プレイバック2020

“リモート”に“ゲーム”に“コロナ太り”、TWSに助けられた1年 by 編集部:山崎

コロナ禍で外出の機会が激減した時、まっさきに頭に浮かんだのが「ポータブルオーディオが売れなくなるかも……」という事だ。ただ、数カ月リモートワークをしてみて、「いや、そんなこともないな」と考えを改めた。メーカーからも「覚悟はしていたけど、それほど悪くない」という声を聞く。

意外なほど活用したのが完全ワイヤレスイヤフォンだ。ご存知の通り、製品数が激増した結果、性能競争も激化。音質やノイズキャンセリング性能もガンガン上がっており、家でリモートワークしている時でも、隣の家の騒音や、道路からの音を低減したい時に活躍してくれる。「ヴー」とか「ゴーッ」というパソコンやエアコンの駆動音をカットするだけでも、集中力が驚くほどアップする事にも気付いた。逆に静か過ぎるから、radikoでラジオ番組をBGM的に流す……なんて時にも便利なのだ。

「べつに有線イヤフォン/ヘッドフォンでも同じことできるじゃん」と言われればその通りだが、ケーブルから解き放たれた完全ワイヤレスの“快適さ”は圧倒的だ。ちょっとトイレへ、飲み物を取りに冷蔵庫へと移動する時、疲れてベッドに寝転がる時もイヤフォンは着けたまま。音楽を聴いたまま“普通の行動が普通にできる便利さ”は、一度体験すると、もはや有線イヤフォンに戻れなくなる。

ヘッドフォンよりも軽量なので、長時間つけていても肩がこるとか、メガネのつるが圧迫されてこめかみが痛くなる事もない。マイクも内蔵しているので、ビデオ会議にもそのまま参加可能と、リモートワークでは欠かせない相棒になりつつある。こうなってくると、“音楽を聴く機械”というよりも“心地よく、仕事もしやすい音環境を作り出してくれるツール”に見えてくる。

Pixel Buds

Googleのリアルタイム翻訳機能付き「Pixel Buds」、Microsoftの「Surface Earbuds」など、IT業界が相次いで完全ワイヤレスイヤフォンを投入したのも、そうした“耳や声をデジタル領域でもっと活用するためのツール”として、完全ワイヤレスをとらえている証拠。先日レビューも掲載したNUHEARAブランドの「IQbuds2 MAX」などは、まわりの人の声をカットするだけでなく、逆に“声だけ”取り込んだりと、細かく“自分のまわりの音空間”をカスタマイズできる。ツールとしてのイヤフォンの、現時点で究極系と言っていいかもしれない。

Surface Earbuds
IQbuds2 MAX

もう1人の巨人であるアップルは、普及しているiPhoneなどのiOSデバイスを武器に、今年はAirPodsとOSの連携をさらに進め、機器間での自動切り替えや、センシング技術を活用した「空間オーディオ」を付加価値として追加した。iPhone/iPadで映像を楽しむ際に、より臨場感のある音の体験ができるデバイスとしてAirPodsの付加価値を高めたカタチだ。完全ワイヤレスは音楽を楽しむツールから、“映像をより楽しむためのツール”という役割も担いつつある。

AirPods Pro

もう1つ、“ゲームでの遅延の少なさ”も今後のTWSで注目したい要素だ。例えば、Qualcommの最新チップを搭載し、aptX adaptiveに対応したモデルが登場しはじめている。BluetoothのコーデックではaptXやaptX HDなどがお馴染みだが、あれらは固定レートで音声信号を伝送(CBR方式)。aptX Adaptiveはその名の通り、レートを変動させて伝送(VBR方式)するのが特徴。つまり、スマホなどの送信側と、イヤフォンなどの受信側が相互に通信状況を確認し、環境に応じて送信側が伝送レートを決定する。

具体的には、最大48kHz/24bit、レートは279kbps~420kbpsの幅で自動的に変動させながら伝送する。要するに“高音質”をできるだけ維持しながら、“途切れにくさ”も維持する新コーデックというわけだ。

実は、このaptX adaptiveには“低遅延”という特徴もある。アルゴリズム上のレイテンシーはなんと2ms、機器に組み込まれた場合でもレイテンシーを50~80msに抑えられるとされている。低遅延と言えばaptX Low Latencyがお馴染みだが、aptX Adaptiveは接続安定性を高めつつ、aptX Low Latencyを引き継ぐコーデックでもある。

ゲーム機ではなく、スマホやタブレットでゲームを楽しむ人が増えているのはご承知の通りだが、リズムゲームや最近ではFPSの“バトロワ系”とよばれるゲームも人気だ。こうしたゲームでは、足音で敵を察知するなど遅延が大敵。映像配信をスマホで楽しむ際にも、遅延が少なければ映像と音のズレも少なく、リップシンクも自然に楽しめるわけだ。

aptX adaptive対応のスマホは「Xperia 1 II」など、まだ数は多くないが、例えば最近登場したNUARL「N6 sports」(11,000円)は、aptX adaptiveに対応するだけでなく、イヤフォン内での信号処理などの遅延をできる限り抑える「ゲーミングモード」も搭載。adaptive非対応スマホと接続しても遅延を抑える工夫をしている。

NUARL「N6 sports」

オウルテックが、声優でオーディオマニアでもある小岩井ことりさんとコラボして作り上げた「KPro01」もユニークな製品だ。簡単に言えば、“完全ワイヤレスだが、有線ケーブル接続もできるようになっていて、ゲームをプレイする時は有線で遅延なく遊べるイヤフォン”だ。ある意味、究極の遅延対策ともいえ、クラウドファンディングで目標金額300万円のところ、1億円を超える支援が集まった事からも、注目度の高さが伺える。

「KPro01」

これまでのTWSは「音質」、「途切れにくさ」、「ノイズキャンセリング能力」、「バッテリー持続時間」といった項目で評価されていたが、2021年は「ユーザーの耳に最適化して再生する機能」や「よりインテリジョントに快適な音空間を作る機能」、そして「映像やゲームを遅延なく楽しめるエンタメ性能」なども求められていくだろう。

とはいえ、音質も重要

しかし、イヤフォンである以上、音が良くなければどんなに便利でも買う気は起きない。その点、前述したIQbuds2 MAX、N6 sports、KPro01などは、機能も優れてて、なおかつ音も良い優等生だ。

Technicsの「EAH-AZ70W」

ほかにも、今年試聴し、音質面で個人的に印象に残った製品はいろいろある。今年前半に登場した中では、Technicsの「EAH-AZ70W」が良かった。パナソニックブランドからもTWSが登場しており、こちらも音は良いのだが、Technicsを掲げただけあり「EAH-AZ70W」は音のクリアさ、解像感の高さ、バランスの良さなどで“格の違い”を見せつけた。一昔前は“便利だけど音は二の次”と言われたTWSで、“ピュアオーディオっぽい音が出せる”と証明したイヤフォンでもある。

お馴染みゼンハイザーの「MOMENTUM True Wireless」の後継機、「MOMENTUM True Wireless 2」(オープンプライス/約36,300円前後)が登場したのも今年の前半。自社で開発した7mm径のダイナミック型ドライバーを搭載し、従来モデルと比べ、特に低域の描写がより深くなり、分解能も向上。高域の抜けや、中高域のクリアで微細な表現力も進化した。

MOMENTUM True Wireless 2

実売約36,300円のMOMENTUM True Wireless 2と比べ、ノイズキャンセル機能は搭載していないが、上位機に肉薄する音質を実現。それでいて実売約23,500円を実現しているのが「CX 400BT True Wireless」。最上位モデルとまったく同じドライバーを搭載しているだけあり、情報量の多い再生ができる。スッキリとしたモニターライクな音が個人的に好みで、MOMENTUM True Wireless 2でNC機能をOFFにした時の音と似ている。

CX 400BT True Wireless

「人気モデルの進化」と言えば、Noble Audioの「FALCON2」(オープン/実売約13,900円)と「FALCON PRO」も外せない。初代FALCONは、“Wizard”ことジョン・モールトン氏によるチューニングによる音質が話題となったが、FALCON2は初代とドライバーは変わっていない。

しかし、Qualcommの新チップ「QCC3040」を搭載し、音質を底上げ。aptX Adaptiveにも対応し、さらにアコースティック・ダンパーの調整などのアコースティック的なチューニングと、DSPによるチューニングを組み合わせ、驚くほどの音質の進化を遂げている。

FALCON2

そして「これはスゴイ」とFALCON2を聴いていた矢先、突然登場した上位機「FALCON PRO」(オープン/実売約26,900円)にも驚かされた。ダイナミック型に、高域用として米Knowles製の最新世代BA(バランスドアーマチュア)ドライバー「SRDD」を搭載。Noble Audioは有線イヤフォンにおいて、Knowles製のBAを以前からこだわって採用してきた。その“伝家の宝刀”とも言えるKnowles製BAを満を持して搭載したのが「FALCON PRO」というわけだ。

その音質は期待以上。ダイナミックの肉厚な低域と、BAならではのソリッドな高域の繋がりも良く、高価な有線ハイブリッドイヤフォンと同じような“旨味”が感じられる。この音をTWSで楽しめる時代が来たのだと感慨深いものがある。

FALCON PRO

同様に、音の分解能、解像度の高さ、キレの良さという面ではNUARL「N10 Pro」も良い音だ。ちょっと筐体は大柄で、ダイナミック型ドライバーのみのイヤフォンだが、PEEK振動膜の表面にTPEとチタンを皮膜蒸着した振動板を、ダブルマグネット磁気回路でドライブするサウンドは一聴の価値がある。

NUARL「N10 Pro」

コストパフォーマンス的には、finalがagブランドで展開している「TWS04K」(税込15,800円)も良い。低音が凄まじいとか、高音がスゴイとか、尖ったサウンドではないのだが、モニターライクで素直な音で、「マニアのサブ機としてふさわしい音質を目指した」というシリーズのコンセプトが頷ける1台。それでいてIPX7準拠の高い防水性能も装備しているのは見事だ。

ag「TWS04K」

そういえば、“コロナ太り”なんて言葉も流行ったが、リモートワーク続きで筆者も例にもれず、お腹まわりが大変な事になってしまった。人の少ない場所へ出かけて、軽くジョギングでもと思ったら、足もなまっていてウォーキングになってしまったりなのだが、そんな運動のお供にもTWSが活躍。

PEACE TW-1

特に便利だと感じたのは、BoCoのTWSで骨伝導のイヤフォン「PEACE TW-1」(19,800円)。耳を挟むように取り付ける、ユニークなモデルだが、これまで試した骨伝導イヤフォンの中でも非常に音が良い。骨伝導なのでドライバーと骨の当たり具合で聴こえ方は変わっていくのだが、耳への固定がしっかりしていて、歩きながら使ってもジャストミートポイントからイヤフォンがズレにくい。その結果、骨伝導でも中低域がそれなりに聴こえ、満足度の高いサウンドが楽しめる。耳穴を塞がないので、もちろん背後から近づいてきたクルマにも気付きやすく、安心してウォーキングできる。TWSではヒアスルー機能の進化も著しいが、PEACE TW-1はある意味究極のヒアスルーを実現できている。

このように、完全ワイヤレスと言っても、様々な機能、形態、使い方ができる機種が増えたのが2020年だった。これはTWS市場の成熟を示すと同時に、音質だけでない、新たな付加価値が生まれるタイミングが来た事を意味している。2021年、私達の“耳まわり”がどのように進化していくか注目したい。

山崎健太郎