西田宗千佳のRandomTracking

第535回

「Meta Quest Pro」をAV目線でチェックする

Meta Quest Pro。価格は22万6,000円

10月末に発売されたばかりの「Meta Quest Pro」のレビューをお届けする。

HMDには2種類ある。マス向けに、ゲームを軸として販売される比較的低価格なモデルと、業務用を軸に性能を追求した高価なモデルだ。「Meta Quest 2」や、先日レビューした「PICO 4」は前者であり、マイクロソフトの「HoloLens」などは後者にあたる。

Metaより安くて高性能、「PICO 4」の価値をチェックする

Meta Quest Pro(以下Quest Pro)はQuest 2のアプリが全て動き、OS的にも開発環境としても親和性を保ちつつ、22万6,000円(米ドルだと1,499ドル)という価格は個人向けというにはギリギリのラインかと思う。それでも、過去の業務用HMDに比べると、半分以下の価格になっているのだが。

Quest 2やPICO 4と同じ感覚で手を出す人は少ないだろうと思うが、その性能がどこまでのものなのかは気になる人もいるはず。

左からMeta Quest 2、Quest Pro、PICO 4

実際、体験の質は非常に高く、Quest 2から大幅な進歩を遂げている。

その価値はどこにあるのか? 特に本誌向けにはいつものごとく「AV目線」で語ってみたいと思う。

しっかりした仕上がり、凝った作り

パッケージを開けて最初に感じたのは「さすがお高い商品」の一言だ。

白い外箱はQuest 2やPICO 4と大差ない感じだが、その中にあったのはしっかりとした茶色い箱。その中に、本体が充電ドックに乗った形で収まっていた。

外箱はいままでと同じようなイメージだが……
内箱はこれまで以上にしっかりした作り
本体と充電ドックがきれいに収まっている

素材はプラスチックだが、各部の作りが明確に「高級」だ。特に額や後頭部に接するクッションは非常にしっかりしていて、触り心地がいい。

額が当たる場所。やわらかいパッドになっていて、不快感はない。レンズ部と顔の間の隙間も大きい
後頭部のバッテリーがある部分も上質なパッドに

バッテリーが後部に来ているので、かぶっている時の重量バランスもよくなった。これは最近のHMDでは定番の構造と言える。

左から、Quest 2(バッテリー付きEliteストラップ付き)、Quest Pro、PICO 4。後ろにバッテリーを持ってくる形が、今のHMDではバランスの良い設計だ

充電ドックもしっかりしている。Quest 2にしろPICO 4にしろ、充電はUSB Type-Cから行なうが、充電ドックの類はサードパーティー製を買う必要があった。しかしQuest Proは標準添付だ。しかもこれが、かなりしっかり「仕事」がされたつくりなのだ。

さっと置くだけで充電できるし、中央にはコントローラー用の充電端子もある。

付属の充電ドック。ここにHMDとコントローラーを置く
充電ドックの上に置いてみた。コントローラーは真ん中に置く。

コントローラーは小型化し持ちやすくなった。さらに、この中に位置把握用のカメラが搭載され、制御をQualcommのスマホ向けプロセッサー、Snapdragon 662が入っている。

左から、Quest 2、Quest Pro、PICO 4のコントローラー。Quest Proのものはナックルガードがなく、かなり小さい

またこのコントローラーが凝っている。コントローラー内にマグネットが入っていて、写真のようにくっつけると、スムーズにクレードルに乗り、充電ができるようになっているのだ。

コントローラーの円形下部を揃えるとうまくマグネットでくっつき、充電ドックに置きやすくなる

なお、システム全体の充電に必要な出力は「45W」。標準添付のUSB PD対応充電器は45W出力のものだったので、それ以上の出力のものを用意したい。

付属のUSB PDアダプターは出力45Wのもの

顔に負担をかけずつけ外しが快適な構造

「被り心地」もいい。

前述のようにクッションがしっかりしていることに加え、バンドがスムーズに動き、付け外しがしやすい。この点は後発のPICO 4も良いな、と思ったが、Quest Proはさらにいい。

被り心地がいいのには訳がある。そもそも「顔を覆わない」構造だからだ。

他のHMDは没入感を高めるため、顔にスポンジでできたカバーを押し当てる構造になっている。そうやって遮光することで周囲を見えなくし、VRの世界に入り込みやすくしているのである。

上から順にQuest 2、PICO 4、Quest Proの内側。顔に接触する部分の考え方が大きく違うのがわかる

だがQuest Proは逆に、そうした遮光をしていない。付属する「部分遮光ブロッカー」をつければ横からの光を遮断することはできるが、他機種と同じように遮光するには、別売の「Meta Quest Proフル遮光ブロッカー」(6,820円)を購入する必要がある。

付属の「部分遮光ブロッカー」。マグネットで横につけることで、入ってくる光を少し減らす
部分遮光ブロッカーをつけてみたところ

こうした構造になっているのは、仕事などのために「つけ外し」を容易にするためと思われる。顔に跡もつきづらい。

レンズと顔の間の隙間が大きいので、メガネをつけたまま楽々使えるのも大きい。VR機器は蒸れやすいものも多いのだが、これは空気がうまく逃げるので蒸れることも、熱気を強く感じることもない。この辺は快適さを語る上で重要な要素だ。

Quest Proをつけている時にはこんな感じに。もちろんメガネはかけたまま使っている

また、目の下から少し実際の風景が見えるのは悪くない。ゲーム向けだとどうかと思うが、キーボードを打ったり飲み物を飲んだりするにはちょうどいい。

この要素は、後述する「ビデオシースルー」と関係している。

会議サービスなど、仕事関係のアプリを短時間(1時間半くらいまでだろう)使って外し、また必要になったらつける、という使い方を志向しているのだろう。充電ドックがセットになっているのもそのためと思われる。

シースルーの画質はPICO 4が有利。だが「実用性」ではQuest Proが勝る

色々と新機能はあるが、一番の目玉は「カラーでのシースルー」だろう。

3機種はどのように違うのか? 以下の写真を見ていただくのがわかりやすい。モノクロがQuest 2、次にPICO 4、そして最後にQuest Proだ。

Quest 2、PICO 4、Quest Proのシースルー機能を、HMDのレンズ越しに撮影。この状態ではPICO 4が最も高画質になる

「あれ、PICO 4の方が綺麗じゃないですか?」

そう、その通りなのだ。カラーシースルーの画質だけをピックアップすると、価格が4分の1であるPICO 4が、より優れているのだ。

以下の比較動画を見ても、PICO 4の方が画質は良いように見える。以下の動画は開発環境を使った上で、片方の目に対する動画だけを抜き出したもの。Quest Proは開発環境上で映像が斜めに表示されたため、傾きなどの補正をしている。おそらくはディスプレイデバイスを傾けて使うことで、モアレなどを防止しているのだろう。

PICO 4の動作を動画で。シースルーの表示がかなり自然
Quest Proのシースルー動画。これはこれで見やすいが、シースルーの「画質」ではPICO 4に劣る

じゃあQuest Proに意味がないか……というと、そういう話ではない。

実際につけてみると違いは結構わかりやすい。

PICO 4は確かに単純な画質は良好なのだが、立体感が不自然だ。単眼で撮影した映像を立体化しているようで、歪みも意外と大きい。カラーシースルーのまま自分が大きく動くと酔いそうになる。

一方、Quest Proは違う。画質は荒く、手元などは色が飛びやすく、動きが激しいとカラーとモノクロが分離してしまったりもするのだが、ちゃんと立体になっていて、妙なブレもない。つけたまま動いても酔うことはないだろう。

どうやらQuest Proは、二眼のモノクロカメラに単眼のカラーカメラの画像を重ねてカラーシースルーにしているようだ。そう思って正面をみると、確かにカメラはそう配置されている。

正面から見るとQuest Proには目の位置に2つ、その中央に1つカメラがあるのがわかる。これがパススルー用だろうか

カラーカメラを2つ搭載すれば済みそうにも思えるのに、なぜこのような面倒なことをしているのかはわからない。なんらかの合理的な理由があるのだろうが。

また、PICO 4は現状、「外界の確認」のみにカラーシースルーが使える状況に過ぎない。アプリを独自に作らないと、カラーシースルーによるARにはならないのだ。Quest 2にできていた「外界を見ながらWebを見る」こともできない。

一方でQuest Proは、Quest 2向けに作られたシースルー対応アプリがそのまま使える。だから、シースルー対応のゲーム「キュービズム」も問題なく動くし、PCと連携してマルチ画面や会議を実現する「Immersed」、Metaの会議ツールである「Horizon Workrooms」でも、シースルー部分がカラーになって動作している。流石に実用度では上だ。

シースルー対応のパズルゲーム「キュービズム」をプレイ
仮想空間内をオフィスにする「Immersed」。手元のキーボードだけシースルーになっている点に注目。もちろん背景全てを透過させることもできる
Meta純正の会議アプリ「Horizon Workrooms」もQuest Proと同時にアップデート。カラーシースルーはもちろん、Macとの組み合わせで「3画面」表示が可能になった。近日中にWindowsでも対応するという

現状、歪みが皆無でもなく、解像度も低いことから、カラーシースルーに期待しすぎるのはお勧めしないが、それでも、日常的な用途で「周囲がちゃんとカラーで見える」のはありがたいものだ。

鼻の横から実景が見えるのも、カラーシースルーと組み合わせて使うとさらに面白い。映像で見える部分と実景として見える部分が結構うまくつながって感じられるからだ。これは新鮮な体験である。

HMDの画質はパネルだけで決まらず。読みやすい文字と鮮明な表示が利点

では画質はどうか?

これははっきりしている。Quest Proが一番良く、次にPICO 4、そしてQuest 2の順だ。

実は面白いことに、採用しているディスプレイの解像度でいえばPICO 4は片目2,160×2,160ドットで、他の2機種より優れている。それどころか、Quest ProはQuest 2と同じく、片目1,832×1920ドットである。

なのになぜQuest Proの画質が高いのか?

それは、VR用HMDがディスプレイを直接見ているのではなく、レンズなどの光学系を通して見ているものだからだ。

Quest 2はフレネルレンズを使っていて、結果的に解像感は出にくい。暗い画面の時に中央に強い光が表示されると、レンズの段差で光が意図せず広がる「ゴッドレイ」と呼ばれる現象が出て、これが画質を下げる。

PICO 4はボディを薄型にするため「パンケーキレンズ」を採用している。コストはフレネルレンズより高くなる。中心部での画質は良好だが、周辺部は歪みやすく、全体的に少し眠い。色も浅めだ。Quest 2に比べると良い画質かとは思うが、劇的と言えるほどの差ではない。

だがQuest Proは「劇的に違う」。特に解像感が高く、非常にすっきりとした見た目に感じる。文字もかなり見えやすくなり、ウインドウのエッジにもぼやけを感じにくい。相当レンズの質が違うのだろう。

もちろん、ドットの間の隙間などは感じられず、密度感もある。こうした特性はまさに、文字などをちゃんと見るには必要な要素かと思う。

Quest 2と同じアプリが使えるので、NetflixやAmazon Prime Videoをはじめとした多くの映像配信が見られる。特に、Amazon Prime VideoはVR用のアプリがかなり作り込まれていて快適だ。ブラウザーからの視聴も問題ない。この点、PICO 4はまだソフト面で遅れをとっている印象が強い。

ゴッドレイが出ないこと、密度感・精細感ともに良好であることから、3機種で最も映像視聴に向いているのはQuest Proである、と言って間違いない。

前述のようにあまり遮光には気を使っていない構造なので、周囲が明るい状態だと光が気になるかもしれない。ゲーム同様、映像を見るために使う場合には、そこが懸念点だ。

なお残念ながら、映像をHDRで楽しむことはできていない。デバイス的にはHDRも可能なローカルディミング対応のディスプレイを使っているのだが、現状、Quest 2向けに作られたアプリでは対応していないようだ。

価格に見合う価値は「今でなく未来に」。表情認識などの活用に期待

こうした要素を見ても、Quest Proは非常に良くできたデバイスであるのがわかる。

ただ、課題は「22万円以上」という価格だ。現状の良さの多くは高額なデバイスゆえに実現されている部分が多いのだが、かといって、「Quest 2ではまったく体験できない要素」ばかりか、というとそうではない。シースルーにしてもカラーかグレーかの違いに過ぎない、と言ってしまうこともできる。

そういう意味では、「人の体を認識する精度」の違いこそ、Quest Pro最大の価値といえるのかもしれない。

手を認識してのジェスチャー操作はQuest 2でもできたが、精度が圧倒的に上がった。これなら、ゲームをするのでないちょっとした操作なら、コントローラーを持つ必要はあまりない。そして、コントローラー自体、精度と反応が本当に良い。「手が背中で隠れても反応する」という点がウリだが、それがなくても、小さくなって使いやすくなっているのはプラスだ。

そして、「表情認識」があるのも大きい。以下は「Horizon Workrooms」を使い、自分の表情を変えてみたところを拡大した動画だ。VR内でキャプチャしたものなので、ぶれなどがある点、ご容赦いただきたい。

表情認識機能を使ってアバターに表情を反映可能に
表情認識を動画で。VR内で撮影したものなのでブレがある点ご容赦を

けっこうしっかりと顔の表情を読み取っている。この表情変化に、「ボタン操作」は一切ない。普通に表情を変えて、それに反応しているのだ。

他人とアバターを介してコミュニケーションする場合、表情や視線は重要になる。人間が自然にやってきたことをネットワーク越しでも再現するには手間がかかる。

「実際に会えばいいからそんなのは無駄だ」というふうに、筆者は思わない。アバター同士で会うこと、アバターとして他人にパフォーマンスを見せることもまた、新しい世界だと思うからだ。

そのための道具としては、現状大袈裟なものかもしれないが、今後これが小さく安くなっていけば、色々なところに入っていける。そもそも、22万円でちゃんと表情が再現できて快適なHMD、という段階で、これまでに比べ圧倒的に安いのだ。もしかすると、Vtuber向けなどに専用アプリケーションとアバターを用意し、「業務用途」で使うなどの用途で普及するのかもしれない。

そうした「新しい可能性」は、新しいハードで生まれる。

高いのは間違いないし、仕事に使える人もまだ多くはないと思う。しかし、こうしたトライアルをMetaがするのは、彼らが「メタバース事業をここで諦めるつもりがない」印であり、その成果はこの先で生きてくるだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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