レビュー

10万以下で驚異の音! Q AcousticsアクティブSP「M20」をAIRPULSE A80と比較

Q AcousticsのBluetooth対応アクティブスピーカー「M20」

ヘッドフォン/イヤフォン難聴の若者が増えているというニュースを、ここ数年何度が目にしてきた。長時間大きな音量でヘッドフォン/イヤフォンで音楽を聴き続けることが日常化すると、蝸牛手前(鼓膜側)にある高域信号を受容する有毛細胞が死滅していき、高音が聞き取りにくくなる。結果、授業中の女性教師の声が聞きづらくなって、成績が落ちるなんてことがあるらしい。

難聴が恐ろしいのは、一度耳がダメージを受けると、近視と同じで回復の見込みがほぼないこと。重症化すると、若くして補聴器のお世話になるしかないのだ。

そこでぼくが思うのは「家に帰ったらスピーカーで音楽を聴きましょ。いいオーディオで聴けば小音量でも音楽が心に沁みますよ」ということ。外出時にポータブルオーディオ機器の世話になったとしても(ぼくも世話になってます)、家ではスピーカーで音楽を聴いて、ヘッドフォン/イヤフォンの使用時間を減らしていこうというわけである。

ぼくが学生時代を過ごした1980年前後は、ふつうの音楽ファンの若者がスピーカー、アンプ、レコードプレーヤーをそれぞれ個別に選んで買う「コンポーネント・オーディオ」が一般的だった。

“ゴッキュッパ(1本59,800円)”のスピーカーと“ロクキュッパ(69,800円)”のアンプがそのスタートラインだったりしたのだ。ペア12万円のスピーカーと7万円のプリメインアンプを音楽好きのふつうの若者が、ローンなど組んで買っていたと言っても、出費に慎重な今の若い人たちはなかなか理解できないだろう。

コンポーネント・オーディオでスピーカー・リスニングを実践すべしと言っても、ハード機器の価値がおそろしく下落してしまった現在、多くの若い音楽ファンに支持してもらうのは難しいに違いない。

そこで、これからのスピーカー・リスニングの本命として注目してほしいのが、ワイヤレス・アクティブ・スピーカー。アンプいらずで、PCとUSB接続したり、DAPやスマホとワイヤレス接続することで快適に音楽が楽しめるホームオーディオ用スピーカーである。

ペア10万円以下のワイヤレスアクティブスピーカー、注目の2機種

エアパルス「A80」

国内外のメーカーから様々なモデルが発売されているが、10万円以下で圧倒的な魅力を放っているのが、エアパルス「A80」(実売ペア95,000円)だ。

ぼくもこのスピーカーを1セット所有している。PCとUSB接続で聴くハイレゾファイルの音は聴き応え十分だし、Bluetoothで聴く高圧縮のスマホ音源も「この便利さで、この音に文句言うほうがおかしいかも」レベルのサウンドが実現されている。

そしてつい最近、A80と同じ価格帯で、実に魅力的なワイヤレス・アクティブ・スピーカーが登場した。Qアコースティックの「M20」(ペア95,700円)である。

Qアコースティックの「M20」

本機を自室でテストしてみて、その音の良さに驚愕。つい衝動買いしてしまったことをまず告白しておきます。ここでは、その魅力をエアパルスA80 との比較を交えて述べてみたい。

M20を聴いてみる

Qアコースティックは英国のメーカーで、設計を担当しているのは、カールハインツ・フィンクというドイツ人。彼は1980年代半ばから長きにわたって欧州や日本メーカーのスピーカー設計を支援してきたフリーランス・エンジニアだが、2016年には自らの名前を冠した「フィンクチーム」という高級スピーカー・ブランドを立ち上げている。

Qアコースティックの家庭用パッシブ・スピーカー「3000i」シリーズの、価格の枠を超えた音の良さについて以前AV Watchでも書いたことがあるが、ついに同社から時宜を得たハイC/Pのワイヤレス・アクティブ・スピーカーが登場してきたわけだ。

ペア2万円台から“驚きの音”、Q Acoustics「3000i」スピーカーを聴く

M20はエアパルスA80よりも一回り大きいキャビネットに、5インチ(125mm)のパルプコーン・ウーファーと、0.9インチ(19mm)のソフトドーム・ツイーターがビルトインされている。なお、フロントグリルが取り外せないのでユニットは目視できない。

左がA80、右がM20。A80は140×240×255mm(幅×奥行き×高さ)、M20は170×296×279mm(同)と、M20が一回り大きく、特に奥行きが長い

片方のスピーカーに入力端子、アナログ入力用A/Dコンバーター、デジタルレシーバー、DSPプリアンプ、デジタルクロスオーバー、それにそれぞれのユニットを駆動する計4チャンネル分のクラスD(デジタル)アンプが内蔵されている。もう一方のパッシブ型スピーカーにはスピーカーケーブル(付属)で信号を送る仕様だ。

M20の背面
アンプが入っていない方の背面。左右のスピーカーを接続するのは、一般的なスピーカーケーブルだ

入力はUSB-B、光デジタル(TosLink)のほかアナログ(RCA/3.5mm)があり、ワイヤレスのBluetoothにも対応している。天面LEDの色で、現在どの入力を選んでいるかがわかる。また、低音強化のためのサブウーファー出力端子も用意される。

アクティブ型スピーカーのほうには、そのスピーカーをL/Rch どちらにするかを決めるスイッチのほか、低域特性を調整するEQスイッチ(3ポジション)がある。また、入力切替えと音調調整が可能なリモコンが付属する。

JBLの大型スピーカー「K2S9900」の前に設置したM20

ぼくが愛用するJBLの大型スピーカー「K2S9900」の前に置いた3000iシリーズ用スピーカースタンドに載せてM20を試聴していく。ここではPCではなく、ルーミンのネットワークトランスポート「U2MINI」と本機をUSB接続、ミュージックサーバー「DELA N1A/2」に収めたハイレゾファイルやCDスペック以上の音楽ファイルが聴けるストリーミングサービスTIDALの音源を主に用いた。

ルーミンのネットワークトランスポート「U2MINI」

先述したEQスイッチのポジションは、側方と後方の壁から大きく離したセッティングなので、もっとも低音の出力が高くなるポジションとした。M20を部屋の隅や壁際、本棚の中に置いた場合は、反射の影響やバッフル効果で低音の出力が盛り上がることが予想されるので、その場合は低域レベルを下げるポジションを選ぶといいだろう。

こういう低域の調整ができるのも、アクティブ・スピーカーならではの利点だと思う。なお、バスレフポートからの低音を減衰させるスポンジも付属する。

ぼくの部屋でこういうフリースタンディング・セッティングで小型スピーカーをテストしたことは何度もあるが、低音が痩せてさびしく感じられるケースがほとんどだった。しかしM20は違う。量感に不満を抱かせない実在感に満ちた低音を聴かせてくれるのである。

様々な音楽を聴いてみたが、エネルギーバランスがきわめて真っ当、中低域が充実しているので、どんな音楽を再生しても不満を感じさせない見事な音を聴かせるのである。安価なアクティブ・スピーカーは、低音を強調し、ハイ上がりの印象のいわゆる“ドンシャリ”型が多いが、M20 は「大人の音」をさりげなく提示するのだ。ぼくが本機の音を聴いて衝動買いした最大の理由はここにある。

超安価な3000iシリーズの音の良さにもたまげたが、外部アンプを必要としないアクティブ型のM20なら、Qアコースティックが希求する音世界が思い通りに実現できるわけで、その完成度の高さに感服させられた次第。

とくにヴォーカルがすばらしい。中域のリニアリティ(直線性)に優れるので、声の表情が豊かで、音楽がスムーズに心に沁みるのである。この音調ならば、大型テレビの両サイドに置いて、テレビの光デジタル出力を用いて本機とつなぎ、人の声の質感表現が重要な映画やドラマを観るのもいいだろう。

また、2ウェイ・ユニットを近接配置しているメリットなのか、ぼくの部屋のように壁から離したフリースタンディング・セッティングでは、音場の広がりがすばらしい。眼前に幅と高さと奥行を伴った生々しいサウンドステージが出現するのだ。

頭内定位が運命づけられたヘッドフォン・リスニングでどうしても実現できないのが、前方定位を前提としたこのリアルなサウンドステージなのである。

M20は奥行が約30cmもあるので、デスクトップで使用するには大き過ぎる。ぜひこのような本格的なステレオ・セッティングで使ってほしいと思う。

手持ちのiPhoneとBluetoothでペアリングし、Amazon MusicやApple Musicの音源もいくつか聴いてみた。ルーミンU2MINIのような本格的なネットワーク機器とUSB接続した音に比べれば、音が痩せて音圧感に不満がないではないが、スマホと本機だけでこんな本格的なステレオサウンドが聴けるとはオドロキの一言。ぼくならスマホのアプリ「radiko」や「 らじるらじる」で愛聴しているラジオの音楽番組で新譜チェックなどに用いたい。

A80とM20を比べてみる

では、M20 と同価格帯で大人気のエアパルスA80 との違いをチェックしてみよう。

A80を設計しているのは、フィル・ジョーンズというイギリス人。アコースティックエナジーやボストンアコースティック、aadなどで音の良い小型スピーカーをいくつも手がけ、ハイエンドオーディオの世界で確かな足跡を残した人物だ。ベースプレーヤーとしてプロを目指したこともあり、自らの名前を冠したPJBブランドのベースアンプでも大成功を収めている。

A80はM20よりも一回り小さいキャビネットに、4インチ(115mm)のアルミコーン・ウーファーとホーンロード型リボン・ツイーターが装填されている。この大きさならば、デスクトップでの使用も可能だろう。

A80

入力端子やBluetooth対応、エレクトリック・クロスオーバーを用いたバイアンプ駆動など仕様面はM20とほぼ同じ。アクティブ型スピーカーからパッシブ型への接続は、スピコン端子採用の専用ケーブルで行なう。機能面でA80と異なるのは、バス/トレブル調整ダイヤルが設けられていることくらいか。

A80の背面

M20の試聴で使ったスピーカースタンドに載せ、A80を聴いてみよう。左右と後ろの壁から大きく離したこのセッティングだと、やはり低音の量感が削がれる印象で、バスを+3ほどブーストして聴くことにした。M20試聴時同様、ルーミンのネットワークトランスポートU2MINIとUSB接続でその音を聴いた。

この部屋で久しぶりにA80の音を聴いたが、これまた価格が信じられない高音質ワイヤレス・アクティブ・スピーカーだとの思いを深くした。

音調はM20とかなり違う。充実した低域から中低域で音楽をゆったりと描写するM20に対して、A80はより鮮烈でワイドレンジなサウンド。ウーファー口径の違いがサウンドに如実に表れていて、A80はバスを+3ほどブーストしても低域の量感は少ない。

しかし、解像感と澄明さは明らかにM20を上回る印象だ。パルプとアルミの振動板素材の違いも、その印象に結びついているのかもしれない。

ちょっと乱暴な言い方だが、“音楽ファン向けのM20”、“オーディオファン向けのA80 ”という感じだろうか。

A80のそんな印象を決定づけているのが、リボン・ツイーターの存在だろう。磁気回路内のボイスコイルそのものを縦に伸ばし、ダイレクトに駆動するリボン型は、製造にコストがかかるが、きわめて感度が高く繊細な音を奏でてくれるのである。

この音調の違いがぼくにはたいへん興味深い。アナログ録音黄金期の古いジャズやクラシックを聴くならM20が相応しいし、最新のデジタル録音の鮮烈なサウンドはA80のほうがより好ましい。

また、音量を絞ったときの音質はM20に軍配が上がる。小さな音でも低音がもの足りない印象が少なく、充実したミッドレンジで音楽を実在感たっぷりに描写してくれるのである。一方のA80はある程度音量を上げたときに精彩を放つスピーカーと言っていい。

昔から「アンプを内蔵したスピーカーは売れない」とオーディオ専門店で言われ続けてきた。しかし、もうそんな戯れ言は通用しない。予算10万円でパッシブ・スピーカーを中心にコンポを組んで、この音質を実現するのは、絶対無理と断言する。

“Less is more.” 10万円を切る価格で、アンプもオーディオプレーヤーも必要なくて、スピーカー・リスニングの醍醐味を満喫させてくれる製品が存在する。長年オーディオに携わってきた還暦過ぎのオーディオ評論家であるぼくは、その事実に卒然と立ち尽くすしかない。

ヘッドフォン・オーディオにどっぷり浸っている方にこそ、ぜひ一度M20とA80の音をご体験いただきたいと思う。

山本 浩司

1958年生れ。月刊HiVi、季刊ホームシアター(ともにステレオサウンド刊)編集長を務めた後、2006年からフリーランスに。70年代ロックとブラックミュージックが大好物。最近ハマっているのは歌舞伎観劇。