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サウンドバーの中はどうなってる? 超コスパで“人の声”にこだわるPolk Audioの秘密
2023年9月8日 17:00
“学生でも買えるハイコストパフォーマンス”で人気となり、オーディオスピーカー市場でシェアを伸ばしているのが米Polk Audio。同社はサウンドバーも展開しているが、その内部構造を見ることができた。開発者のこだわりも含め、サウンドバーでも“超コスパ”を実現する秘密を見ていこう。
Polk Audioについては何度か紹介しているので、ザックリ振り返るが、遡ること50年以上前の1971年。お金は無いが、情熱はあったジョージ・クロップファーとマット・ポークという2人の青年が、“学生の自分たちでも買える良いスピーカーを作ろう”と家のガレージでスピーカー開発を開始。1975年にモニター7(正式名称はMODEL 7)と呼ばれる製品を完成させ、これが大ヒット。その後も人気モデルを世に送り出し、オーディオメーカーとして躍進。2012年にはついに、米国トップシェアのスピーカーブランドへと成長した。
過去に何度か日本市場にも入ってきた事はあるが、2017年に、デノンやマランツブランドでお馴染みのディーアンドエムホールディングスと統合した事もあり、2020年に日本市場へ本格的に再参入。そのコスパの良さが徐々に話題となり、ブックシェルフスピーカーやフロア型スピーカーで人気を集め、現在に至っている。
そんなPolk Audioがユニークなのは、オーディオメーカーによくある「人気ブランドになったら急に、数百万円する手が届かないハイエンドスピーカーを作る」みたいな事をせず、あくまで「アフォーダブル(手ごろな価格)なスピーカー市場」に注力している事だ。
例えば、今回取材したサウンドバーも、他社からは10万円を超える高級機種が続々登場しているが、Polk Audioのラインナップは、ワンバータイプのエントリー「REACT」(実売約25,000円)、ワイヤレスサブウーファーセットの「Signa S3」(実売約29,000円)、ワイヤレスサブウーファー付きでDolby Atmos対応、イネーブルドスピーカーも搭載した「Signa S4」(実売約40,000円)と、上位機であってもリーズナブルに抑えられている。
消費者としては嬉しい話だが、逆に「なんでこの価格で作れるの?」、「この価格で音は大丈夫?」という疑問も浮かぶ。
良い製品を作るためならば、他社にも協力してもらう
結論から先に言うと、Polk Audioのサウンドバーには大きく3つの特徴がある。1つは「合理的である事」、そして「柔軟である事」、最後は「人の声にこだわる事」だ。
Polk Audioサウンドバーは、米ボルチモアにあるARAD(アコースティック・リサーチ・アンド・ディベロップメント)という研究所で開発されている……のだが、実はARAD研究所だけで完結していない。開発には、グループ企業のディーアンドエムホールディングスの日本のエンジニアリングチームも深く関わっている。これが特徴の2つ、「合理的で、柔軟」という部分を示している。
前述のようにPolk Audioは、世界レベルのスピーカーメーカーだ。ユニットやエンクロージャーなど、スピーカーに関するモノであれば自分達で作れる。それはサウンドバーであっても同じだ。ただ、御存知の通りサウンドバーには内蔵アンプも必要となる。
普通のスピーカーメーカーであれば、何処かのメーカーからアンプ部分だけ買ってきたり、自分達で作ったりする。「自分達が持っている技術だけを活用して作りたい」というこだわりが強いためだ。
しかし、Polk Audioは良い意味で合理的で柔軟だ。いわゆる“餅は餅屋”で、「自分達で作るより、長年アンプを開発しているメーカーと協力した方が最終的には高音質なサウンドバーになる」と判断し、デノンやマランツでお馴染みのディーアンドエムホールディングスに協力を依頼。その結果、アンプ部分はディーアンドエムが手掛けている。
「私も同じオーディオメーカーのエンジニアですが、Polk Audioのような決断ができるメーカーは少ないと思います」と語るのが、Polk Audioサウンドバーのアンプ部分などを手掛ける、ディーアンドエムホールディングスのグローバル プロダクト ディベロップメント プロダクトエンジニアリングの平木慎一郎氏だ。
平木氏によれば、ARADには複数のサラウンドラボがあり、サウンドバー開発には「IECルーム」と呼ばれるリファレンスルームを使用。部屋の広さは5.03×6.25×3.05m(幅×奥行き×高さ)と、試聴室として国際標準を満たしており、オーディオ用の防音室ではなく、ある程度ライブな音で、残響も存在する。実際にサウンドバーが使われる事が多いであろう、“一般的なリビング”を想定した部屋で開発しているそうだ。
REACTが低価格でも音が良い理由
そこで生まれた「REACT」は、低価格なワンバータイプだが、内部構成が非常にユニークだ。筐体の両端に、前面に向けて1インチの新開発フルレンジユニットを搭載している。このユニットは、アルミの振動板を使った軽量かつ能率の高いもので400Hz~20kHzという広い帯域とフラットな特性を持つ凝ったユニットだ。
当然、新規で開発するとコストもかかるため、通常は低価格なサウンドバーには使えないが、上位機Signa S4のセンタースピーカーにも同じユニットを使うなど、パーツを複数のモデルで活用する事で、高い音質を実現しつつ、コストを抑えているという。実にPolk Audioらしい工夫だ。
また、1インチフルレンジの400Hz~20kHzという再生帯域は、人の声の帯域をカバーしている。映画のサウンドではセリフが大事だが、多数のユニットを搭載したサウンドバーでは、クロスオーバーによる帯域分割が、人の声の帯域で発生してしまい、声が不自然に聞こえてしまう。“人の声にこだわった”結果の“フルレンジ採用”でもあるわけだ。
1インチフルレンジの外側には、ウーファーユニットを“上向き”に搭載している。つまりREACTは、フルレンジ+ウーファーという2ウェイ構成なのだ。そして、筐体内にはパッシブラジエーター×2基も上向きに搭載している。パワフルな低音を放出する時に、その音が筐体内のパーツなどにぶつかって出力されるのではなく、低音をダイレクトに出力するための工夫だ。
Polk Audioは「MODEL 7」や「MXT60/70」など、ピュアオーディオ向けのスピーカーでも長年パッシブラジエーターを手掛けており、そこで培ったノウハウをREACTでも活かす事で、別体サブウーファーが無くても、それに匹敵するワイドレンジな再生帯域を実現したそうだ。
一方で、パッシブラジエーターにもデメリットがある。ウーファーユニットだけでなく、パッシブラジエーターの鉄の板が振幅するため、筐体が盛大に振動するのだ。特にユニットとパッシブラジエーターを上向きに取り付けると、サウンドバー自体が上下にジャンピングしたり、筐体がビビってしまう危険性がある。
そこで、筐体に蜂の巣のような模様のリブを入れ、強度を高めるハニカム構造としているほか、吸音材の種類を厳選すると共に、効果的に配置。さらに、ミッドレンジやセンターのフルレンジに干渉しないよう、筐体内で別のチャンバー構造、つまり“別の部屋”に配置するような設計になっている。
また、筐体が振動しても、それをラックなどに伝えないようにするため、筐体を支える脚部の形状、素材、硬度も厳選。この選択にもディーアンドエムが関わっており、「ゴム足は何十種類も用意し、ディーアンドエムが開発時に試聴で使っている様々なソースをフルパワーで再生し、どの楽曲でも筐体がビビらないものを選びました。REACTを設置する時は、他のインシュレーターは使わず、純正のものを使ってください」と平木氏は笑う。
REACTはさらに、Amazonアレクサのボイスコントロールに対応するほか、スマートフォンで再生しているAmazon MusicやSpotifyの音楽を、REACTからストリーミング再生することもできる(REACT自体にネットワークプレーヤー機能は無い)。エントリーだが、使い出のあるサウンドバーに仕上がっている。
まず“スピーカーとしていい音のサウンドバーを作る”Signa S4
ワイヤレスサブウーファーが付属し、Dolby Atmos対応のイネーブルドスピーカーも備えた「Signa S4」も、中身を見ると面白い。
3.1.2ch構成のサウンドバーだが、中央に先程のREACTにも採用していた、1インチのフルレンジを1基搭載。両サイドには、120×40mmの楕円形ミッドレンジ、25mmツイーターを搭載。さらに、上向きに傾斜をつけた66mm径のイネーブルドスピーカーも内蔵。このイネーブルドスピーカーから放出した音が、天井に反射し、リスナーの上から降り注ぐAtmosサラウンドを再現するわけだ。
特徴としては前述のREACTと同じ、人の声をカバーできる1インチのフルレンジを1基中央に搭載している。「一般的なサウンドバー開発では、センター用としてツイーターとウーファーユニットを搭載するところですが、ピュア用スピーカーと異なり、高さ制限のあるサウンドバーは上下にユニットを重ねられず、横に並べる事になります。しかし、ツイーターとウーファーを並べると、どうしても音が左右どちらかに寄ってしまう。そこで大胆に“それならばセンターにフルレンジを1基搭載すればいい”と決断できるのがPolk Audioのすごい所ですね」(平木氏)。
天井に反射させるイネーブルドスピーカーからも、スピーカーメーカーらしいこだわりがわかるという平木氏。「イネーブルドスピーカーは、天井に反射させて音が落ちてくる、そのため距離が長いので、フロントスピーカーよりも音圧を上げる日筒用があります。通常はイネーブルドスピーカー用のアンプだけ3dB音量をアップする……などの手法を採用するのですが、Polk Audioはそれをせず、ユニットのエッジ部分をコットンから、ウレタンに変更して、駆動系をギリギリまで軽量にして、磁気回路も強化したユニットを新しく作るのです。すると、ユニット自体で音圧が上がるので、アンプ側で3dB上げる必要もなくなる。当然、音質にとっても後者の方が有利となります」と話す。
REACT、Signa S3、Signa S4の内部写真を見るとわかるが、どのモデルも良い意味で“シンプル”だ。「これなんだろう?」と首をかしげるような複雑な形状とか、パーツみたいなものは一切なく、基本に忠実にスピーカーを作っているという印象を受ける。
それでいて、「人の声を分割せずに自然に再生できたほうがいいから、ワイドレンジなフルレンジユニットを開発しよう」とか、「良いユニットが出来たから、上位・下位関係なく他のモデルにも搭載しちゃおう」とか、「アンプでなんとかするのではなく、高能率な新イネーブルドスピーカーを作ったほうが音質落とさず解決できる」など、無駄をカットしながら、音に重要な部分にはコストを大胆に投入する、この合理性こそが最大の特徴と言える。
Signa S4の別体ワイヤレスサブウーファーは、ユニットとバスレフポートが底面に取り付けられており、低域を下に向かって放出するダウンファイアリング方式だ。低音が床を伝って均一に広がるため、設置場所の自由度が高いという利点があるほか、不要な中低域が、リスナーの耳に届きにくくなるという利点もあるという。
緊張感のある音であってはならない
そして、このSigna S4には、平木氏らディーアンドエムの日本のエンジニアチームが手掛けたアンプが搭載されている。サウンドバーとサブウーファーの合計で、なんと150Wの供給能力を持つ電源部を採用。「アメリカの大きな邸宅でも、迫力ある音が出せるくらい強力なアンプを搭載しています」(平木氏)。
サウンドバー用アンプで気になるのは、海の波のようなカタチの銀色のパーツ。
「これは冷却用のヒートシンクで、新開発したものです。大型のヒートシンクを搭載して、発熱を確実に逃がす必要があるのですが、大型になると“鳴き”が発生しやすい。そこで、これまでのアンプ開発のノウハウを活かし、このような鳴きが出にくい特殊な形状にしています」(平木氏)。
アンプ基板の経路やパーツの配置にもこだわりがあり、音質を低下させないために、スピーカーまでの信号経路が最短になるようショートシグナルパスを徹底しているという。細かな点だが、こうしたこだわりこそが、Polk Audioが、アンプ作りに強いメーカーに協力を依頼した成果でもある……というわけだ。
Polk Audioは、目指す音質として「緊張感のある音であってはならない」という考えがあるという。「スピーカーがバランスよくクリーン(歪みやノイズを加えないという意味)であれば、その音は暖かく快適に聴こえるはず……」というわけだ。その基本的なポリシーが、前述のように「人の声の自然さ」や「まずスピーカーとして高音質なものを作る事」という開発の姿勢にも現れている。
実際にPolk Audioの開発陣と共に仕事をした平木氏は、「ピュアなサウンドへのこだわりがあり、そこに向けてとても真面目に取り組んでいる人達でした。それでいて、“良い音をたくさんの人の届けたい”“たくさんの人に良い音を聴いてほしい”という想いも強いと感じました。皆いい人ばかりで、開発中にやりとりをするのも楽しかったですね」と語る。
同時に、その合理的な考え方や、音を良くする部分に集中的にコストを投入する姿勢に「大いに刺激を受けた」とのこと。それを、デノンやマランツの製品開発に活かすという流れも、生まれているそうだ。