レビュー
高音質“その先へ”。FiiOの新定番DAP「M11S」を聴く
2022年9月1日 08:00
FiiOの「M11」と言えば、10万円を切る価格ながら、高音質と多機能を両立したハイコストパフォーマンスDAPとしてお馴染みのモデルだ。そのM11の後継機種となる「M11S」が9月2日に発売された。
価格はオープンプライスで、店頭予想価格は88,000円前後と、M11Sも10万円を切る価格を維持。それでいて、DACを刷新するなど、大きな高音質化を実現したという。だが、実際にM11Sを使ってみると、“音が良くなった”だけではない、もう1つの大きな進化を実感。そしてこの進化は、DAPという製品の未来にも大きく関わるものだった。
M11とM11Sの違い
型番に「S」が付いただけなので「中身をちょっと変えただけのマイナーチェンジモデルかな?」と思われがちだが、実際にM11とM11Sを手にとってみると、筐体サイズからディスプレイの大きさまで、まるで違う。完全に“新たに作られたモデル”だ。
わかりやすい外観から進化点をピックアップすると、ディスプレイはM11の5.15型から、M11Sでは5型に、数字の上では少し小さくなった。ただ、筐体も含めてディスプレイが少し横長になっているので、ぶっちゃけ実物を見ると、M11Sの方が画面が大きく見える。
また、ディスプレイ自体の発色や輝度もM11Sの方が良くなっているので、その点でもM11Sの方が“ディスプレイが進化した感”が強い。
外形寸法は、M11が130×70.5×15.5mm(縦×横×厚さ)だが、M11Sは125.2×74×18.5mm(同)と、少し横方向に大きくなっているのがわかる。また、厚みも3mmほど増えた。重量は約211gから約271gと重くなっているが、筐体が幅広で、手でガシッとつかみやすいのであまり重くなったという感じはしない。
ボタン類で大きな違いは、左側面にあるボリュームが、M11はダイヤルだったのに対し、M11Sはシーソータイプになった。どちらも手探りでの操作はしやすく、好みによると思うが、個人的にはシーソータイプ方が、1目盛りずつの細かな音量調整がしやすく感じる。
底部にUSB-Cとイヤフォン出力を備えており、3.5mmアンバランス、2.5mmバランス、4.4mmバランスを備えているのは、M11から変更はない。ただ、このイヤフォン出力は、ラインアウトとしても使えるのだが、M11の場合、それができるのが3.5mmアンバランスのみだったが、M11Sは4.4mmバランス出力でも使えるようになった。
外部アンプやアクティブスピーカーとバランスで接続し、より高音質な据え置きのオーディオ環境を構築したい、といった時に便利だろう。
SoCが強力なものに進化した理由は“スマホに負けないため”
外観的な違いを挙げて来たが、M11とM11Sが最も異なるのは、内部に搭載しているSoCだ。M11は「Exynos 7872」というチップを使っていたが、M11Sでは、最新スマホでもお馴染み、Qualcommの「Snapdragon 660」という強力なSoCを内蔵している。
「ああ、新しいSoCを搭載したのか」とサラッと済ませてしまいそうな部分だが、実はDAPに処理能力の高いSoCを採用するのは、かなり大変な事だ。御存知の通り、スマホはもはや“現代人の必需品”的な存在になりつつあり、製造する時も、その台数は非常に大きなものになる。作る数が多い場合、搭載するパーツが高価であっても、量産効果でコストを抑えられる。
一方で、DAPの生産台数というのはスマホと比べると、文字通り桁違いに少ない。いや、FiiOは世界的なポータブルオーディオメーカーに成長しているので、作るDAPの数はオーディオメーカーとしては世界トップレベルに多い。しかし、それでもスマホの台数にはまったく太刀打ちできない。
つまり、作る数が少ないと、スマホのように「高価なパーツを採用して、超大量に作ってコストダウン」という技が使えない。そのため、DAPには、高価なSoCが使えず、スマホよりも処理能力の低いSoCが採用されがちになる。そうなると、当然ながらモッサリとした操作感のDAPになってしまう。
ここに危機感を持っていたのが、他ならぬFiiOだ。今のDAPユーザーは、DAPだけでなく、スマホも一緒に持ち歩く。つまり、DAPとスマホの操作感を毎日比較している。その上で、世の中が「モッサリ動作のDAP」ばかりになると、そこにユーザーがフラストレーションを感じて、最終的には「DAPが使われなくなってしまうのではないか」と考えたそうだ。
そこで、「スマホと比べても、フラストレーションを持たずにサクサク動くSoC」としてSnapdragon 660を搭載した。もちろん、ゲームをバリバリプレイするハイエンドスマホのSoCと比べると処理速度は劣るが、10万円を切るDAPに搭載するSoCとしては非常に強力だ。
その効果は、試聴で操作しているだけで良くわかる。M11は、ザーッと楽曲を高速スクロールして、途中で止める時や、FiiO Musicアプリからホーム画面に移動し、またFiiO Musicアプリに戻る時などに、少し引っかかるような感覚や、画面の切り替わりでガクッと一瞬止まる時がある。
M11Sはそういった引っ掛かりがまったくなく、ズラララーッ!! とスクロールして、ビタッと止め、タップするとすぐに音楽がスタート。アプリの切り替えもスムーズで、使っていて気持ちが良い。M11も、そんなに動作が重いわけではなく、DAPの中では快適に使える部類だと思うが、やはりM11Sと比べると見劣りしてしまう。スマホを新機種に買い替えると、前のスマホに触りたくなくなる感じに近い。
また、搭載しているAndroid OSも7.0から、10へと進化。さらにM11SではGoogle Playにも対応し、様々なアプリをインストールしやすくなった。ハイレゾ配信のAmazon Musicをインストールして使ってみたが、このアプリもサクサク動かせる。Amazon Musicアプリは、FiiO Musicよりも“重い”アプリだが、SoCの処理能力の高さが活かせている。
そもそもAmazon Musicアプリは、DAPで快適に動かすのはかなりキビシイアプリで、他社のDAPでは動きがモッサリし過ぎて、「スクロールして楽曲を選んで再生したと思ったら、スクロールがガクガク過ぎて違う楽曲をタップしていて、別の曲が再生された」なんて事もある。それがストレスになり、DAPを使わず、スマホで再生するようになってしまった事もある。
M11Sは、そんなAmazon Musicアプリでもかなりサクサク処理してくれるので嬉しい。どんなに音が良くても、使っていて苦痛なDAPは、結局使わなくなってしまう。“長くDAPを活用できる快適さ”を実現しているという事は、ある意味、高音質である事よりも重要かもしれない。
Amazon Musicもそうだが、M11SはGoogle Playに対応し、Apple Musicがインストールできるというのも大きな進化。iPhoneでApple Musicを既に使っている人は、同じアカウントでM11Sを使えばより高音質でApple Musicが楽しめるわけで、魅力が一気にアップしたと言えるだろう。
大出力ではない時も、低ノイズ
音質面の進化もチェックしよう。
大きなポイントとして、搭載しているDACが、M11は旭化成エレクトロニクスの「AK4493EQ」×2基だったが、M11SはESS Technology製のDACチップ「ES9038Q2M」×2基に変更された。
ES9038Q2Mは、1基で左右チャンネルを再生できるDACチップなのだが、これをあえて片チャンネルのためだけに使用したリッチなデュアルDAC仕様。データとしては、PCM 384kHz、DSD256(11.2MHz/USB入力のDoP再生時はDSD128)に対応する。
さらに、上位モデル「M11 Plus ESS」と同様のFPGAを中心としたデジタル領域信号処理回路+フェムト秒クロック水晶発振器による「デジタル・オーディオ・ピューリフィケーション・システム(DAPS)」も採用。
これは、SoCから送られたデジタルデータを、独自のPLL技術を搭載した独自開発の第4世代FPGAを経由させ、FPGA内でデジタルオーディオ信号としてDACが最も真価を発揮しやすいよう処理するもの。DAPSには、44.1kHz系専用、48kHz系専用と、2基の超低ジッター・フェムト秒クロック水晶発振器も含まれており、極めて高精度なD/A変換を実現している。
このDAC回路と組み合わせるヘッドフォンアンプ部には、M11と同じオペアンプの「OPA1642」+「OPA926」を採用。米THXと協力体制で製品を開発した経験を活かし、FiiOが新たに開発した新世代ヘッドホンアンプ回路となっており、670mW(32Ω・バランス出力時)という高い駆動力も実現している。
また、このアンプは特に“ノイズの低減”にもこだわって開発されており、FiiOのDAP史上最も低ノイズな上位機M11 Plus ESS譲りの低ノイズを、M11Sは実現している。
さらに、高感度なイヤフォンを使うユーザーが多い日本市場の要望も踏まえて、“それほど大出力をしていない状態でも、低ノイズである事”を追求。イヤフォンと組み合わせた時も、クリアな音が楽しめるDAPに仕上げられている。
音を聴いてみる
M11とM11Sを比較しながら聴いてみよう。まず、お馴染み「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」(192kHz/24bit)をM11で再生する。イヤフォンはfinal B1や、FitEar「TG334」をバランス接続をメインに使っている。
まずM11を聴く。ワイドレンジなサウンドで、広い音場に広がる音の響きや、ギターの描写などはナチュラル。クセが少なく、優等生的なサウンドだ。ベースの深さも十分にあり、凄みのある低音も出せている。このあたりの“重厚さ”“ドッシリ感”は10万円以下のDAPとは思えないクオリティで、「さすがはハイコスパな定番DAP」と納得だ。
M11Sに切り替えると、音が広がる空間の左右や奥行きがより遠くまで見渡せるようになり、ボーカルやギターといった音像の描写がより細かく、音像と音像の間にある“空間”も意識できるようになる。全体としてスッキリとしたサウンドになっており、クールでシャープな描写に“ESSっぽさ”を感じる。
だが面白いのは、“シャープなだけの、無味無臭サウンド”になっていない事だ。組み合わせているアンプの効果もあると思うが、ギターの響きの艶やかさや、ボーカルの低い声の部分、ベースの低域がグッと押し寄せる時の“熱さ”がしっかり含まれており、「薄味」どころか「グッと来る」音になっている。
クラシックの「展覧会の絵」より「バーバヤーガの小屋」や、「機動戦士ガンダムUC」サントラの「MOBILE SUIT」など、無数の音数が押し寄せてくるような楽曲を聴くと、全体のレンジの広さと、音数が多くてもそれをスッキリと描き分ける描写力、そして中低域の迫力と、“美味しい部分”がしっかりと味わる。
こうした、スケールの大きさや“音作り”の上手さに、単体DAPで音楽を聴く魅力を感じる。昨今、情報量の多さでは、完全ワイヤレスイヤフォンやスティック型のDACアンプ、Bluetoothレシーバーなどの進化が著しいが、高い駆動力を持つアンプや、それを実現する強力な電源部、DACチップだけではない周辺回路も含めた作り込みといった要素は、まだまだ単体DAPが優れている。こうした部分をキッチリ追い込んで音作りされているので、「やっぱりDAPって凄いわ」という満足感がある。
逆に言えば、TWSや小さなDACアンプからオーディオに興味を持った人が、「単体DAPを買ったら、どれくらい音が良くなるのかな?」と買ってみた時に、その期待にしっかり応えてくれるサウンドクオリティになっている。これは10万円を切る“新時代の定番DAP”にとって最も重要な点であり、M11Sは、それを十二分にクリアしていると言えるだろう。
アンプの駆動力も非常に高いので、能率の低いヘッドフォンでも余裕で鳴らせる。例えば、手持ちのヘッドフォンの中でも鳴らしにくいフォステクスの平面駆動型「RPKIT50」(インピーダンス50Ω)を、4.4mmのバランスで接続。M11Sは、ゲインモード切り替えが可能で「ハイ」「ミッド」「ロー」の3段階から選べるが、「ミッド」で十分で、フルボリューム値120のところ、80~90あたりで十分な音量が得られる。このヘッドフォンで低音を出すのは難しいのだが、M11Sであれば、ズシンと響く地鳴りのような低い音が出せる。
なお、TG334で聴いている時に、音が鳴っていない瞬間や、音楽が広がる背景の空間にホワイトノイズはほとんど感じない。IEMでノイズに悩まされている人にもマッチするDAPだろう。ゲインを「ロー」から「ミッド」に設定を変えても同様だ。「ハイ」だと音量が上がりすぎてしまうので設定する事はないだろう。
配信のAmazon Musicアプリに切り替え、「藤井風/まつり」や「米津玄師/M八七」も聴いてみた。「まつり」は、低音のビートが鮮烈な楽曲だが、M11Sではそれが非常に深く、ソリッドにザクザクと刻まれて聴いていて非常に気持ちがいい。まさにオーディオの快楽だ。
「M八七」は、宇宙空間を見上げているような広大な音場に、ストリングスが気持ちよく広がり、そこに展開するボーカルとコーラスの重なり具合が繊細に描写される。こうした低音の力強さ、空間の広さ、それらの音の描き分けの繊細さは、さすが単体DAPというクオリティ。スマホ + TWSではなかなか到達できない世界だ。
Amazon Musicアプリも使い、「宇多田ヒカル/One Last Kiss」を聴いてみたが、しっかりとロスレスで再生でき、かすれそうな吐息が艶やかなボーカルの質感がじっくりと味わえた。
これらのアプリで楽曲を検索し、スクロールし、スキップし……あれこれ操作しながら再生する際のレスポンスが非常に良い。“音が良い”だけでなく“快適に使えることの重要さ”を体現してくれるDAPでもある。それが、数十万円のハイエンドDAPではなく、10万円を切る定番DAPで実現している事が何より嬉しい。スマホと共存できる“FiiOが考える新時代のDAPの姿”を体現したのが、M11Sというわけだ。
(協力:エミライ)