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驚異の真空管内蔵AK「A&ultima SP2000T」をfripSide八木沼氏が体験。「DAPの進化に一石投じる」

A&ultima SP2000T

高機能化が進むDAP(デジタルオーディオプレーヤー)は、“ハイレゾファイルを高音質で楽しむ製品”から、最近では“ハイレゾ配信も楽しめるプレーヤー”へと活躍の場を広げている。一方で、音質に関してはいずれの製品もかなりのレベルに到達しているのはご存知の通り。そんな中、DAPの定番ブランド・Astell&Kernから“新しい高音質のカタチ”を体現するような注目製品が登場した。「A&ultima SP2000T」(329,980円)だ。

最大の特徴はアンプ部。従来のDAPのようにオペアンプを搭載しているのだが、それだけでなく、なんと真空管アンプも搭載。1台でオペアンプと真空管、2つのサウンドが楽しめる。さらに、2つの音をユーザーが好きなように“ミックスできる”。つまり、理想とする音を自分で追求できるプレーヤーなのだ。

果たしてどんなサウンドになっているのか、そしてどんな風に使うとより楽しめるのか。編集部での試用に加え、ゲストとして、音楽制作とプライベートの両方でAstell&Kernのプレーヤーを活用しているfripSideの八木沼悟志氏にも音質のインプレッションをしていただいた。

composer&producerの八木沼悟志氏。東京都中野区出身・千葉県浦安市育ち・O型。2002年、fripSideを結成。以後多数のアニメ・ゲーム楽曲を担当。代表作に、TVアニメ”とある科学の超電磁砲”OP「only my railgun」など

オペアンプと真空管の音をミックスできる

前述の“真空管アンプも搭載している”というのは、「トリプルアンプシステム」と名付けられている。「OP-AMP(オペアンプ)」、「TUBE-AMP(真空管アンプ)」、さらに、その2つのサウンドをミックスする「HYBRID-AMP(ハイブリッドアンプ)」。この3モードを切替できるので“トリプルアンプ”というわけだ。

詳しい音に関しては後述するが、ざっくり言うと、各モードで以下のような傾向になる。

  • OP-AMPモード:透明感のあるダイナミックなサウンド
  • TUBE-AMPモード:独特の温かみのある音楽的なサウンド
  • HYBRID-AMPモード:レトロな雰囲気とハイレゾリューション出力の新鮮な組み合わせのサウンド

先ほど“真空管アンプを搭載”とサラッと書いたが、これはなかなかスゴイ事だ。真空管はパーツが大きく、発熱や消費電力も大きく、振動などにも弱いパーツであるため、ポータブルプレーヤーに内蔵するのは難易度が高いのだ。

KORGのデュアルトライオード真空管「Nutube」

SP2000Tでは、新世代の真空管である、KORGのデュアルトライオード真空管「Nutube」を採用した。トライオード真空管と同じ動作をするアノード・グリッド・フィラメント構造を採用しているので、真空管ならではの倍音豊かなサウンドが楽しめる。その一方で、ノリタケ伊勢電子の蛍光表示管の技術を応用し、真空管とは思えないほどの小型化、そして従来型真空管の2%以下という驚異的な省電力化も果たしている。そのため発熱も少なく、寿命は3万時間とこちらも驚異的だ。

真空管やNutubeを内蔵したプレーヤーは既に市場には存在している。ただ、SP2000Tはこの“Nutubeを内蔵しただけ”ではない。真空管は振動が加わるとキーンというマイクロフォニックが出たり、それが鳴り続けてしまう事があるが、そういった事が起こらないように真空管の両面を柔軟なシリコンカバーで固定し、モジュール化してプリント基板と物理的に分離。さらに磁力も使い、アンプを“浮かせた”構造になっている。このあたりの技術力は、流石Astell&Kernという感じだ。

背面のラインが、ハイブリッド時は水色に光る

さらに、背面にも注目。淡い光のラインが1本見えるのだが、この光のラインはオペアンプ使用時は赤く、真空管使用時はオレンジ色に、ハイブリッド時は水色に光る。要するに、まるでピュアオーディオの真空管アンプを眺めるかのように、プレーヤーの背面を見ながら「ああ……いま、真空管サウンドを聴いているんだなぁ」とウットリできるわけだ。これはなかなかグッとくる演出だ。

ちなみに、設定でアンプのモードではなく、再生中の曲のビット深度などで色を変えるモードも選べる。

真空管モード
オペアンプモード

先ほどからアンプの話ばかりしてきたが、DAC部分もスゴイ。ESS Technologyの最新DACチップ「ES9068AS」を、なんと4基も搭載している。Astell&Kernでは初となるクアッドDAC構成だ。これにより、1チャンネルあたり2基のDACでデコードする非常にリッチな仕様。SNが改善され、奥行きと空間のリアリティに優れたサウンドを再生できる。なお、PCMは最大384kHz/32bit、DSDは最大22.4MHzのネイティブ再生ができる。MQAにも対応する。

他にも、5型のフルHDディスプレイを採用し、内蔵メモリは256GBでmicroSDカードスロットも装備。音楽ストリーミングサービスアプリもインストール可能。Bluetooth送信はSBC/AAC/aptX HD/LDACコーデックまで対応、Bluetooth受信も可能で、スマホの音楽をSP2000Tから再生する事もできるなど、スペックとしては文句なしだ。

イヤフォン出力は2.5mm/3.5mm/4.4mmに対応しているので、様々なイヤフォン/ヘッドフォンが接続可能だ

音楽のプロが、SP2000Tの音をチェック

では、そんなSP2000Tを、音楽のプロはどう評価するのだろうか。

fripSideの八木沼悟志氏にも聴いていただき、音質のインプレッションをしていただいた。

八木沼氏は、2002年にfripSideを結成。多くのゲーム向け楽曲を手掛けた後、2009年には声優の南條愛乃さんをボーカルに迎え、アニメ「とある科学の超電磁砲(レールガン)」1期オープニングテーマ「only my railgun」発表。以降もアニメやゲーム、それに留まらない多方面で活躍を続けている。

fripSideの八木沼悟志氏

幼稚園の頃から、FMラジオをメタルテープでエアチェックするほど音楽好きだったという八木沼氏。今でもカセットテープのサウンドを愛し、程度の良い中古のデッキを見つけると衝動買いしてしまうほどだという。また、父親がオーディオマニアだった事もあり、子供の頃からハイクオリティなサウンドに触れ、オーディオ機器やガジェットにも造詣が深い。ラックスマンのアンプを分解して父親から怒られた事もあるそうで、筋金入りだ。

ピアノ講師の母親の影響もあり、幼少からピアノを始め、シーケンサーを入手したのは中学校1年生。高校生の頃にはバイトで貯めたお金でDTM用の機材を買い集め、多数のハードをMIDI接続、自分で作曲した楽曲の再生をスタートすると同時に、MTR(マルチトラックレコーダー)で録音も開始、「実家のブレーカーを落として怒られていました(笑)」(八木沼氏)なんてエピソードも。

そんな八木沼氏なので、当然ポータブルオーディオプレーヤーも愛用。普段からAKのプレーヤーをレコーディングなどの仕事や、プライベートにも活用しており、それが縁で、2019年には、八木沼氏が監修したコラボハイレゾプレーヤー「A&futura SE100 fripSide Edition」も誕生した。

八木沼氏が監修したコラボハイレゾプレーヤー「A&futura SE100 fripSide Edition」

この「A&futura SE100 fripSide Edition」は、fripSideをイメージしたデザインになっているだけでなく、fripSideの楽曲「crying moon」を、全てハイレゾで改めて制作し直したものをプリインストール。さらに、PCゲームに提供してきた楽曲を一枚にまとめたアルバムも、全曲ハイレゾリマスターでプリインストールするなど、非常に豪華な一品。199,980円(直販価格)と高価にも関わらず、限定500台が1カ月で完売した。

コラボモデルについて八木沼氏は、「本当に光栄で、今でもコラボプレーヤーを愛用しています。自分にとっての宝物ですね。プリインストール曲も“このプレーヤーで、この音を聴いてほしい!”という思いで、1からハイレゾで、徹底的に綺麗な音で作ろうと、チームのメンバーと話し合ったのを覚えています」と振り返る。

コラボモデルのSE100で、プリインストール曲を聴いた八木沼氏は、そのサウンドクオリティに感動した一方で、「ちょっと綺麗すぎると感じる部分もありました」と語る。「逆に、少し汚してもよかったのかなと思う部分もありました。綺麗過ぎると、僕らの音楽では“失われる部分”があるんだな、という事にも気付けました。そういった意味で、良いアプローチではありましたね」。

綺麗なサウンドというのは、クリアさやダイナミックさを追求する、いわゆる“優等生なサウンド”と言い換えられる。一方で、スペックよりも“独特な温かみのあるサウンド”の良さもある。これはまさに、SP2000Tのオペアンプと真空管アンプの関係、そのものと言えるだろう。

そこでSP2000Tを聴いた印象を聞いてみると、「僕、このプレーヤー大好きです。今までのAstell&Kernの中で、一番このモデルがヒットです」と大きくうなずく八木沼氏。

「トリプルアンプシステムは、オペアンプと真空管、その中間のハイブリッドが選べますが、ハイブリッドモードの絶妙なさじ加減が最高ですね。オペアンプと真空管のミックスする具合は5段階から選べるのですが、僕はちょうど“ど真ん中”、オペアンプと真空管アンプの“いいとこどり”の設定が一番好きですね」。

「真空管だけのモードも良いのですが、曲によっては凄くハマる一方で、曲によっては他のモードに変えたくなる時があります。ですが、ハイブリッドモードの“ど真ん中”設定であれば、どんな曲でも大丈夫なので、個人的にはずっとこの設定で良いと思います」。

トリプルアンプシステムの設定画面。一番右下を選ぶと真空管モード
左下はオペアンプモード
これが八木沼氏オススメのハイブリッドの中間モード
中間からさらに真空管寄りの音にという具合に、カスタマイズが可能だ

実際にハイブリッドモードで様々な音楽を楽しんだ八木沼氏。特にオススメだったのは、「生演奏の深みのある曲が良いですね。ジャズやクラシックのオーケストラのような温かみのある曲にはもちろんマッチします。特に、カントリー聴くとすごく良いんですよ。これは体験して欲しいですね」。

そしてやはり、fripSideの楽曲をSP2000Tで楽しみたいという読者も多いだろう。SP2000Tはプレーヤーとしての基本的な能力が高いのでどの楽曲も楽しめるが、八木沼氏が特に“オススメ”というのが「fripSideの2009年から2020年までのバラードソングを網羅したバラードベストアルバムの『the very best of fripSide -moving ballads-』ですね。これを是非SP2000Tで聴いて頂きたいです」。

バラードベストアルバムノ『the very best of fripSide -moving ballads-』

さらに八木沼氏は“リマスター盤とも相性が良い”と語る。「昔の楽曲が、リマスターでハイレゾになるものって多いじゃないですか。ただ、そうしたリマスター盤を聴くと、音楽のおいしい部分が無くなってしまったような、CD盤とあまり変わらない、ホントにこれハイレゾなの? という“残念なリマスター盤”ってありますよね。あれを真空管モードで聴くと最高なんです。これはホントに驚きました」。

では、fripSideの楽曲を真空管モードで聴いたら、どうだろうか。「ハイブリッドモードで聴くと、キレやビートがほどよく甘くなって、非常に気持ちが良かったです。僕らみたいな音楽でも、こういう風に鳴らしてくれると、“これはこれで良いな”という新しい発見がありました。今までは、スペックを重視し、とにかく“ハイレゾ、ハイレゾ”と進化してきたポータブルプレーヤーの流れに、一石を投じるような……新しい面白さに気付けるプレーヤーだと思います」(八木沼氏)。

ONでもOFFでも楽しめる

筆者も八木沼氏の言葉に賛成だ。SP2000Tは、オペアンプモードで聴くと、クアッドDACの超S/N比の良い、クリアで透き通るようなサウンドが楽しめる。真空管モードでは、温かみのある響きと、中低域のグワッとせり出すような熱気が押し寄せてきて、非常に“熱い”音になる。要するにクリアな音も、“グッとくる”音も楽しめ、ハイブリッドではその“グッとくる具合”まで自分で調整できる。

それゆえ、「この曲を一番気持ち良く聴ける設定」を探す試行錯誤がとても楽しい。イコライザーで音をいじれる製品は多数存在するが、いじっても結局フラットが一番良くて、元に戻し、イコライザー自体を使わなくなる人も多い。だが、SP2000Tのトリプルアンプは、響きや味わいといった部分をカスタマイズできるので、飽きがこない。

短時間の試聴では物足りなくなり、「このプレーヤー持って帰って、あの曲や、あの曲でも試してみたい」という欲求が湧いてくる。スペックを見比べて買うというよりも、“惚れて買ってしまう”タイプのプレーヤーだ。

ちなみに、八木沼氏は楽曲制作時“どんな機器で再生しても、音楽が破綻しない事”にこだわっているそうだ。「アニメソングを良く手掛けますので、動画として再生される事が多く、テレビやタブレット、ノートパソコンなど、音声出力のクオリティが低い製品で聴かれる事が多いためです。そうした機器で再生した時も、ボーカルがしっかり聴こえるか、といったバランスを自分でチェックしています。カーオーディオ、テレビ、iPhone、ラジカセ、ヘッドフォン、そしてオーディオ機器でもチェックし、どれで聴いても破綻のない音に調整します。それを経て、マスタリングスタジオで数種類のイヤフォン/ヘッドフォンで最終的なチェックを行ない、OKを出します」。

「このような音楽制作時に必要な音は、ソリッドでクリアな必要があります。でも、純粋に音楽を楽しみたい時に求める音は、それとはまた別だと思うんですね。音楽は心を豊かに、聴いている時間も豊かにしてくれるようなものですので、ONとOFFというか、そういうサウンドの使い分けは必要だと思います。その点で、SP2000Tは、同じイヤフォンを使っていても、ONの時に欲しい音、OFFの時に聴きたい音が両方楽しめる。“水陸両用プレーヤー”という印象です(笑)。とても魅力的なので、これでfripSideの曲を聴いていると、“アコースティックライブもやってみたい”なんて気持ちになってきましたね」。

新たな挑戦のアイデアも湧いた様子の八木沼氏。fripSideとしても新たな試みが続けられており、2022年1月8日(土)19時からは、fripSide初の“VRライブ”「fripSide VIRTUAL LIVE 2022 in VARK」が開催決定。2022年1月放送開始のTVアニメ「失格紋の最強賢者」OPテーマをfripSideが担当。さらに、'22年4月には、ボーカル南條愛乃さんの卒業アリーナツアーが愛知国際展示場ホール(4/2)、神戸ワールド記念ホール(4/9)、さいたまスーパーアリーナ(4/23.24)で開催予定だ。