小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第924回
ネット配信者注目! お年玉で買える本格スイッチャー、BMD「ATEM Mini」
2019年12月18日 08:00
コンシューマ向けスイッチャー?
過去コンシューマでのネット動画は、編集したものをアップロードするサービスと、ライブ配信を行なうサービスは別の文脈として語られていた。前者の代表がYouTube、後者の代表がUstreamだった時代だ。
しかし時代は進み、どちらもあまり区別なく語られるようになった。ライブ配信したものもそのままアーカイブとして視聴できるところから、コンテンツとして区別されなくなってきたように思う。加えてYouTubeもライブ配信に対応した事で、ますます境目がなくなっていった感がある。
ライブ配信の良さは、すなわち手離れの良さでもある。しゃべったその場でコンテンツが完成していくので、現場が終わったら解散できる。ライブの現場を仕切れる力量があるパフォーマーなら、ライブ配信のほうが収益性も高い。
ただ、現在のライブ配信はスマホ1本のライブチャット的なものがまだまだ根強いところである。気軽に参入できるのは魅力だが、いつまでもそのレベルではクオリティ面での淘汰が起こった時に生き残れない。
そんな中、複数のカメラやPC、ゲーム画面を切り換えたり合成したりできるスイッチャーに、注目が集まっている。このジャンルを開拓したのは2011年発売のローランド「VR-5」だが、当時の価格で50万円近かった。その後小型化、低価格化も進み、4入力で10万円程度にまで下がったが、さらにその記録を塗り替える製品が現れた。
様々なプロ用映像機器で価格破壊を続けるオーストラリアのBlackMagic Designが11月から発売を開始した「ATEM Mini」は、4入力のHDMI端子を供え、直販価格で35,980円と驚異のコスパを誇る。
ATEMは同社の本格スイッチャーブランドだが、ここまで低価格な製品は初めてとなる。コンシューマにも守備範囲を広げたATEM Miniの実力を、試してみよう。
「最小限」を具現化したボディ
まず本体は、片手で持てる小型・軽量サイズで、幅237.5mm、奥行き103.5mm、高さ35mmとなる。ボディは樹脂製で、重量は550g。
表面のボタンは素材がシリコンで、プニプニした感触の奥にクキッとしたスイッチ感がある。スイッチャーというと、2つの信号を切り換えるためのフェーダーが付きものだが、本機はそれを省略してあるため、表面に出っ張りがない。端子類は背面のみで、両脇、前面に端子類は何もない。
能力としては、HDMI入力を4系統供え、それをミックスしてHDMIとUSB-C端子から出力を得るスタイルだ。マイク/アナログライン入力も2系統備える。
入力と出力は、接続した相手に応じて自動的に解像度やフレームレートを追従させる方式。つまりフォーマットが異なる入力信号が来ても、内部的につじつまが合うよう変換してくれるので、本機にはただ繋ぐだけでコンバータ等は必要ない。ただし解像度は1080および720で、4Kには対応しない。
電源はACアダプタを接続するスタイルだが、脱落防止のためにネジ留めできる特殊な端子となっている。LAN端子も備えるが、これは別途PC用ソフトウェアで本体をコントロールするためのものだ。
本体だけで最低限のスイッチングが可能
ATEM Miniは、見た目からしても簡単に使えそうなスイッチャーである。初心者でも気軽に買える価格ではあるが、専用コントローラソフトと組み合わせると、上位機種と変わらないレベルの本格的な機能も搭載している。ここでそれを解説しても多くの方にとっては意味が分からないと思うので、まずは本体だけで簡単に使える機能をご紹介しておく。経験者向けの機能は、次の小見出し以降で解説する。
まず本体のセットアップだが、前段で解説したとおり、入力や出力フォーマットは、接続先の機器に応じて自動的に変更される。したがって、まずは入力機器と出力機器の電源を入れて本機に結線したあと、最後に本機の電源を入れる方がいいだろう。フォーマットの変更は電源投入時に行なわれるので、先に電源を入れてしまうと、なにも絵が出ない可能性がある。
まずは右下のボタンはCUTを選択しておき、1番から4番までのボタンを切り換えて、各入力がきちんと切り替わるかテストだ。1から4のボタンの上にある小さいボタンは、オーディオの振る舞いを決めるボタンだ。ONとOFFは各HDMIからやってくる音声のON・OFFである。上下ボタンは、音量の上下となる。
4入力の音を全部ONにしてしまうと、全部の音がミックスされて出てくる事になる。必要な音のみをONにしていく。映像と一緒に音声も切り換えたい場合は、AFVボタンを押しておく。このボタンが点灯している入力は、その映像を選んだときだけ音声も出力される。
マイク部分に関しては、難しいところはないだろう。ON・OFFはマイクを生かすかどうか、下の上下キーは音量だ。
エフェクト部の6つのボタンは、映像切り換え時にかかるエフェクトを選択する。AUTOボタンを点灯させて、4つの入力ボタンを切り換えると、エフェクトがかかる仕組みだ。エフェクトの秒数は、CUTの上にあるDURATIONボタンで選択できる。
FTBは、Fade to Blackの略だ。ネット配信の開始前に黒に落としておいたり、配信の最後に黒に落とすという時に使う。
HDMI出力は、デフォルトではスイッチャーの映像出力が出るので、今どういう絵になっているのか確認するため、テレビやHDMI入力付きのPCモニターでも繋いでおくといいだろう。
USB-C端子からも、同様にスイッチャーの映像出力が出る。PCに直結すると、PC側からはWebカメラとして認識されるので、Webカメラ映像が使える配信ツールなら大抵は使えるだろう。
そのほかパネルには、PinP(子画面表示)とKeyのボタンがあるが、どの映像をはめ込むのかの設定はソフトウェアを使わないと指定できないので、本体パネルだけでの操作だけでは使えないことになる。
少なくとも、映像の切り換えと音声のミックスは本体だけでできるので、一般の方がプライベートや業務で行うネット配信なら、十分役に立つだろう。
ソフトウェアでフル機能を試す
ここからはスイッチャー経験者向けに機能を紹介する。初心者の方は読み飛ばしていただいて構わない。
ATEM Miniのフル機能にアクセスするには、Windows/Mac用コントロールソフトである「ATEM Software Control」が不可欠だ。おそらく製品版にはSDカードか何かで付属していると思うが、ネットからはBMDのサポートページのATEMソフトウェアアップデートからダウンロードできる。
なおこのソフトウェアは上位機種と共通なので、ATEM Miniにはない機能でもボタン類だけは存在する。使えない機能はグレーアウトするので、使いづらくはないだろう。
本体とPCは、USB-Cケーブルか、Ethernetケーブルで接続する。USBだと1対1だが、LAN経由だと複数のPCから1台のATEMをコントロールできる。
ATEM MiniはABバスがないように見えるが、ATEM SetupというソフトウェアでCut BusとP/Pが選択できる。Cut Busがデフォルトで、1〜4のボタンを切り換えると瞬時にスイッチングする。P/Pを選択すると、現在オンラインのボタン以外のボタンを選ぶと、グリーンに点灯し、ネクスト選択状態となる。ネクストを選んでも絵が見えないと意味がないが、このモードの時はHDMI出力をPreviewにしてモニタリングしておき、PGMはUSB出力のみ、という使い方になる。
ATEM Miniには、内部に20枚のスチルストアがある。ATEM Software Controlで、接続したPCから画像転送が可能だ。静止画はアルファチャンネル付きでPNGで保存しておくと、キーヤーでエクスターナルキーとして扱う事ができる。なおこのストアは、本体電源を切ると消失する。
本体パネルだけでは扱えない機能の筆頭は、キーヤーだろう。本機はアップストリームキー×1、ダウンストリームキー×1の2キーヤーとなっているが、キーソースの選択はソフトウェアでしか行なえない。またアップストリームキーのON・OFFは本体パネルでも可能だが、DSKは完全にソフトウェアだけのオペレーションとなる。
DSKのところにある「TIE」は意味が分からない人も多いだろうが、これはSDKをPGMもしくはPreview側に紐付ける機能だ。ネクタイのTIEである。例えばPGM出力でDSKがONの時にTIEキーを押すと、ネクストのPreview側にトランジションした際には、同時にDSKもOFFになる。通常DSKはP/P列の後段に来るので、P/Pの動きと関係なく上に乗ったままになるが、TIEを使うともう一つアップストリームキーが増えたような使い方となる。
PinPの設定は、アップストリームキーのDVEというタブでコントロールする。一方トランジションにあるDVEは、画面を取りきるまで動くので、機能としては別だ。この2つは排他仕様となっているので、片方をOFFにしないと有効にならない。
もっともトランジションのDVEでも、フライキーを設定するとDVEの動きを途中で止めることができるので、結果的にPinPと同じような機能となる。このあたりは、DVEというエフェクトソースをいろんなところで使い回ししていると考えれば、理解が早いだろう。
上位機種にはワイプボーダーの中に特定の映像をはめ込む「スティンガー」という機能が使えるが、ATEM Miniでは使えないようだ。
バックカラーも2色選択できる。これも本体パネルでは扱えず、ソフトウェアのみのコントロールとなる。
オーディオミキサーも、重要な機能だ。画面を見れば分かると思うが、入力3と4はモノラル入力となるので、ステレオソースを扱う場合は注意が必要だ。
総論
ATEM Miniは、本体パネルだけ見たらそれほど機能を持たない簡易スイッチャーのように見えるが、中身はほぼ上位モデルと同じような機能を持っている。ただ、全部の機能を使うためにはパネルのボタンだけでは足りず、ソフトウェアの力を借りる必要がある。
つまり今のデジタルスイッチャーは、一番コストがかかるのが人間のインターフェス部分ということである。そこを大胆に削ったため、これだけの低価格で実現できたという事だろう。
ソフトウェアのATEM Software Controlは、初代ATEMが登場したときからずっと開発が続いており、ほぼほぼできあがったものがそのまま付いているだけ、という格好である。したがって上位機種のATEMを使ったことがある人ならお馴染みのUIだが、初めてATEMを使う人は、本体パネルとソフトウェアUIが全然違うので、覚えることが2倍あって大変かもしれない。
ただ、信号の細かい違いなどがよく分からない人でも、繋げばとりあえず絵が出る仕組みになっており、スイッチャー初心者は本体だけでも機能の50%程度は利用できる。ただ、現在のステータスを示すディスプレイ表⽰が何もないので、手探りな感じはするかもしれない。最初は上手く使えなくても、やはりソフトウェアも使いつつ、徐々にフル機能を覚えていくのがいいだろう。
最終的にフル機能が使えることを考えたら、税抜き¥35,980は破格に安い。ネット配信を業務とする人なら、メインで使わなくてもサブスイッチャーとして1台持っていていい製品だ。