリンクは問題なく、ニコニコも視聴できた。

実のところ、PICO 4はまさに「Androidそののもの」な部分があり、AndroidアプリのAPKファイルを入れればそのまま動作する。

ただ、動画配信のような「会員データ」を扱うサービスで、出所のはっきりしないAPKファイルを入れるのは全く推奨しない。ネットで検索して出てくるAPKファイルが本物かどうかを担保する方法がなく、フィッシングの温床となりかねない。

こうした現象は、Webブラウザのバージョンが古い場合などに起きる。そのため今後システムソフトウエアの改善が進めば、見られるようになる可能性もある。APKファイルを探してきて入れるより、アップデートを期待した方がいい。

次に「そもそもディスプレイの色が浅い」という点も気になる。ゲームでもそこは多少気になったが、現状そこまで大きな課題ではない。だが、映像配信を見ると、採用している液晶の色の浅さが気になる。解像感は悪くないのだが、もう少し色再現性の良いものを選んでもらいたい。また、HDRにも対応していないのも不満だ。

三番目は「音が良くない」こと。内蔵ヘッドフォンとマイクの音質がかなり良くない。ただ、USB Type-CやBluetoothなどで接続すればこの点は解消できる。

動画プレーヤーはしっかり作られている

一方で、ちょっと面白い部分もある。

ファイルブラウザは直接SMBにアクセス可能なので、NASなどに保存した動画データの再生が非常に簡単だ。アプリのインストールも必要ない。

SMBに対応しているのでNAS内のファイルは直接再生可能

動画再生プレーヤーはちゃんと「劇場スタイル」で、サイド・バイ・サイドなどの3D動画も見られる。

動画プレーヤーはけっこうしっかり作られていて、「劇場」の中で映像を見られる

また、「PICO VIDEO」というPICOの動画配信アプリも入っている。だが現状、日本からは有料会員になる方法がない。

PICO VIDEOというサービスが組み込まれているが、有料会員になる方法はない

しかし、利用開始から30日間は特に登録なく利用可能で、しかも、「スパイダーマン:ホームカミング」や「ピクセル」「ヴェノム」などの映画が、3Dで見られる。しかも、日本語吹き替えで、だ。そのほかにも、3Dでのドキュメンタリーなど、いくつかの作品がある。見たところ、どれもちゃんと権利処理されたものに見える。

3Dの映画本編がそのまま視聴可能になっている
アポロを描いた3Dのドキュメンタリーでは、サターンV型ロケットの巨大さを体感できた

VRは3Dと相性がいい。正直、かなり立体感強調が強く描き割りのようなシーンもある。品質がいい3D化だとは思わないが、「楽しい」体験であるのは間違いない。これが無料で楽しめるなら、それはそれでアリかと思う。

よくできたハードウエアと荒さの見える売り方。ソフトの継続練り込みを期待

最後にまとめだ。

PICO 4はよくできたハードだ。PICOが力を入れて作っているのもよくわかる。

一方で、ちょっと雑さを感じるのも事実。重量の件や動画対応など、「それでいいのかな」という部分がいくつもある。

その上で1つの課題もある。

では、PICO 4は「これからVRをする人におすすめ」なのかどうか、という点だ。

価格は安くよくできているが、アプリやサービスの量は、結局まだMetaを中心に回っている部分が大きい。このバランスが実に微妙だ。実際、アプリとサービスとその進化に関する満足度が、VR関連機器の価値を決める。

軽さが利点といっても、それは「今のVR HMDの中では快適」という話で、これが劇的な改善であり決定版、というわけではない。

軽さ+1万円安いことと、業界のリードプラットフォームであることのどちらを選ぶのか、というのが現状の答えになる。

ただ、このくらい競争力のあるデバイスが出てきて、資金力も豊富な企業が「Metaと同様に本気を出してきている」という点が面白い。ソフトの刷新などが積極的に進むなら、「メジャーを選ばない」ことの不利はあまり気にしなくてもいい、という話になりそうではある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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