本田雅一のAVTrends

第199回

次世代Bluetooth音声“LE Audio”は、ワイヤレスイヤフォンのなにを変えるか?

Bluetoothの規格策定を行なう業界団体・Bluetooth SIGが、現在策定中の新しいフレームワーク「LE Audio」の核となる技術仕様がまとまったと発表した。今年の第3四半期には、広範な仕様がまとまり、製品開発へと進む予定だ。

仕様策定と並行して半導体や基礎となるソフトウェアの実装も進められており、対応チップの試作もすでに存在しており、'21年前半までにはコンシューマ向け製品も揃ってくる見込みという。

ではこの「LE Audio」とは、いったいどのようなものなのだろう?

LEとは、Low Energyの頭文字をとったもので、これだけをみると省電力のみが目的のように感じられる。しかし対応製品が進めば、現在あるワイヤレスイヤフォン、ヘッドフォンだけでなく、補聴器や会議、通訳用レシーバ、コードレスフォンやインターフォンなど、オーディオに関連するさまざまな機器にイノベーションをもたらすポテンシャルを持っている。

3,500社が加盟するBluetooth SIGでマーケティング担当バイス・プレジデントを務めるケン・コルドラップ(Ken Kolderup)氏にビデオ会議を通じて取材した。同氏はマーケティング担当であるが、同時にエンジニアでもある。技術とマーケティング、両方の側面からLE Audioについて話を聞いた。

Bluetooth SIGマーケティング担当バイス・プレジデントのケン・コルドラップ(Ken Kolderup)氏

現代的なアプリケーション向けにオーディオ機能を再構築

Bluetoothのオーディオ仕様は、およそ20年前にあった機器、用途を前提としたものだ。もちろんその後、さまざまな拡張が行なわれてきたが、根本的な部分が変化しているわけではない。

そこで、従来のBluetooth Audioの枠組みを「Classic Audio」とし、それとは別にゼロベースで新しい枠組みを作ることにした。それが「LE Audio」だ。

旧来のBluetoothオーディオを“Classic Audio”、新しいBluetoothオーディオを“LE Audio”に分別

Classic AudioとLE Audioに互換性はなく、LE Audioを利用するには、接続する機器が双方ともにLE Audioに対応している必要がある。一方で従来の制約を取り払うために技術を再構築しているため、Bluetoothを用いたオーディオ体験すべてを変え、さらに「これから20年の進化の基礎となることを目指した」(コルドラップ氏)ものとなっているという。

では、具体的にどのような点が異なるのか。

多岐にわたるLE Audioの仕様(Bluetooth SIGでは並行して約20のプロジェクトが走っているとのこと)の中でも、その中心にあるのがLC3というオーディオコーデックだ。

従来のBluetooth機器におけるオーディオコーデック(圧縮伝送方式)はSBCのみしか、“必ずつながる”必須仕様のコーデックはない。

しかし、SBCは20年以上前の技術を基に策定されたもの。信号処理技術も、半導体技術も進歩した現在、圧縮効率が低く、遅延も大きく、また音質面でも良好とは言えないSBCには不満の声が大きい。そこでより高品位に音楽を楽しむため、AACやaptX、LDACといったコーデックが用いられているのはご存知の通り。

これまで使われてきたコーデック「SBC」

ところが、これらはClassic Audioではオプション仕様であるため、互換性問題を抱えてしまうことになる。iOSの場合はアップルが製品仕様全体を管理しているためバラつきはないが、Android端末ではメーカーが個々にライセンス、実装するため、対応・非対応にバラつきがあり、互換性問題を引き起こすことがあるわけだ。

これは端末側だけの問題ではなく、ワイヤレスオーディオ機器の開発にも影響を及ぼす。

たとえばaptXの場合、ライセンス元であるクアルコムが他社製TWS(完全ワイヤレスステレオ)向けチップにはaptXをライセンスしていなかったり、ハイレゾ音声の伝送は可能だが普及が十分ではないLDACなど、各社独自実装であるがゆえの問題がある。

そこでLE Audioでは、SBCに代わって、最新コーデックに近い性能と適応範囲を持つ高効率コーデックを用意した。これがLC3だ。

LE Audioの必須コーデック「LC3」。SBCに比べ、約2倍の圧縮効率性能を備える

LC3の開発にはMP3の基礎技術を開発した独フラウンホーファーや、通信機器大手のエリクソンといった企業が加わっており、必須特許の問題をクリア。採用する機器はライセンス料を支払う必要がない。

またClassic AudioにおけるSBCと同様、LE Audio対応機器の必須コーデックとなるため、互換性の問題もない。

“低ビットレート(省電力)”から“高音質”までカバーするLC3

LC3はSBCのおよそ2倍の圧縮効率があり、これまでと同様の使い方をするのであれば、半分のビットレートとすることでワイヤレス通信時の消費電力を抑えることができるという。

ただ、本誌読者のようにオーディオ製品向けとして捉えると、これだけでは大きな魅力とはならないだろう。SBCと同等の音質ならば、イヤフォンやヘッドフォン用として魅力的とは言えない。

しかしLC3は多様なビットレートに対応し、いわゆるハイレゾ音源にも対応できる対応幅の広さがある。つまり高効率の圧縮でデータ伝送量を減らし、結果として低消費電力にするのか、それとも高いビットレートで高音質を狙うかは、製品の使用目的次第ということだ。

コルドラップ氏は「LC3は最新の効率的な圧縮技術を用いて開発されており、ビットレートを上げることで高音質用途にも利用できる」と話す。

同氏によると、その圧縮効率はAACやLDACにわずかに勝る部分もあるというが「LC3がAACやLDACに対して良好な圧縮効率を持つと主張したいわけではない。違いはわずかなものだ。しかし、適応範囲の広さと“標準で用意されるライセンスフリーのコーデック”であることがBluetoothのオーディオ体験を大きく変える」と説明した。

Bluetooth SIGによるオーディオ品質のテストシート。灰色の棒グラフがSBCで、青色がLC3。「同一ビットレートにも関わらず、SBCよりもLC3の音質的満足度は高い。160kbpsのような低ビットレート時でも、SBCの345kbps同等の音質が確保できる」とする

前述したように、音声コーデックはワイヤレスイヤフォンが抱える基本的な問題だ。最も古くからある問題にもかかわらず、これまで改善がなされていなかった。

SBCよりも高効率で音質の良い、あるいはハイレゾまでスケールするコーデックには、AAC、LDAC、aptXなどの派生コーデックがあるが、いずれもオプションであるため、利用者はその対応の有無を確認せねばならず、どのコーデックで繋がっているかを明確に知る手段がない場合もある。

TWSの場合、消費電力を抑える目的もあってハイレゾ対応が進んでいないため、SBC以外のコーデックはAACとaptXしか選択肢はない。ところが、前述したようにaptXは特許の保有者でもあるクアルコム製チップにしかライセンスされておらず、ユーザーはコーデックの対応状況をイヤフォンとスマートフォン、両方で確認しなければ安心して選べない。

今後、消費電力の問題が解決すればLDACがTWSに使われる可能性もあるが、その場合も互換性の問題は残ることになる。

そうした意味でも、Bluetooth SIGでスケーラビリティの高いコーデックが定義された意義は大きい。しかし、LE Audioのフレームワーク全体でみるとLC3は核となる技術ではあるが、さらに根幹部分での改善も進んでいる。

TWS Plus相当の接続にも対応するLE Audio

LE Audioではコーデックの進化だけではなく、オーディオストリームの接続形態も多様化した。

たとえば標準的なBluetoothのオーディオ接続方式は1対1の接続しかサポートしないが、LE Audioはひとつの機器に複数の異なる無線チャネルでストリーミングできる。

Classic AudioではTWSを実現するため、いったん左右いずれかのイヤフォンユニットと接続して音声を伝送し、もう一方のイヤフォンユニットには別の無線電装方式でリレーするという手法が用いられる。しかし、この方法は消費電力の面でもレイテンシの面でも、また左右いずれかの音が途切れやすいといった面でも問題を抱えている。

そこで一部のTWSイヤフォン(アップルの独自チップを採用するTWSやクアルコムのTWS Plus対応製品と対応スマホの組み合わせなど)では、左右のドライバユニットをそれぞれ独立したBluetoothのチャネルで接続することで問題を緩和している。

しかし、これはClassic Audioの一般的な使い方ではないため、独自コーデックの場合と同じく端末とTWSの相性によって、つながる・つながらない問題が出てくる。

LE AudioではTWS Plusと同様の独立チャネルによる同時接続をサポートしており、またマイクの接続もまとめることが可能だ。

LE Audioでは“TWS Plus”と同じ左右独立伝送が可能になった

そしてこの機能はTWSではないワイヤレスイヤフォン、ヘッドフォンでも利用できる。アプリケーション次第だが、異なるオーディオストリームを同時に接続し、ミキシングするといったことも可能になる。

ひとつの部屋にLE Audio対応テレビとスマートフォンの両方がある場合、同時に接続しておいて音源をイヤフォン側で選択したり、任意の複数チャネルを好みの音量でミックスさせることもできる。

同じ無線チャネルを多数のレシーバで受信

さらには、ひとつのLE Audioストリームを、複数の端末が同時受信するという使い方も定義されている。つまりブロードキャストが可能なのだ。

テレビの音声を、おのおのが好みのイヤフォンで聴くといったケースもあるだろう。リビングにあるテレビで情報番組の音声を聴きながらキッチンで料理、といったシーンだが、スポーツバーで贔屓のチームの試合音声を選択的に楽しむといったケースも考えられる。イベント会場で流している音声を、自前のイヤフォンで受信するといった使い方も可能だ。

このように同じ通信チャネルを複数のレシーバが受信するのがLE Audio Sharingだ。

大きな会場では電波が到達する距離に不安も感じだろうが、双方向の通信ではないため送信側はバッテリ持続時間を気にする必要がないため、規格上の最大値で送信するため、比較的大きな会場にも対応できる。

また、基本的には一般的な同時通訳レシーバへの応用が考えられるが、対応する端末が増えていけば手元の端末やイヤフォンで受信するといったことも可能になっていくだろう。

他にもオーディオ共有といった使い方も可能で、同じ音楽ストリームを複数のリスナーが楽しむといったことも、アプリケーション側が対応することで可能になる。

オーディオシェアリングを使えば、同じ音源を友人や仲間と共有する個人用途はもちろんのこと、バーや講堂、会議室、映画館などの公共の場で不特定多数のメンバーと音源を共有することも可能だ

これらの機能を組み合わせると、補聴器も大きく変化する。

補聴器がLE Audio対応になれば、単に聴覚を補助するだけではなく、そこにテレビやラジオ、スマートフォン、音楽再生プレーヤーなどと同時接続が可能となり、またブロードキャストされている音声ストリームの再生が行なえるからだ。

”今後、20年間のイノベーションを支える基礎となる”とBluetooth SIGが胸を張るLE Audio。コルドラップ氏は「アイディア次第、アプリケーション次第で使い方は大きく広がっていく」と、あくまでもイノベーションのスタートラインであることを強調した。

WHOは世界における難聴者の割合は増加傾向にあると試算。15%の成人が難聴を抱え、'50までに難聴者の数は2倍に増えるとしている。
Bluetoothを使った補聴機能も、LE Audioのポイントだ

2021年春にはLE Audio対応製品が登場する見込み

LE Audioはコア仕様こそ決まったものの、冒頭で述べたようにより広範な仕様決めは、今年の第3四半期となる。しかし、すでにクアルコムはLE Audio対応チップを試作するなど並行して開発が進めているが、接続デモンストレーションが行なえている企業は他にもNordic Semiconductor、Dialog Semiconductor、Microchip、Goodix、Airohaの5社がある。

最終的に対応するイヤフォン、ヘッドフォン、スピーカーなどの製品は2021年春に登場する見込みだ。スマートフォンやテレビ、音楽プレーヤーなども2021年中旬から後半にかけて登場する。

Bluetooth SIGによるローンチ予測。対応する第一弾製品は'21年春頃を想定。シェアリングは18~36カ月程度先を見込んでいる

コルドラップ氏がいうように「イノベーションのスタート地点」であるため、Classic Audioだからといって、直ちに不具合があるわけではない。たとえば単純にイヤフォンとして使うだけならば(互換性はさておき)、AAC対応イヤフォンから大きくオーディオ体験が変化するわけではない。

スポーツバーのテレビや会議での応用といったブロードキャスト機能が本領を発揮するまでにも時間が必要だろう。しかし、静かに少しずつ、Bluetoothのオーディオは変化していきそうだ。

本田 雅一

テクノロジー、ネットトレンドなどの取材記事・コラムを執筆するほか、AV製品は多くのメーカー、ジャンルを網羅的に評論。経済誌への市場分析、インタビュー記事も寄稿しているほか、YouTubeで寄稿した記事やネットトレンドなどについてわかりやすく解説するチャンネルも開設。 メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。