藤本健のDigital Audio Laboratory

第1001回

RME製品がもっとイイ音に!? 「ADI-2」向け電源フィルタがやってくる

RMEのマティアス・カーステンズ氏

今回取り上げるのは、ドイツRME社が現在開発中の“オーディオインターフェイス用電源”だ。これまで同社は「Fireface」や「Babyface」、AD/DAコンバータの「ADI-2」シリーズなど、プロ・アマから定評あるオーディオインターフェイスを数多く輩出してきたが、それら製品に付属するACアダプターがシンプルなスイッチング電源だったため、一部のオーディオ愛好家の中には、リニア電源に換えて高音質にする、という利用法があった。そこでRMEはついに重い腰をあげ(?)、「これが最高だ」という電源をリリースすることにしたのだ。

正式なリリースはこれからだが、先日行なわれた発表会において、RMEの創業メンバーで開発者のマティアス・カーステンズ氏が開発中のADI-2用電源フィルタ「LNI-2 DC」を一足先に披露した。独占インタビューという形で、LNI-2 DCの詳細について話を聞くとともに、これが何であるかを話してくれたので、少しマニアックに掘り下げていこう。

スイッチング電源とリニア電源

――これまでRME製品は、日本国内でも高い評価で、リスニング用としてもレコーディング用としても幅広く使われてきました。ただオーディオマニアの方々の間からは、ACアダプタが貧弱だ、といった声がよく出ていたように思います。

マティアス氏(以下敬称略):もちろん、我々もそのような声は聞いていました。ただ、我々もオーディオインターフェイスやAD/DAコンバータを設計する上で、さまざまな測定等を行ないながら、最終的に高音質でクリーンな音になるように作っています。その中で当然、電源部分、ACアダプタ部分もチェックしていますから、必要十分なものを提供してきたと自負しています。

――おそらく、ほとんどの人は、現在のACアダプタに不満は持っていないと思いますが、それでも中には別のACアダプタを取り付けて使っている人もいるようです。

マティアス:はい、そうしたことを行なっている方が少なくないことも知っています。そして多くの方々がさまざまなリニア電源を持ってきて、ADI-2に接続しているようです。電源部分を強化したい、という思いも理解できないわけではないのですが、そのほとんどは意味を持ちません。

RMEユーザーが接続して使っているという、リニア電源の例

――RME製品に付属しているACアダプタはスイッチング電源タイプのものですよね。改めてスイッチング電源とリニア電源、何が違うのか教えてください。

マティアス:日本では商用電源として100Vの交流が使われていますが、リニア電源では、この100Vをまずトランスによる変圧器で電圧を落とし、ダイオードブリッジを用いて整流します。さらにコンデンサを用いた平滑回路である程度平滑化した上で、レギュレータを用いて整流後の残留リップル電圧を大幅に低減し、安定した直流電源にしていきます。

それに対してスイッチング電源は、電圧を変える前にダイオードブリッジで整流され、コンデンサで平滑されます。この方法で得られた非常に高い直流電圧は、高周波トランスとスイッチングデバイスで制御されますが、この際ガルバニック絶縁をする形で電圧を分離します。そして出力側に追加のフィルタを通して安定化させるという構造になっています。

スイッチング電源は、とにかく小さくて軽く、効率的であることから、ほとんどの機器で使われており、RME製品でもスイッチング電源を採用しています。

――一般論として、リニア電源、スイッチング電源におけるメリット、デメリットというのはどんなものですか?

マティアス:リニア電源のメリットは非常にクリーンな出力電圧が可能である、という点です。高周波スイッチングノイズが起こらないし、漏れ電流の心配もありません。そうしたことから、一部のユーザーがリニア電源を使っているのでしょう。

一方でリニア電源のデメリットとしては、とにかく低効率であり、高い電力損失があると同時に大きな熱放出があります。また、大きなトランスを使うため重量が非常に大きくなるのもデメリットですね。トランスによる磁気励起によるグランドループを生成してしまうために、浮遊磁場が発生するリスクも高くなります。また商用電源側に電圧変動があると、その変動に激しく影響を受けるという問題もあります。そして何より高価ですよね。

――スイッチング電源のメリット・デメリットはどうですか?

マティアス:スイッチング電源は、先ほども話したとおり、とにかく小さくて軽いというのが大きなメリットです。また非常に高効率で通常80%以上のエネルギー効率を実現します。そのため放熱も非常に小さくなります。

一方、トランスを使用しないため、低周波磁場の生成がないために磁気グランドループ励起もありません。リニア電源のように最初にトランスで電圧を落とす場合、商用電源が100Vなのか、110Vなのか、はたまた240Vなのかによって、それぞれに適したトランスを用意する必要がありますが、スイッチング電源であれば100V~240Vまで、どの電圧であっても1つのスイッチング電源で対応できますし、主電源電圧に変動があっても、その影響を受けないのもメリットですね。そしてコスト的にも安く抑えられるのも重要なポイントです。

もちろん、スイッチング電源にもデメリットはあります。出力される電圧に低周波ノイズは乗りませんが、スイッチングシステムによって、高周波ノイズがどうしても発生してしまいます。また最大200pAの漏れ電流が生じるという問題もあります。アース設置されていないシステムでは、ハムノイズが発生したり、軽度の感電を引き起こすリスクもあります。

――そういう状況を考えると、オーディオマニアがリニア電源を使う理由が分かるような気がします。

マティアス:やはりそれぞれにメリット、デメリットがある以上、一概に片方がいいとは言えないと思います。それぞれの欠点を排除することによって、改善していくことが可能です。

たとえばリニア電源の場合、磁気シールドを用いると共に、すぐに磁気飽和を起こしにくい高品位なトランスを利用することで浮遊磁場を抑えることが可能です。またパッシブリフィルタリング、つまりチョークとフローティング電圧レギュレーターを使用して消費電力を低減させることも可能です。

スイッチング電源の場合は、一次側のPE(プロテクティブアース)端子へ高インピーダンス抵抗を介して接地することで漏れ電流のすべての影響を排除することが可能です。また出力側に追加のLF(ローパスフィルタ)、およびHF(ハイパスフィルタ)を置くことでもノイズを低減できます。

ちなみに抵抗を介した接地はRMEの新しいスイッチング電源でも採用しています。こうした対策を元に製品化するのが、近い将来に発表する予定の「LNI-2 DC」です。これはADI-2シリーズ用の電源としてリリースします。

ADI-2シリーズ

「LNI-2 DC」は電源フィルタ兼スタビライザー

――LNI-2 DCというのは、リニア電源なのですか? それともスイッチング電源なのですか?

マティアス:LNI-2 DC自体はそのどちらでもありません。リニア電源でもスイッチング電源でもいいので、12Vの直流電流を入力すると、まるで電池のような安定したノイズのない電源を供給できるフィルターであり電源スタビライザーです。

――これがLNI-2 DCなんですね。

マティアス:今回持ってきたのはまだプロトタイプであり、少し大きなサイズになっていますが、最終的には左手に持っているもののように、よりコンパクトになる予定で開発を進めてます。

――RMEは、いつも目に見える形でデータを見せて根拠を説明する、という打ち出し方をしているのが好きですが、もちろん、このLNI-2 DCもデータがあるのですよね?

マティアス:もちろんです。それが、下記のグラフになります。これはLNI-2 DCの12Vの出力を周波数分析したものです。これを見ると分かる通り、20Hzから100kHzまで200nVrms以下のノイズレベルであり、極めてノイズの少ないものになっていることが分かると思います。これはほぼ電池に匹敵するレベルのものです。

――ん?? ということは、これは音を表すグラフではなく、電源そのものを測定したものである、ということですか?

マティアス:そのとおりです。

――なぜADI-2の音の測定ではなく、電源そのものの測定なのでしょうか?

マティアス:これまでも主張してきた通り、RMEのADI-2シリーズは付属のACアダプタで十分な性能を出すことができ、通常の使い方であれば、このACアダプタからノイズが乗るということはありません。そのため、ACアダプタをそのまま使っても、LNI-2 DCを通しても基本的に音は変わらないのです。

――だとすると、この新製品LNI-2 DCは無用の長物ということですか?

マティアス:もちろん、そういうわけではありません。通常の使い方であればノイズは乗らないのですが、グラウンドノイズが回り込んだり、漏れ電流によってハムノイズが発生してしまう、ということがあります。単純に人が立って、何かに触っただけでハムノイズが入ってしまうことはよくあることです。

そうした状況になった場合、LNI-2 DCがそうしたノイズをシャットアウトしてくれるのです。さらに超低出力インピーダンス(0.012Ω)でのソース提供を実現し、極めて安定した出力電圧、高負荷レギュレーションが実現されます。そういう意味で、LNI-2 DCを使うことで音質向上を実感できる方は少なくないはずです。

――LNI-2 DCはどのような仕組みなのでしょうか?

マティアス:下記の図が、LNI-2 DCのブロックダイアグラムです。直流を入れると高周波フィルター、ガルバニック絶縁を経て、L/Cフィルター、過電流リミッター、加熱保護装置、ローノイズレギュレータなどを通して、キレイな電源を出力する流れになっています。

――LNI-2 DCはいつごろ発売されて、値段的にはどのくらいになるのですか?

マティアス:現在、設計はほぼ最終段階なので、正式発表までもう少しお待ちください。ただ価格的には安いものではありません。やはり、すべてのADI-2ユーザーに推奨するものではなく、一部の方のための製品となりますし、また部材にもかなりのコストがかかるため、どうしてもそれなりの値段になってしまいます。ただ、間違いのないクオリティなので、ぜひ期待してください。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto