レビュー
外部アンプいらずの駆動力! “いろいろできる”異色のAKプレーヤー「KANN」
2017年6月13日 08:00
アユートから6月2日に発売された、iriver Astell&Kernブランドの新ハイレゾプレーヤー「KANN」(カン/AK-KANN-64GB-BLU)。旭化成エレクトロニクスのDACや強力なヘッドフォンアンプを搭載するほか、microSDとSDカードスロットを両方搭載したり、ヘッドフォン出力と別にライン出力を設けるなど、一風変わったプレーヤーになっている。その魅力を体験してみたい。
KANNのユニークな4つのポイント
ご存知の通り、AKシリーズはAK100、AK120、AK240、AK380といった「AK◯◯」型番でこれまで展開してきた。そこに登場したのが「KANN」。数字も入っていないので、このモデルがどのあたりに位置付けられているのか、わかりにくい。価格はオープンプライスで、直販価格は129,980円(税込)だ。「AK300」の発売開始当初の価格が、約13万円だったので、まあだいたいAK300あたりの位置にあるモデルと言える。
ただ、Astell&Kernとしてはこの「KANN」を、従来モデルのどこかに入れるのではなく、まったく違うカテゴリの製品と位置付けているようだ。James Lee CEOによれば、日本市場の意見を取り入れ、日本市場向けに開発していたものを、他の国も含めて販売する事になった」という。コンセプトは「ONE PLAYER TO RULE THEM ALL(1台のプレーヤーで全てを支配する)」。KANNはドイツ語で、英語で“可能”を意味する助動詞の“Can”に相当する言葉だ。
その「日本の意見を取り入れて開発した」という仕様だが、ユニークなポイントをピックアップしてみると
・メモリーカードスロットはmicroSD、普通のSDカード個別に用意
・強力なヘッドフォンアンプ搭載
・ヘッドフォン出力とは別に、ライン出力をバランス/アンバランス各1系統装備
・充電とデータ転送用にUSB Type-C端子を別に搭載
豊富な機能が魅力だが、その代わりに“分厚い”。外形寸法は約115.8×71.23×25.6mm(縦×横×厚さ)で、縦のサイズは既存のシリーズと大差はないが、厚さは2倍くらいある。重量は約278g。筐体の素材はアルミニウムで、手にすると高級感がある。
ユニークポイントがどのような意味を持つのか見ていこう。プレーヤーとしての基本的な仕様は既存シリーズと違わず、Androidベースの独自OSを採用し、ディスプレイは4型のタッチパネル。内蔵メモリは64GBだ。
拡張スロットは256GBまでのmicroSDカード用と、512GBまで対応するSDカード用を個別に搭載している。最大容量のカードを挿入した場合、64GB + 256GB + 512GBで832GBのストレージが使える計算だ。ポータブルプレーヤーはmicroSDカードを利用する事が多いが、「デジカメで使わなくなったSDカードが余ってるのでプレーヤーで使えるのはありがたい」という人も多いだろう。
ヘッドフォン出力は3.5mmのアンバランスと、2.5mmのバランスを用意しているのはお馴染みの通りだが、KANNはさらに、ライン出力として3.5mmアンバランスと2.5mmのバランス出力を各1系統追加している。ヘッドフォン出力とライン出力が兼用のプレーヤーは多いが、ライン出力を個別に、さらにバランス出力まで備えているのは珍しい。なお、ライン出力信号の経路はヘッドフォン出力の経路から独立しており、純度の高い出力が可能になっている。
USB端子もユニークだ。PCとUSB接続するとUSB DACとして利用できるのだが、そのためのUSB microB端子に加え、Type-Cの端子も備えている。これは充電・転送用だ。つまり、USB DACとしてPCと接続しながら、残りのType-C端子で給電する……といった使い方ができる。ライン出力を独立で搭載している事も含めると、“据置きでの利用も強く想定したプレーヤー”と言える。
UIは既存のシリーズとほぼ同じだが、異なるのはディスプレイの下にハードウェアのボタンを備えている事。他のモデルはホーム画面に戻るセンサーは備えていたが、物理的なボタンはこの場所ではなく側面に備えていた。
機能は曲送り/戻しが左右に、中央の上ボタンがホーム画面、下ボタンが再生/一時停止ボタンとなる。小さくはないので、ポケットの中で手探りでも間違わずに押す事はできる。ただ、どちらかというとディスプレイの下に配置したのは、据置きプレーヤーとして使った時に、上からボタンを押しやすくしたかったからでは? という気がする。
強力なヘッドフォンアンプを搭載
もう1つの特徴が「強力なヘッドフォンアンプを搭載している事」だ。ヘッドフォン出力は3.5mmのアンバランス、2.5mmのバランスがあるが、3.5mmが0.65Ω、2.5mmが1.3Ωと低インピーダンス仕様になっており、ノーマル/ハイゲインの切り替えも可能になっている。
ハイゲインに設定すると、アンバランスで4Vrms、バランスで7Vrmsとなる。この数値は、AK300シリーズに取り付ける別売アンプ「AK380AMP」に迫る駆動力を持つ。
要するに、KANNは「外部アンプと接続しなくても、最初から外部アンプを内蔵しているのと同じくらいパワフルなアンプを搭載している」というわけだ。日本のヘッドフォンマニアには、プレーヤーと外部アンプをセットで持ち歩く人も多いが、そうしたニーズを踏まえた製品と見る事もでき、James CEOの「日本市場の意見を取り入れて開発した」という言葉もうなずけるところだ。
プレーヤーとしての基本性能は高い
ユニークな機能ばかり目立つが、基本的なプレーヤーとして能力も高い。DACは旭化成エレクトロニクスの「AK4490」をシングルで搭載している。これは価格の近いAK300と同じだ。
PCMは384kHz/32bitまでサポート、DSDは11.2MHzまでネイティブ再生できる。ここがAK300とは異なり、AK300のDSD再生はPCM変換再生となっている。値段が近い製品だが、ネイティブ再生という面ではKANNの方が優秀だ。
200フェムト秒という超低ジッタを実現する電圧制御水晶を搭載しているのもポイントとなっている。
既存プレーヤーと同様、DLNAに対応する「AK Connect」を装備。Wi-Fiを通じて同一LAN内のパソコンやNASなどに保存した音楽をストリーミング再生したり、KANNのストレージにダウンロードする事も可能。
AK Connect Appをダウンロードしたスマートフォンやタブレットから、KANNのワイヤレス操作も可能。DMP、DMC、DMS、DMRをサポートする。このあたりは、据置機としても利用できる点を考えると、便利に使えそうだ。Bluetoothにも対応し、aptX HDコーデックをサポートする。
6,200mAhのリチウムポリマーバッテリを搭載しており、再生時間は約15時間とスタミナがある。AK300は約10時間だ。対応する市販のUSB ACアダプタを使用すれば、1時間の充電で、約6.5時間の再生が可能。
音を聴いてみる
KANNのサウンドの傾向を探るために、DAC「AK4490」をシングルで搭載しているという点が同じ「AK300」を用意。これを聴いた後で、KANNに繋ぎ変えてみた。接続はアンバランスだ。
DACで音が全て決まるわけではないので、むろん同じ音ではない。ただ、音の傾向は良く似ている。どちらもニュートラルで空間描写は広く、基本的な再生能力は高い。デュアルDACの上位モデルと比べると、空間の広がりや立体感でやや見劣りする部分はあるが、10万円ちょっとのプレーヤーとして確かな実力を備えている。
AK300はシングルDACながらアンプの出来が良く、音が痩せたり、低域の勢いが弱いような事はない。よく出来たプレーヤーだ。それと比べ、KANNはさらにアンプがパワフルになり、低域の張り出しが強く、スケール感が豊か。AK300のサウンドがよりドッシリと、安定感を増したような印象を受ける。
こう書くと「中低域がボンボンと張り出したドンシャリサウンドなのでは?」と思われるかもしれないが、そうではない。低域の分解能は高く、沈み込みも深いので、純粋に低域のクオリティがアップしたと感じる。ピュアオーディオ一式の中の、アンプを1グレードアップさせたような印象だ。
もし、ダンゴのようにくっついた中低域が飛んでくる力が強くなっただけだと、ダイナミック型イヤフォンや、低域をダイナミック型が担当するハイブリッドイヤフォンをドライブした時、低域が膨らみ過ぎてボワボワ不明瞭になってしまう。KANNの場合は膨らむのではなく、駆動力がアップした事で、低域1つ1つの音の勢いが増す感じだ。
低域が力強いだけでなく、駆動力があるのでキレが良い。例えば「ドゥービー・ブラザーズ/ロング・トレイン・ランニン」や「ドナルド・フェイゲン/ナイトフライ」など、短いフレーズが小刻みに繰り返されるような楽曲は、トランジェントが良いため、鋭い日本刀で切り込むようなスピード感が気持ちよく、楽曲に疾走感が出る。聴いていると思わず体が動いてしまう。
e☆イヤホンのオリジナルヘッドフォン「SW-HP11」も試してみたが、ヘッドフォンだとアンプの駆動力や低音のパワフルさの違いが良く分かる。AK300は全体のバランスがニュートラルだが、KANNでは「藤田恵美/Best OF My Love」のベースが「ズズン」と鳴り響く。迫力があって楽しいが、「ちょっと出過ぎかな?」という気もしてくる。
そこで、ケーブルを2.5mm 4極のバランスに変更すると、一気に音が激変。音場が大幅に広がり、そこに浮かぶヴォーカルやギター、ベースの距離感が広くなる。狭い部屋に押し込められていたミュージシャンが、広い空間でのびのび演奏しているような違いで、ギュウギュウに詰まっていた低音の張り出しも、広い空間の中に解き放たれるので、「出過ぎ」という感覚は無くなる。
この差は、「ホントに同じ製品か?」と思うほど大きい。間違いなく、KANNはバランス接続で聴くべきプレーヤーだ。
ついでに、ひ弱なアンプでドライブするとぜんぜん低音が出ないフォステクスの平面駆動型「T40RP mk3n」を接続すると、しっかり低音が吹き出してきた。外部アンプを接続してなんとかドライブできるという感じのヘッドフォンだが、単体でこれだけパワフルに鳴らせるのは驚きだ。
据置きでも使ってみる
ライン出力を活用するべく、クリプトンのアクティブスピーカー「KS-1HQM」とも接続してみた。ライン出力にケーブルを繋ぐと、「電圧はライン出力に適用されます」というメッセージが表示され、ボリュームの表示が「2V」となり、プレーヤー側では音量調整ができなくなる。接続したスピーカー側で操作するカタチだ。
KANN自体、低域がしっかりした音を出すため、スピーカーと繋いでも堂々とした音が出る。ヘッドフォンをじっくり聴いた後で、スピーカーの音を聴くと、やはり前方定位の自然さや、奥行きの描写などが気持ちが良い。
操作ボタンがディスプレイ面に備わっているので、KANNをテーブルに設置すると、ボタンが上面に来る。押しやすいので、据置機としての使い勝手も悪くない。AK Connect Appをダウンロードしたスマホと組み合わせて、ネットワークプレーヤーとして使えば、離れた場所に置いても快適に操作できるだろう。
ただ、外出時と家の中で毎日KANNを活用するという場合、ライン出力や充電用のUSB端子にケーブルをいちいち抜き差しするのは面倒になってくるかもしれない。AK300シリーズには据置きで使うためのクレードルが用意されていたが、KANNのようなプレーヤーにこそ、クレードル的なオプションがあってもいいだろう。
マニアにこそわかる単体パワフルプレーヤーのありがたさ
ハイレゾプレーヤーやスマホに、外部アンプを繋いで使った事がある人なら頷いてくれると思うが、“ケーブルで繋いだ2つの物体”を持ち運ぶというのはなかなか面倒だ。バンドで固定したり、サイズにマッチしたケースに両方入れてしまえば1つのカタマリとして持ち運べるが、スマホやプレーヤー単体と比較すると、どうしても分厚くなる。
分厚いと、胸ポケットや内ポケットに適当に突っ込むようなカジュアルな使い方がしにくい。結果として、持ち運びが面倒になって、そもそも持ち歩かなくなってしまったり、外部アンプ使わなくなってしまった……という人もいるだろう。
KANNをポータブルプレーヤーとして見た場合、「単体プレーヤーだと駆動力が心もとない」と感じるマニアを納得させるアンプのドライブ力が最大の魅力だ。分厚くはあるが、別体の外部アンプを持ち歩くほど分厚くはない。このサイズ感で高い駆動力を含めたプレーヤーが手に入るのは魅力だろう。
約13万円という価格も、高価なハイレゾプレーヤーを買った後で、さらに追加で数万円払って外部アンプを導入するコストが、プレーヤーに最初から含まれていると考えると、それほど高くは感じない。
また、据置きとポータブル、2ウェイの活用を実践するならコストパフォーマンスが高いと感じる人もいるだろう。ただ、実際に帰宅してコンポに繋いで~、出かける前に外して~という作業を毎日やるか? と問われると、面倒でやらなくなりそうな気もする。クレードル的なものにガチャンと差し込むような提案も欲しいところだ。
ポータブル機器はサイズや重さに制約があるため“どの機能を削ぎ落とし、どの機能を入れたか”によって個性が生まれるものだ。KANNはそうした常識を逆手にとって“あれもこれもできる”事を個性としたプレーヤーだ。手に入れたプレーヤーをとことん使い倒したいという人には、他の機種では得られない満足感があるかもしれない。