本田雅一のAVTrends

第189回

機能を選べる「LINN Selekt」で再考する、AVシステムの新しいカタチ

昨年も年末が近くなろうとしていた頃、LINN Japanの「Selekt DSM」という製品についてさまざまなアイディアが湧き、いくつかのパターンで試聴をしてみた。

LINN「Selekt DSM」

2018年10月に発表されたSelekt DSMは、コントロールアンプ(あるいはプリメインアンプ)とネットワークオーディオプレーヤを一体化した「DSMシリーズ」の最新型で、製品は68~110万円と4つのバリエーションがあるが、その構成が極めてユニークで、さらに実際に試してみないことには、どんな製品なのかイメージしにくほど、対応幅の広い製品だったからだ。

AVと2chオーディオの両立を見据えた導入プランが容易に

Selektの名称は「Select」をもじったもので、多様な環境に対応できるハードウェアのカスタマイズ性と柔軟な運用が可能な機能性を兼ね備えている。どんな環境にもマッチできるよう、あなた好みの構成を「選択」できますよという意味が込められている。

筆者がこの製品に目を輝かせたのは、「これでAVシステムと2chオーディオの両立や、将来のシステムアップグレードに関して、選択肢が極めて広くなる!」と思ったからだ。

Selekt DSMのトップパネル

新規に購入する、あるいはシステムを作り直す時に幅広い選択肢をもたらすことはもちろんだが、現時点のシステムを活かしながら将来のアップデートを行なう場合にも適切だ。

LINNの製品としては、はじめてUSB Type-Bポートを備えてパソコンからのオーディオ再生にも対応するほか、パワーアンプ内蔵/非内蔵、Katalyst DACと通常DACの選択、それに将来に向けて多様なシステムへと成長させることも可能だからだ。
しかも試聴してみると、LINN製品のラインナップを見渡しても、もっとも費用対効果の高い優れた音を出してくれた。

LINN製品のラインナップは、ミドルクラスにMajik、アッパークラスがAkurate、そしてハイエンドにKlimaxというブランドが採用されている。Selektはシステム構成的に従来の枠組みに入らない製品だが、価格クラス的にはMajikとAkurateの間に位置するが、充実した機能性を考えると、機能と価格のバランスから言えばMajikに近い“お買い得度”の印象である。

ところが、実際に音を聴いてみると通常DAC版でもMajikシリーズを大きく上回ることはもちろん、Katalyst DAC版ともなれば(音の質感、キャラクタはやや異なる印象だが)Akurateシリーズに匹敵する音質である。

これではAkurateシリーズが売れなくなるけど、LINNさん本当に大丈夫? というのが率直な感想だったが、まずはSelekt DSMのユニークなところから紹介しよう。

最新デジタルオーディオを集約、ワンモジュールで多様な使い方

前述したように、Selekt DSMはコントロールアンプとネットワークオーディオプレーヤ「DS」シリーズを組み合わせた「DSM」というジャンルに属する製品だ。

Selekt DSM

LINNは2007年、DLNAとの互換性を持つネットワークオーディオシステムをUPnP規格を元に最初に構築した高級オーディオ専業メーカーであり、周辺ソフトウェアや他社製品との連携なども充実している。たとえば「Roon」専用プロトコルのRAATには非対応だが、LINN DSには熱心なユーザーが多いためRoonはLINN DSシリーズ向けに専用プロトコルで対応しており、RAAT対応オーディオ機器と変わらない操作性、機能性で扱える。

DLNAの上位プロトコルであるOpenHomeに対応しているのはもちろん、自社開発のサーバやコントロール用アプリを持っており、無償提供されるKazooというアプリを通じて「TIDAL」や「Qobuz」といったHiFiストリーミング、「TuneIn」や「CalmRadio」といったネットラジオ(LINNは自社運営の高ビットレートラジオチャンネルも運営している)、さらには「Spotify Connect」にも対応。AirPlayでの再生も行なえる。

最初にこの方向に踏み出したオーディオ専用メーカーということもあるが、パソコンを使わずにネットワークオーディオを扱うという点において、もっとも機能的に幅広く、こなれているメーカーと言える。

しかも登場してから12年近く経過しているにもかかわらず、最新のプロトコルに対応できるよう(もちろんハードウェア上、不可能な対応はできないが)継続してファームウェアアップデートが行なわれてきた。おそらく、今後もこの方針は変わらないだろう。

そのDSシリーズに、アナログ入力に加えてHDMI、S/PFIDといったデジタル入力も加え、コントロールアンプとしての機能を追加したのがDSMだ。このほか、LINN独自のデジタル入力対応アクティブスピーカー用インターフェイス「Exakt Link」にも対応する。

デジタル音楽プレーヤとしての幅が拡がり、細かく機能をモジュール化

Selekt DSMにはいくつか、従来のDSMシリーズとは異なる点がある。強弱、2タッチの入力が可能なピアノボタンや、ガラス製の美しいディスプレイと中央のタッチセンサー付きダイヤルも、ネットワーク操作が基本だったDS/DSMとは異なる方向だが、内部が細かくモジュール化され、ボードごとに交換可能な設計となっている。

ディスプレイ
タッチセンサー付きダイヤル

これまでもLINNは、製品の世代更新時に従来製品のアップグレードサービスを行なっていたが、それらは工場に送った上で基板を入れ換えるなどの措置が必要だった。しかし、本機はもっとシンプルな構造を採用しており、機能ごとに分離されている。おそらく各国代理店側でほとんどの作業を行なえるはずだ。

たとえば背面から観て右3つのスロットは、それぞれ「出力ボード」を装着するスロットがある。

現在のSelekt DSMには通常DAC版(68万円)、通常DAC+パワーアンプ版(88万円)、Katalyst DAC版(90万円)、Katalyst DAC+パワーアンプ版(110万円)の4バリエーションがあるが、それは右端に装着されている出力ボードの違いだ。

背面(パワーアンプ選択時)
背面(Pre/LINE出力選択時)

モデル1:Standard DAC (Pre/Line出力)
モデル2:Standard DAC + PowerAmp
モデル3:Katalyst DAC (Pre/Line出力)
モデル4:Katalyst DAC + PowerAmp

メイン基板を兼ねるデジタル入力部にはLAN端子の他、ARC専用HDMI端子(テレビからの音声入力専用とのこと)、光/同軸デジタルやExakt Linkの端子が並ぶが、注目はUSB Type-B端子の装備。「コンピュータと切り離されたネットワークの方が音質面で有利」としてきたLINNだが、利便性のためにUSB DACとしても利用できるよう端子を追加したようだ。

そしてその上には、これらの基板とは分離されたアナログ入力(アンバランス端子)ボードが配置され、ここにアース端子が置かれる。アナログディスクプレーヤー再生のためにフォノイコライザー機能が内蔵されている点も嬉しい。

DSシリーズには部屋の大きさ、形状を入力すると定在波を計算して補正する「スペースオプティマイゼーション」という機能もあるが、これも最新版が動作するようになっている。

このように機能パートごとにモジュール化が進められ、リアパネルから観ても、そのシステマチックな構造が垣間見えるSelekt DSMだが、もちろんこれだけで“Selekt”という名を名乗っているわけではない。

内部基板

2chシステムをベースに最大6chまで、さらにサラウンド対応へ拡張も

空いている2つの出力ボードスロットには、それぞれ2chずつの出力ボードを追加可能だ。選択肢は通常DAC、Katalyst DAC、それぞれのアンプ搭載、非搭載も選べることになる。すなわち、導入時は2ch対応のステレオシステムとして使いながら、将来的には5.1chまでのアナログ出力(ライン、スピーカー端子の組み合わせも自由)を持つシステムまで、高級2chオーディオクオリティレベルでアップグレードできるということだ。

またハイエンドユーザーで、すでにLINN Exakt Linkに対応したスピーカーやExaktBox(Exakt Linkの信号をアナログに変換する装置)を所有しているのであれば、7.1chまでの再生にも(将来的には)対応できるはずだ。

なぜなら、背面左上の空いているスロットに、HDMI端子を持つサラウンドプロセッシングモジュールが発売される予定だからだ。すでに他シリーズ向けにはアップグレードがアナウンスされているが、イマーシブオーディオ形式には対応していないが、各種サラウンドフォーマットを7.1chまでデコードできる。

つまり、本機の出力ボードだけで5.1chまで、さらにExakt Linkも用いれば、少なくとも7.1chまでは対応できることになる。このクラスの品位で、そこまでのマルチチャンネルシステムに引き上げていけるとなれば、音楽好きならばセパレート型のハイエンドAVアンプへの買い替えなどではなく、既存システムを活かした上で本機に投資し、少しずつアップグレードしていくという選択肢を思いつくのではないだろうか。

左上の部分に装着する、HDMI端子を持つモジュールが発売予定

Selekt DSMには、他のLINN製品と同じくユニティゲインという機能があり、任意のアナログ入力端子からの信号のみ、±0に揃えて固定した音声を出力することができる。この設定を用いれば、AVアンプのプリアンプを本機に接続し、ユニティゲインを指定しておけば、AVアンプでサラウンドを楽しむときにはAVアンプ側でボリュームを操作し、2chの音楽を聴く際はSelekt DSM単体で楽しめる。その上で、将来、グレードアップしたくなったならば、段階的にアップグレードしていけばいい。

さらにはこの出力ボードスロットには、時期こそ未定だがヘッドフォンアンプボードも開発しているそうだ。今後、どのような種類のボードが開発されるかはニーズ次第ということだが、単に機能を向上させるということではなく、将来的に新しいアーキテクチャのDACに更新したり(あるいは通常DACからKatalyst DACに、またはアンプ内蔵にするなど)、メインボードの世代交代に対応したりといったことも期待できる。

歴史的にLINNは一度販売したプラットフォームに対して、長期的にアップグレードプログラムを用意することで、顧客の投資を護ってきただけに、さらに柔軟性の高いシステムアッププランが期待できるだろう。

新世代アンプの“静寂”と、音楽が持つ“魂”を表現するKatalyst DAC

これだけの価格帯なのだから、機能よりも、そして将来の発展性よりも重要なのは音質に他ならない。Selekt DSMでは、2016年に最新世代のDACアーキテクチャとして採用したKatalyst DACを選択可能な上、今回は内蔵パワーアンプのアーキテクチャが刷新された。

Katalyst DACの部分

Katalyst DACに関しては、最上位シリーズのKlimaxシリーズに2016年以降採用されており、ご存知の方も多いだろう。DACが信号生成に用いる電源電圧の正確性やマスタークロックおよびその供給手法、さらには出力段のアナログ設計まで一新している。使用するDACチップそのものは旭化成の「VERITA AK4497EQ」であるが、出てくる音は“Katalystの音”としか言いようがないほど、まるでアナログ音源のようにスッキリと滑らかで、豊かな音場表現と情報量に包まれる。

実は通常版のDACは同シリーズの下位モデルAK4493EQを使っているが、周辺設計とDACグレードだけで、これほどまでに質が変わるのか!? と目を丸くしたくなるほど豊かな音調だ。その音調に得手不得手は感じない。

オーケストラなら音場の豊かさ、大きなホールに漂う心地よい空気感に包まれる。ヴォーカルならば、人の声が本質的に持つ、複雑で温かみのある風合いと、歌い手の込める感情がより明瞭に心の中に刺さってくる。小編成のジャズならば、演者同士の目配せが見えるかのように気配を感じさせる。

何らかの演出を行なおうというのではなく、ひたすらに音楽を邪魔する要素を取りのぞき、本来持っている魂とも言うべき音の表情を浮かび上がらせる。
この純度の高いKatalystの音と、新たにデジタル化されたパワーアンプとの相性がいい。

LINNのパワーアンプには、これまで長らく「Chakra」というアーキテクチャが採用されてきた。これは微小領域の増幅にはS/N面で有利となるIC回路(もちろん専用設計)が担当。大電流が必要になった時にはディスクリート設計のパワーアンプが電流供給を補助するようになっていたが、ほとんどはIC領域で動作している。

しかし今回、Selektに使われているのは、いわゆる「D級アンプ」(デジタルアンプともいう)だ。すなわちパルス増幅を採用するもので、それ故に増幅効率の高さからコンパクトに収まり、出力モジュールを基板カードで提供できる。

一方でパルス増幅は、パルス波そのものが高周波ノイズでもあるため、最終的なS/Nを確保することが難しい。高効率で低域のドライブ能力などは優れているが、情報量の面で物足りないデジタルアンプが多いのはノイズ対策が難しいからだ。
本機のパワーアンプも、D級アンプならではのしっかりした、いかにもパワフルな低域の鳴らせ方をするが、一方で「静寂」と表現したくなるほど、静かで何も加えない透明感のあるパワーアンプに仕上がっていた。

パワーアンプ選択時の背面

今後、このアンプを基礎のハイエンド、あるいはエントリークラスまでパワーアンプを一新していくのだとしたら、今後、LINNのラインナップはかなり大きく更新されていくのではないだろうか。たとえばアクティブ駆動(アンプ内蔵)のスピーカーなどは、背負っているアンプが新しいアンプに切り替わっていくのでは? と思う。
もっともこの新しいパワーアンプ。あまりにさり気なく、そこにやや冷たさを感じなくもない。「通常DACの時は」だ。

ところが、Katalyst DAC版に切り替えてみると、緩さのない、しっかりとした低音を持つ新パワーアンプのキャラクターに、中域の豊かさ、厚みが加わり、さらには音場の奥行きや高さ方向のキレイなグラデーションが見通せるようになってくる。

シャープな音像の周囲に、ほんのりと感じられるニュアンスも明快になり、“冷たさ”を感じる場面など微塵もなくなってしまった。これは通常DACの質が低いのではなく、Katalyst DACの情報量が圧倒的に多いためだろう。この情報量の多さ、表現力豊かさと新パワーアンプの正確性の掛け合わせに新しいLINNの音を感じた。

もし、あなたが上位のAkurateシリーズでのシステム構築を考えていたならば、Selekt DSMとの比較を今一度してみるのもいいだろう。

改めて書いておきたいが、このクラスの音をAVシステムとのハイブリッド構成で使える上、多様なデジタルオーディオの形式、使い方に対応でき、しかも全サラウンドチャンネルをこの品質まで高められる将来性。上位製品でAVシステムを構成したいのであれば、その構築方法を再考せねばならないと思う魅力的な製品だ。

同社が一貫して戦略的にアップグレードを提供してきたことも、この製品の魅力を高めている。12年前のDSが、その後のオーディオ業界のトレンドを作ったように、今度はSelekt DSMが新たなトレンドを生み出すかもしれない。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。  AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。  仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。