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第523回

ソニー×ソニーPCLの常設バーチャルプロダクション「清澄白河BASE」を見た

「清澄白河BASE」の中。巨大なLEDウォールと照明が備わった、バーチャルプロダクションスタジオである

ソニーPCLが2月1日、常設のバーチャルプロダクションスタジオを持つ撮影施設「清澄白河BASE」をオープンした。稼働開始から2カ月が経過しているが、現状、ほぼ利用スケジュールはフルに埋まっている状態だという。

バーチャルプロダクションとは、巨大なLEDを使ったディスプレイとカメラを連動し、映像を撮影する仕組みのこと。ディスプレイの前で演技することで、ロケ地に実際に行かなくても、撮影する映像としては「それらしい映像」になる、という仕組みだ。ハリウッド映画などでは活用が広がっており、日本でも使用例が増え始めた。本連載でも以前、ソニーPCLが都内に作った実験的なスタジオの例をご紹介したことがある。

バーチャルプロダクションの仕組み。3Dデータを巨大なディスプレイに表示し、それをカメラで撮影することでセットがわりにする

CG+ディスプレイでロケ代替、ソニーPCL「バーチャルプロダクション」を見てきた

SixTONESが3月にYouTube限定公開のパフォーマンスとして、「共鳴」「Gum Tape」の2曲のミュージックビデオを公開しているが、この撮影は、清澄白河BASEの柿落としとして行なわれたものだ。

SixTONESのミュージックビデオ撮影時の写真
※ソニーPCL提供
SixTONES 共鳴 [PLAYLIST -SixTONES YouTube Limited Performance- Day.4]
SixTONES Gum Tape [PLAYLIST -SixTONES YouTube Limited Performance- Day.5]

清澄白河BASEに用意されたのは、横15.2m・高さ5.4m、解像度9,600×3,456ドットという巨大なLEDウォール。ディスプレイユニットとしては、ソニーの「Crystal LED Bシリーズ」を使って作られたものである。

LEDウォールは横15.2m・高さ5.4mで、解像度9,600×3,456ドット。近寄ってもドットがほとんど見えない

今回は、同スタジオの中を体験しつつ、清澄白河BASEを国内のフラッグシップ・スタジオとして作った経緯や、バーチャルプロダクション向けのCrystal LED開発の状況などについて、ソニーとソニーPCL、双方に話を聞いた。

ご対応いただいたのは、ソニー株式会社・ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 商品企画部門 部門長の長尾和芳氏、同・Display商品企画1部 統括部長でVP事業室長の野村泰晴氏、ソニーPCL株式会社・ビジュアルソリューションビジネス部統括部長 小林大輔氏だ。

体育館からリノベ、車も入る「清澄白河BASE」

まず、清澄白河BASEがどんなところなのか、現地の写真を交えて解説しよう。

清澄白河BASEは、東京都江東区に新設された撮影スタジオだ。天井は高く吹き抜けで、非常に大きな建物。都内にはこれくらいの規模の吹き抜け空間のある建物はなかなかなく、元々は企業の体育館として使われていたものだそうだ。

目立つのはもちろん、横15.2m・高さ5.4m、解像度9,600×3,456ドットの巨大なLEDウォール。緩やかに湾曲して作られている。使っているのは、冒頭で述べたようにソニーの「Crystal LED Bシリーズ」だ。この辺は後ほど詳しく述べる。

LEDウォールはカメラを動かしての撮影に配慮し、湾曲した形で配置されている
カメラで撮影した映像はこのような感じに。背景が自然に自動車のボンネットなどに映り込んでいる

上部には、LEDウォールの色や撮影内容に合わせてライティングできるようにしっかりと設備が整えられており、連動して使用する。

撮影時には天井のライトも連動して利用する
天井には照明用のリグがあるが、よく見ると体育館だった時の名残も
LEDウォールに表示するためのCGや照明などは、スタジオ後方からコントロールする

スタジオが広いため、自動車を持ち込んでの撮影も可能だ。実はこの建物、隣の駐車場と繋がっており、直接自動車が入れる。機材やセットの搬入に便利であるだけでなく、アーティストがスタジオ入りする際にも使える。

アーティストが使うための楽屋や打ち合わせに使える部屋もあり、さらに、撮影でなく発表会などのイベントに対応できるよう、机のある待合スペースも用意されている。

楽屋や打ち合わせスペースも完備
ライブイベントで使うときのために、待合スペースもある

「国内フラッグシップ」を目指して開発、ソニー側は用途に合わせてディスプレイとカメラをチューニング

そもそもこの施設をソニーPCLが作った理由はなんなのか?

ソニーPCL・小林氏は次のように説明する。

小林氏(以下敬称略):国内のフラッグシップ・スタジオとして、ここをモデルスタジオに、色々なところに導入をご検討いただくことも考えています。あえて名称には「バーチャルプロダクション」とつけていません。ライブイベントなども含め、配信向けのソリューションも用意しているためです。

清澄白河BASEの狙い。バーチャルプロダクション向けは主軸の用途だが、それだけでなく、ライブイベントなどでの利用も想定

実際、清澄白河BASEには高速な回線も2系統用意されていて、映像配信イベントなどにも対応できる。

巨大なLEDウォールは、演者の後ろにプレゼンテーションを表示するためにも使える。要はアップルの発表イベントのようなことを、清澄白河BASEを借りて行なえるわけだ。Crystal LEDは解像度だけでなく発色も良く、製品発表などのイベントには向いているだろう。

とはいえ、やはり中核になるのはバーチャルプロダクション用途になることは間違いない。

ソニーPCLは自社内の実験的なスタジオや、東宝スタジオ内に設置したものも含め、複数のバーチャルプロダクション設備を実際に運営、撮影に活かしてきた。その結果作られたのが清澄白河BASEである。

ソニーPCLは各所でバーチャルプロダクション向けの設備設置と撮影のノウハウを積み重ね、その成果を清澄白河BASEに集約している

そしてその設置と開発には、Crystal LEDと、撮影に使うカメラである「VENICE」を開発しているソニー側も積極的に協力している。

ソニーはCrystal LEDとデジタルシネマカメラ「VENICE」の組み合わせを、1つのソリューションとして提供しようとしている

ソニーはバーチャルプロダクションを大きなビジネスチャンスととらえ、社内に「VP事業室」も設立した。ここが、清澄白河BASEの構築に全面協力している。

長尾氏:導入したCrystal LEDは低反射コーティング仕様で、画素ピッチが狭いことが特徴です。バーチャルプロダクションにおいては「どこまで近寄れるか」が重要なのですが、その点で有利です。また、輝度だけでなく発色の点でも広視野角なので、横から撮影しても色のシフトが少なくなっています。

そして、それを「VENICE」で撮影する場合、高コントラストかつ広いダイナミックレンジをそのまま再現できます。

Crystal LEDの色再現性に制作したCGの色再現性、そしてVENICEで撮影した色と、3つがどれだけ整合性が取れるかということが、撮影前後のプロセスの短縮につながるわけです。

そういう部分をしっかり保てるのも、ソニーならではのことかと思います。

清澄白河BASEを作る前にも、我々のCrystal LEDに関し、量産前のものを持ち込んで、ソニーPCLとともに、撮影時の副作用などの検証をかなり行ないました。

Crystal LEDとVENICEの組み合わせでどういう形で撮るとどんな映像になるのか、ということについては一通りのデータが揃っています。それを現場にフィードバックするためにも、初期段階から検証しています。

Crystal LEDの特徴と利点

野村:私はこの4月から「VP事業室」を率いています。もともとは、どうやってバーチャルプロダクション領域を広げていくか、ということで、ソニーの横断的なプロジェクトとして、カメラ部隊とCrystal LEDの部隊が一緒になってやっていたのですが、この春から事業部隊になりました。ソニーとしては「クリエイターとの共創」という考え方を推し進めているのですが、ソニーPCLの方々にも参加していただき、現場の課題をCrystal LEDとカメラの合わせ技で解決しようとしています。

実はバーチャプロダクション向けに、Crystal LEDのソフトウエア・アップデートと仕様変更もさせていただきました。「カメラシンク」という機能です。カメラは一定の周期でキャプチャリングしていますが、それとCrystal LEDの表示周期との兼ね合いで、モアレや黒いバーが出てしまうこともあるのが現場で問題になっていたので、その現象を抑えるために、清澄白河BASEの開設に合わせてアップデートしています。

そうしたことを適宜行なうことで、バーチャルプロダクションの価値を高めたいと考えています。

Crystal LEDとVENICEの組み合わせによる利点を擦り合わせて、バーチャルプロダクション向けへとさらに最適化を目指している

「カメラシンク」は、カメラの露出とCrystal LEDの表示に合わせてシャッタースピードも変わるため、その同期を取る機能だ。撮影現場のトラブルを減らすために、ソニーとソニーPCLが組む、というのはわかりやすい連携かと思う。

野村:ライブ中継向けに使う場合も、制約はかなり小さいです。ただ、フォーカスがディスプレイ面に当たった時に、画素の配列も関係し、偽色が出ることがあります。それは物理的に避けられません。商品などの色が変わるのは決して良いことではないので、それを予期して、撮影までにどこで出るのかをお知らせするのがいいのかと思います。

現場で利点を最大化、ワークフローまで含めた作業効率を追求

一方で、世の中にはCrystal LED以外のLEDウォールを使ったバーチャルプロダクションもある。現状ハリウッドでの撮影については、ソニー製「以外」のLEDウォールの方が多いのが実情だ。

では、そうしたものとCrystal LEDを使うものとでは、どこが違い、どういう利点があるのだろうか?

野村:バーチャルプロダクションの課題として、背景のLEDが撮影時に起こす「モアレ」の問題は良く言われます。ハリウッドでは非常に大きなセットを組んで、そこに巨大なLEDウォールを作ることが多いのですが、理由はモアレ対策です。モアレが出ないように、LEDウォールから被写体を20フィート(約6m)は離さないといけない……と言われているので、その結果、撮りたい絵が撮れていない可能性があるんです。

画素ピッチが小さいCrystal LEDだと、カメラが前後に動ける幅をとりやすくなります。従来は「距離をとる」という形でしか解決しづらかったのですが、Crystal LEDの場合だと撮影現場での選択の幅が広がります。

バーチャルプロダクションはまだ新しい技術である。そのノウハウは浸透しているとは言い難い。だからこそ、スタジオ側と撮影側の連携が重要になる。

小林:我々の一番の強みにしているところは「スーパーバイズ(管理・指導)」ができることです。コンテなどの段階から作業に協力し、「この撮影の仕方だとあまり良くない」といったことを事前に伝え、改善に活かせます。シーンによっては、「ここは本当にCGで作る必要があるのか。スクリーンプロセス(背景に実写映像を流して、その前で演技して撮影する手法)でいいのではないか」といったことも提案できます。CGの作り方なども、カメラの動きと合わせて、最高のものを提案できます。我々は、新しい技術をいち早く試すための技術陣を抱えているので 、その中で確認したことが、現場へのフィードバックとして戻っていくのです。

野村:CG制作については、本番制作の前のプリ・プロダクションの段階で、Crystal LEDに映像を流すこともあります。どうCGを置くべきか、そこにスタジオではどうライティングし、カメラはどのレンズでどこから撮るべきか、といったことをテストできるわけです。そこから、「では実際の3Dアセットはどうするのか」「被写体の撮影はどうするか」を決められます。

それをやらないでいきなり本番になると、「ああ、これは良くなかった」ということで手戻りが発生してしまいます。それを撮影の前段階で確認できる、ということが大きいです。

小林氏は清澄白河BASEを「ビジネスの場であり、技術検証の場でもあります」という。

ソニーにとってもソニーPCLにとっても、撮影現場で得られるノウハウは非常に大きいもので、そこから他の撮影に、さらにフィードバックが行なわれていく。

そうした積み重ねができて、さらにセッティングの時間が短くなることも、「常設スタジオ」がある利点である。

おそらくは我々が目にする映像の中に、気がつかないうちに清澄白河BASEで撮影されたものや、そのノウハウが活用されたものが増えていくことになるのだろう。

西田宗千佳