藤本健のDigital Audio Laboratory

第1000回

“オカルト退治”から感謝1000回。誕生秘話からお叱りネタまで雑談した

読者の皆さま、そして関係者の皆さまに感謝

連載開始から約22年半。色々ありましたが無事に1,000回を迎えました

連載「藤本健のDigital Audio Laboratory」が、今回でついに1,000回目を迎えた。2001年2月の創刊時から毎週月曜連載を続けて約22年半。我ながらよくここまで続けられたと思うが、もちろん、ここまでやってこれたのは、記事を読んでいただいた数多くの読者の皆さまのおかげであり、また記事執筆にあたって取材協力いただいた多くの方々、そして機材やソフトを提供いただいた多くの方々のおかげだ。この場を借りて、改めてお礼申し上げたい。

さすがに、これだけ長く続けていると、毎週やってくる締め切りにも慣れはしたけれど、それでも日々ネタ探しをして、毎週末に執筆する作業はかなりの苦行であったことは間違いない。

ここ数年は「1,000回を迎えたらひと休みするんだ!」を心の支えに続けてきたのが正直なところ。ようやく目標だった1,000回となったので、気が抜けて死んでしまうのでは……と思わないでもないけれど、自分のメディアであるDTMステーションもあるし、このまま完全に消えてしまう、というわけではないのでご心配なく。

そして、この1,000回までやってこれたのは、もちろんAV Watchの編集担当者が支えてくれたからこそ。まさに二人三脚で1,000回をこなしてきたわけだが、その1,000回の間に2回の担当変更があり、計3人が担当してくれた。

嬉しいことに、その3人とも現在もインプレスに在籍しており、1,000回記念ということで、先日お集りいただいたのだ。その担当をしてくれたのは、初代担当者であり元AV Watch編集長、そして現在「ネタとぴ」編集長の古川敦氏、2代目担当者で現在「家電Watch」編集長の中林暁氏、そして3代目担当者で現在担当の阿部邦弘氏のそれぞれ。

今回は過去1,000回、22年半を振り返りながら座談会というか雑談をしてみたので、ぜひ以前の記事もご覧いただきつつ、読んでいただければ、と思う。

きっかけは「“オカルト”をぶっ潰す」みたいな連載ができたら面白そう

藤本:まずは連載スタート時点の話から振り返ってみようと思うのですが……。キッカケはそれまで私が10年近く連載していた「Sound & Recording Magazine」(サンレコ)での連載打ち切りを言い渡されたことだったんですよね。

いまは、まさにAV Watch編集部もサンレコ編集部も同じフロアですが、当時は近所の別のビル。言い渡されたその足でインプレスのビルに行ったら、たぶん「DOS/V Power Report」の編集者に古川さんを紹介されて、初めて挨拶した記憶が……。当時僕はまだリクルートの社員だったので、いつものように会社サボって、インプレスに来ていたわけですけど(汗)。

古川:そうですね、ちょうどAV Watchを立ち上げる準備をしていたところで、コラムを書いてくれる方を探してたころだったか、と。

藤本:立ち話で「オーディオの“オカルト”をぶっ潰す」みたいな連載ができたら面白そうだよね、なんて話になって、ホントに軽い気持ちでスタートさせたんですよね。まさかそれが1,000回も続くなんて想像してませんでした。正直、5、6回の短期連載のつもりで受けたので……。古川さんは、その最初の時点で長期連載を想定していたんですか?

連載1,000回を記念し、座談会を行なった

古川:もともと私自身、PC Watchの編集部にいたんですが、そのPC Watchも同様で、ウェブの連載って、ガチガチにスケジュールを組んでいたわけでなく、やれるときにやればいいみたいなノリなんです。だから、毎週やれるネタがあれば続けていきましょう、という感じだったかな、と。

藤本:その“オカルト潰し”で最初に取り組んだテーマが「音楽CDをCD-Rにコピーしたら音質が変わるのか」というものでした。当時、雑誌やムックで「ソニーの●●というCD-Rは高音がクッキリ出て音も豊かだけど、TDKの●●はドンシャリなサウンドだ……」なんて紹介する記事があったんです。

藤本:「そんなわけないじゃん!」と切り込んでいったわけですが、これが予想以上に奥が深くて……。当時ビットパーフェクトなんて言葉はなかったような気がするんですが、まさにそのビットパーフェクトを実現できたので、「ヤッター!」と。でも、このネタを追いかけていくと、ビットパーフェクトだけでは話が終わらなかったんですよね(苦笑)。C1エラーとか、C2エラーで音が変わるかも……とか。

古川:当時の記事でも“ビットパーフェクト”という記載はしてないですね。でもまさに「ミイラ取りがミイラ」みたいになっていって……。CDを聴く人も少なくなった今となっては、あまり役にも立たないネタですけど(笑)。

阿部:よくそんなきわどいネタからスタートさせましたね。

古川:今でもそうですが、PC界隈の人たちは、デジタルデータなのに音が違うというのは許さない主義の人たちがいっぱいなのに対し、オーディオ界隈の人たちはUSBケーブルを変えるだけでまったく音が違うという感じですから、その間を取り持つという意味で、重要だけど大変なテーマだと考えていました。

藤本:なかなか怖い人たち相手に、よく1,000回もやってこれましたよね。

古川:実際、何回か怒られましたし、藤本さんにも同席していただいて謝りに行ったこともあったような……。

初代編集担当の古川さん

藤本:あれ? そんなことありましたっけ? 都合の悪いことはみんな忘れちゃうんで……。昔は、今みたいにSNSで読者からコメントがバンバン飛んでくるということはなく、メールで辛辣な長文がときどきやってくる感じでしたよね。とはいえ、編集部からは、止められるようなことはなく、本当にずっと自由にやらせていただいたのは感謝しています。

掲載後に取り下げになった幻の第56回

藤本:ただ、そんな中で唯一問題になったのがマスタリングCD用ドライブ・PlexMasterの記事でしたよね。某所からクレームがついて、掲載後に取り下げになった。ホントは第56回の記事だったけど、それが欠番になったわけじゃなく、その次の回を“第56回”としちゃったから、完全になかったものとして葬りさられてしまった。だから、それをカウントすれば、今回がホントは第1,001回なんですけどね。

※現在公開されている第56回は取り下げになった第56回原稿とは別のもの

古川:懐かしい思い出話です。かなりマニアックなネタだけど、PlexMasterは当時は結構話題になりましたからね。

プレクスターの業務用CD-R/RWドライブ「PLEXMASTER-01/02」(2002年発売)

藤本:でも「PlexMaster」で検索すると、幻の記事が実は出てきちゃうんですよね(笑)。誰かが取り下げ前の記事をアーカイブしていて、それがネット上に残ってる。いま読み返しても結構面白い内容だったな、と思うんですけど……。それ以来、消されたネタはないですね。

いずれにせよ、過去1,000回分が今でも読めるって、スゴイですよね。そういうサイトって、ほかにないんじゃないですかね?

古川:そもそも媒体として、経営母体が変わらずに20年以上やっているところ自体が少ないですから。IT系だととくにそうですね。新聞系は、一定期間が経ったら記事を消しちゃいますし……。

中林:外資系のメディアも過去いろいろありましたが、買収されたり、撤退したりと、だいたい無くなっちゃいましたもんね。編集者やライターは、それなりに残っているけれど、媒体としては消えちゃったから、アーカイブは残ってないんです。

藤本:ずっと残っているのって、本当にありがたい話ですね。過去記事をざっと眺めてみても、古川さんの時代に、大きいテーマはかなり固まっていった印象ですね。例えば、オーディオインターフェイスを測定して評価するネタとか、MP3とかの圧縮オーディオを評価するネタ、リニアPCMレコーダーのチェックとか……。

ある程度実験方法が確立すると、あとは同じ実験をするだけで記事ができるので、毎週記事を書く立場からすると、だいぶ楽にはなるんですよね。とはいえ、実験がうまく行かずで、ギリギリになってしまうこともしばしばでしたが……。編集担当のみなさんには、本当にいろいろご迷惑をおかけしてきました。

話題を呼んだ「DSDリッピング」「DRESSING」「ソニー高音質SDカード」

藤本:古川さんから中林さんに変わったのっていつでしたっけ?

中林:いまちょうどメールを見返してたんですが、2011年5月ですね。第461回の「昔のレコードやカセットを高音質でデジタル化~BIASのノイズ低減ソフトSoundSaverを試す ~」という記事からみたいです。

藤本:BIASって会社、昔ありましたね……。これだけ長いことやってると、消えていった会社もいっぱいです。でも2011年5月ということは、私が線路転落で頭がい骨骨折の大けがしたときより後だったんですね。あの事故で集中治療室に入ってたから、その後2週間、この連載もお休みしました。けど、あれが22年半の間で休載した唯一のタイミングなんですよね。

中林:まったく分からないまま引き継いだんで、内容を理解するのがなかなか大変でした。

藤本:すみません、分かりにくい文ばかりで……。ちなみに中林さんって、それまで何をされてたんですか?

中林:AV Watch自体には2005年に外部の編集プロダクションからの転職で入って、古川さんの元、修業してました。

古川:当時はまだHTMLを直接書いていたんですよ。Watch編集部では「下組」っていっていましたが、原稿テキストに写真など組み込んでHTMLで読めるようにする作業が必要で、新人は、まずそこから学んでもらってました。

中林:それまで紙の編集部にいたから、本でHTMLのタグを調べながらやってましたね。そして、それをサーバーに直接コピーするという作業で、なかなか危険な作業でした。

古川:ときどき、間違えてサーバーのデータを消しちゃって、バックアップから手作業で取り戻す……なんてことを編集部でやっていた時代です。

藤本:中林さん的には、印象に残っている記事って、どの辺りですか?

中林:Windowsのカーネルミキサーを通すと音が劣化する、という話題ですかね。PV数的にはすごくいっぱいあったんですが、一方でいろいろなご意見も来ていて……。実際に話も込み入っていて大変でした。

藤本:ああ、ありましたね! メールを転送していただいた記憶が……。とはいえ、音が劣化しているのは事実であり、この問題に対して編集部やライターへクレームを入れるのは筋違い。文句は開発する側に言ったほうが、早く直るのでは? って思いましたね。確かにそれを解決する手段としてWASAPIが出てきたんだろうけど、結局、いまだに標準搭載のメディアプレーヤーはWASAPI排他モードを使ってないわけだし。

中林:そのほかのネタだとe-onkyo musicとか、何度か取材に行ったのも記憶に残っているところです。私自身がプロオーディオの世界というか、オーディオインターフェイスやモニタースピーカーの話をこの連載でいろいろ知って、憧れを持つようにもなりましたね。

そんな初心者だったこともあって、いくつか初心者用記事を書いてもらったこともありました。そんな中、1ビットオーディオの入門記事として「いまさら聞けないDSD」という記事の中で当時プレステ3のファームウェアを書き換えてDSDをリッピングされる事象があったことに触れたところ、やっぱりクレームが来たんですよね。

藤本:すみません、すみません(汗)。それどうなったんでしたっけ?

中林:一般の方から、そういう話に触れるのは倫理的に問題があるっていろいろ指摘は受けましたが、サポート外の方法を紹介したのではなく、明るみになった行為を指摘しただけで推奨はしていませんので、記事の変更はしませんでした。

阿部:自分もまだ初代PlayStation 3を持っていますよ。あるファームウェアのバージョンから先にアップデートしてしまうと、DSDがリッピングできなくなっちゃう。ですからそのファームウェアで止めたままです(笑)。

PlayStation3 初代モデル

藤本:それ以外でいうと、パイオニアのUSB端子に挿すだけで音がよくなるデバイスの取材も中林さんでしたよね。

中林:「PCにUSBを挿すだけで高音質に? パイオニアのDRESSINGの仕組みを聞いた」という記事ですね。あれもいろいろありましたね。当時、オーディオ業界では評価されていた中で「違いが分からなかった」という内容でしたからね……。

APS-DR001

藤本:いや、あれだって開発者に取材をして、きちんと開発者の主張もしっかり記事にしていますから! 嘘だとか、インチキだなんてまったく書いてないですし。最後に感想として「自分では違いが分からなかった」と正直に書いただけですから(笑)。

でも、あの取材の最後に私と中林さんで聴き比べをして……。その帰り道に中林さんに「私全然違いが分からなかったけど、中林さんどうでした?」って聞いたら、「曲によっては変化があったと思います。でも普通は分からなそう」とおっしゃってたんで、自信持ったんですよ。

古川:あれもPC界隈の人は、色んな意味ですごく盛り上がっていましたが、オーディオ界隈では快く思ってなかった人も少なくはなかったようです……。

藤本:すみません。私の耳の感度が悪すぎなんですよ、たぶん(汗)。

中林:そのあとは、同様の話として「ソニー“高音質”microSDカード開発者に質問をぶつけた」という記事ですかね。直接メーカーから何か言われたりということはなかったですが、やはりいろいろな方面で物議を醸したのは事実です。ヒヤヒヤはしましたが、いつものAV Watch読者以外の方にも多く読んでいただけました。

藤本:ごめんなさい。いっぱい、編集部にはご迷惑をおかけしてきたようで……。

ソニーのmicroSDXCカード「SR-64HXA」
2代目編集担当の中林さん

直近で最も読まれたのは「NVIDIA Broadcast」「LE Audio」

藤本:中林さんから阿部さんに変わったのって、いつでしたっけ?

阿部:さっき調べてみたら2020年4月で、まさにコロナになったタイミングでした。私は以前、オーディオ・ビジュアルの専門雑誌編集をしていまして、その後にインプレスの海外事業部に転職しました。中国向けのパンフレットや製品情報ページの作成をメーカーから請け負っていて、1年半務めた後にAV Watchへ異動しています。

藤本:ちょうどコロナになったタイミングでの交代だったので、最初に直接お会いしたのがソニーの360 Reality Audioの取材のときでしたね。担当の3年半で印象に残っている記事ってありますか?

阿部:いろいろあるのですが、実はさっき私が担当してからの期間でアクセスランキングを出してみたんです。その中で一番読まれたのは「声以外が消える!? 無料のノイズ除去、NVIDIA Broadcastがスゴい」でしたね。

藤本:えぇ!? 逆にまったく印象に残ってないくらいです。何でなんですかね? GPU搭載のボードが必要という意味で、PC系ユーザーにウケたんですかね。正直、驚きです。ちなみに2位は何でした?

阿部:「次世代Bluetooth、LE Audioで何が変わる? ソニーキーマンに聞いた」です。

藤本:えぇ!? それも意外すぎますね。確かに、LE Audioって情報がまだ少ないタイミングだったこともあって、業界の人たちが結構参考にしていたようで「読みました!」という声は何人かから聞いたけど、そんな万人ウケするような内容ではなかったし……。オンラインインタビューで聞いた内容をそのまま記事にしただけだったから、自分自身としてはあんまり印象にもないんですけどね……。

阿部:そして3位は「PC買い替え失敗!? Core i9-12900HがRyzen9 5900HXにやられた話」。

藤本:えええ!? だってこれなんて、ネタ切れでまさに苦し紛れで書いた記事。正直デジタルオーディオなんて関係ない、単なるPCネタですし……。まさに今使っているPCがこのCore i9マシンなんですが……。やっぱりインプレスのメディアだけあって、コンピュータ系の読者の方が多い、ということなんですかね。何がウケるのか、難しいところです。

阿部:ちなみに4位が「クリエイティブ史上最強仕様のオーディオDAC、Sound Blaster X5を試す!」で、それ以外だとiPad Proの音質に関する記事や、Windows 11のカーネルミキサー問題、それから中華オーディオデバイスとかですね。

3代目編集担当の阿部

藤本:なかなか不思議な感じですね。でも、それぞれタイトル勝ち? だったんじゃないでしょうかね。中華オーディオ系は2回ほどやりましたが、確かにSNSでの反響はあった感じはします。また、面白そうなものを発掘してみてもいいかもしれませんね。

10月からは月2回連載に。今後とも宜しくお願い致します

藤本:そんなこんなで、なんとか1,000回までたどり着いたわけですが、2001年のAV Watchの創刊当初、同時期からスタートした小寺(信良)さんの「小寺信良の週刊Electric Zooma!」のほうが2年も早く、1,000回を迎えて、現在は1,093回ですから、もう絶対追いつけないですよね。ハッピーマンデーは休載になるという点で、大きな差がついちゃったのかな、と。

古川:当初は、CESとかNABとかのイベントレポートで1週間に複数回掲載したことがあったので、その辺も大きいかと。

藤本:とりあえず、1,000回の目標は達成したので、この辺で、少しスローダウンできるといいなと思っていました。先日、現AV Watch編集長の山崎さんや阿部さんとも相談させていただいて、了承もいただけたので……。

中林:コアなファンの方も多いので、引退ということでなければ、いいのではないか、と。

藤本:いまも突き進む小寺さんには勝てないので、年上の小寺先輩を差し置いて、週刊の冠は外し、月に2回、第2月曜日と第4月曜日で……という形にできればと思っています。というわけで、これまで長い間、編集担当のみなさん、ありがとうございました。そして、引き続き阿部さんにはお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto