レビュー

初めてのカスタムイヤフォン作り! オンキヨー新世代機で自分だけの音を楽しむ

耳型を採取して、自分の耳に合ったイヤフォンを作れる「カスタムイヤフォン(カスタムIEM)」。イヤフォンにこだわる人には知られた製品だが、自分で作ったことは無いという人は少なくないだろう。筆者も音にこだわる一人として、今回初めてカスタムIEMを作ってみた。オンキヨーの「シリーズ J」という製品で、今回取材で作ったのは1月末だったが、ついに5月12日から発売された。

カスタムIEM(インイヤーモニター)は、プロのアーティストやエンジニアがライブや音楽制作現場で正確なモニタリングをするために使われてきた。

デザインやドライバー、ケーブルなどを選べるものもあるが、肝心の「カスタム」どころは“インプレッション”と呼ばれる耳型の採取。耳型をとることで、使用者の耳にぴったりとフィットするイヤフォンを作ることができ、高い遮音性を実現するため、ドライバーからの音を外に逃さず高解像度のまま聴けるのだ。

カスタムIEMの利点は他にもある。耳が小さくてカナル型のイヤフォンを使えない人にも適しているほか、遮音性を活かして音量を相対的に絞れる(製品にもよるが普通のイヤフォンの約3分の1程度とされる)ため、難聴予防にも一定の効果があるそうだ。これは元来のカスタムIEMの特徴が、結果的に一般のイヤフォンリスナーにも適しているともいえるだろう。

カスタムイヤフォンの作成例

耳型採取は、自らお店に出向かないと行なえない。また、完全オーダーメード製造につき、納期はメーカーによって異なるが、数週間から1カ月程度掛かる場合が多い。そして、価格は普通のイヤフォンよりは高い。にも関わらず、音楽リスニング用途としてカスタムIEMを一度使ったら手放せなくなった、という声も少なくない。それほどカスタムIEMのメリットは、他に替えが効かない特別なものだ。

カスタムIEMの存在は知っていたものの、これまで作ったことはなかった筆者が、今回初めてのカスタムIEM作成にチャレンジした。初心者目線でカスタムIEM完成までの道のりをレポートしていこうと思う。

「信頼性」、「サウンド」、「デザイン」の進化

オンキヨーのMシリーズとJシリーズは、5月12日から発売された同社カスタムIEMの新シリーズだ。既にオンキヨーはカスタムIEM市場に「Cシリーズ」というモデルを投入しており、今回はCシリーズをJシリーズに変更、さらに新規でMシリーズを追加した。

おおまかな強化ポイントは、信頼性とサウンドとデザインの3つ。デザインについては後半で触れるとして、音質面の進化と信頼性と耐久性の向上について触れたい。まず、新規投入のMシリーズはドライバーに自社開発のマグネシウムBAドライバーを採用した。マグネシウム素材は、振動板として、広帯域の再生能力を持ち、高レスポンス、金属固有の歪みが少ない、などのオーディオ的な優位点を持つ。Jシリーズは、旧モデル(Cシリーズ)の技術を踏襲しつつ、カスタムの選択肢が増えている。

MシリーズとJシリーズを用意

【Mシリーズ】
IE M1(マグネシウムBA フルレンジ) 79,800円
IE M2(マグネシウムBA 2ウェイ2ドライバー) 99,800円
IE M3(マグネシウムBA 2ウェイ3ドライバー) 139,800円

【Jシリーズ】
IE J1(BA フルレンジ) 69,800円
IE J2(BA 2ウェイ2ドライバー) 89,800円
IE J3(BA 3ウェイ3ドライバー) 129,800円

信頼性と耐久性については両シリーズ共通で、ケーブルにEstron製のLinum Baxを採用したほか、T2コネクターを新たに選べるようになった。T2コネクターはMMCXの次期規格として期待されている接続端子で、接続による音質劣化が少ないといわれており、挿抜テスト2,000回をクリアする高い耐久性も魅力だ。付属のケーブルを使用すれば、IP67の防水&防塵耐性を実現する。つまり動きに伴う汗に強い。Estron製の純正パーツは、T2ジャックとT2プラグ両方に採用されており、補聴器などをはじめとした医療機器グレードの試験と認証をパスしている。

T2端子を選んだ

オンキヨーのカスタムIEMの制作は、ざっくり流れを追うと以下のようになる。製造は国内の鳥取オーディオリペアセンターで行なっているとのことだ。

(1)耳型を採取
(2)デザインなどカスタムできる要素を決める
(3)完成まで待つ
(4)納品

耳型採取は未体験の感覚

申し込みの基本的な流れは、ネットのONKYO DIRECTで注文し、「メガネのアイガン」で知られる愛眼の220店舗で耳型を採取(作業費6,000円)してもらう。その後、オンキヨーの工場で製作され、購入者のもとに届けられるという形だ。

最初は耳型採取。筆者は製品説明も兼ねて東京・両国にあるオンキヨーのオフィスで1月末に取材と耳型採取を実施した。

そこで話を聞いた設計担当の技術本部 ハードウェア技術部 ヘッドフォン技術グループ 小日向亮祐氏は、学生時代からポータブルオーディオが大好きで、入社3年目にして本モデルの設計担当者に抜擢されたとのこと。小日向氏の語った設計のこだわりは後半で紹介したい。

設計を担当した小日向亮祐氏

基本的な製品の説明を受けた後、耳型の採取に移った。担当したスタッフは、補聴器のメーカーで専門の研修に合格しているとのこと。最初に鼓膜が見えるか、傷が無いかなど耳の穴を奥までチェックする。次に耳型を採るための柔らかい素材が鼓膜に流れ込まないように、耳栓を入れる。耳栓は小さなスポンジで、結構奥まで挿入した。自分の場合は、痛いと感じるギリギリ手前で止めるくらいだった。最初はちょっと怖いかもしれないが、動かずに静止していれば大丈夫だ。

人によっては、外耳道(耳の穴~鼓膜までの間)が曲がっているため、外からは鼓膜が見えづらく、耳栓をどこまで入れるか調整に難航することもあるとか。耳栓を入れたら、緑色と白色の材料をこねて混ぜる。混ぜることによって、人肌で固まるように性質が変化するらしい。専用の注入器にこの材料を入れたらいよいよ注入。注入の最初だけは、外耳道に圧迫感があったものの、すぐに解消。ちょっと冷たいこの素材は、入ってくるときなんとも言えない感触で、思わず声を上げたくなる感じだ(実際に声に出していたかもしれない)。違和感が強い方は、スタッフの方に言えば片耳ずつにしてもらえるだろう。

耳型を採るための素材
耳穴に素材を注入してもらう

筆者は両耳ともに入れてもらったところ、外の音がほぼ聞こえない。耳に密着して鼓膜への経路を遮断していることが分かる。口を動かすと耳の穴の形も変わってしまうため、固まるまでの間は、なるべく喋らず静かにしていよう。

耳型採取を担当してくれたのは同社の長田眞由子氏

待つこと5分。耳に入れた素材の固まり具合を確認したら、取り外す。耳栓に取り付けられた紐を引っ張って抜いてもらうのだが、耳の中身が持っていかれるような不思議な感覚だった。もちろん、痛みなどは全くないので安心してほしい。念のため、2回ずつ両耳採取していただいた。採取後は、耳の中を再チェック。異常が無いか確認して終了だ。終わった後、耳に残る違和感はほんのわずかで無くなる。感じ方には個人差があるだろうが、耳型採取と聞いて過剰に警戒する必要はないと思う。ここで採取された耳型が、自分だけのイヤフォンの原型となる訳だ。

外す時も独特な感覚

ドライバー構成やデザインを自由に選択。モデルごとの傾向の違いは?

続いて、ドライバーの種類/構成やデザインなどのカスタマイズ項目を選択。今回、新規投入されたのはMシリーズだが、自分の好みで選んでよいとのこと。耳型採取前、つまり完全フィットのイヤフォンではないが、テストモデルとなるイヤフォンでJ1~J3、M1~M3をすべて試した。

モデル選びのため慎重に試聴した

同じシリーズでも音の傾向が違う機種があったものの、おおまかには解像度重視のJシリーズと、音色に個性のあるMシリーズといった印象だった。筆者が聴いた感じでは、Mシリーズの低域/中低域はモリモリな印象。マグネシウム振動板を使っているが、金属的な音色や質感は感じなかった。このサウンドが好きな人にはたまらないだろう。M3では、サウンドステージの広さに心惹かれた。

J2は、アーティストの方がよく選ばれるそうだ。つまり、リスニング用のイヤフォンながら、モニター的な傾向も持っている製品ということ。実際、周波数バランスは全シリーズ中、最もウェルバランスに近い。中低域はもう少し抑えてほしいと思ったが、分離はMシリーズよりも優れていた。周波数バランス的にはJ2に魅力を感じつつも、より解像感を高め、サウンドステージがクリアに改善されたJ3をチョイスした。

ちなみにJシリーズは、Cシリーズから受け継いだ独自のフローティング機構を採用している。BAドライバーを外装シェルからフローティングさせ、不要振動と共振を低減しているという。Mシリーズは、ネットワークパーツを吟味し、ナチュラルで歪みのない再生を目指したとのこと。JかM、価格の違いこそあれ、どちらが上位モデルということはないそうだ。スタッフの方も、純粋に自分の音の好みや相性の良さで選んで欲しいと強調されていた。

その他のカスタマイズも選んでいく。フェイスプレートの形は、コンパクトでクールに見せるC型と落ち着いた印象のD型がある。D型は新規に追加された選択肢だ。どちらも良かったが、内部容積に余裕のあるD型を選択した。D型は、ドライバーユニットがC型よりも耳に近い位置に配置される。結果、高域の減衰は抑えられる傾向にあるようだ。

C型のデザイン例
D型のデザイン例

ぱっと見のルックスを左右するカラーバリエーションは、追加された新色のひとつ「ランプ」を選んだ。追加された新色は、フェイスプレートとシェルの色をそれぞれ分けた2トーンタイプとなる。左右同じ色にしてもいいが、R/Lが分かり易いようにRをウォームランプ、Lをダークランプにしておいた。さらに、ONKYOロゴの色まで設定できる。筆者は無難にランプと相性のいい「ゴールド」を選んだ。

次に密閉度。これは、耳にどの程度フィットさせるかを決めるもので、遮音性のレベルや快適度が変わる。今回は(音楽制作用ではなく)一般的なリスニング用途なので、スタンダードを選択した。プロタイプになると密閉度は上がるが、耳への圧迫感が疲れに繋がることもあるそうなので、長時間使いたい普段づかいの方にはお勧めはしにくいと思う。

イヤフォン部とケーブルをつなぐ端子は、MMCXとT2を選べる。MMCXは、以前仕事で使ったイヤフォンがなかなか外れにくく苦労した思い出がある。すんなり外れることもあるが難儀することもあり、T2はどうかと聞いてみると、挿抜は非常に簡単とのこと。プラグがクルクル回らないのもメリットだ。さらに汗への耐性も抜群。音は、MMCXよりもクリアになったとのことで、良いことずくめ。MMCXで使っているお気に入りのリケーブルはまだ無いので、迷わずT2にした。

カスタマイズは、内部の性能よりも外観に関することが多く、選ぶ楽しさ、そしてワクワク感を味わえた。既製品のイヤフォンでは、イヤーピースやケーブルを交換するのが一般的。カスタムIEMなら外観も含めて、好みの一品に仕上げることができる。デザインの選択肢は豊富なので、きっと思い通りの組み合わせが実現できるだろう。

モデルごとの仕様の違い

新ドライバーへのこだわりと、従来モデルからの進化点

今回の新モデル開発を担当した小日向亮祐氏に、設計のこだわりを聞いた。

新ドライバーを採用した経緯としては、「実は、開発としてはマグネシウム振動板が先にスタートしていたんです。どうせカスタムIEMをリニューアルするなら、ケーブルもコネクターも変えていくことにしました。T2コネクターによって、信頼性と耐久性、さらには音質も高めることができました」とのこと。

小日向亮祐氏

従来機種Cシリーズの付属ケーブルについては、「音質は良いのですが太く固めで取り回しに難点があり、Estronのケーブルに変更したことによって絡まりにくくなり耐久性も向上できました。見た目は細いですが、強度はとても高いですよ」と教えてくれた。

ケーブルは細いが強度は抜群とのこと

マグネシウムBAドライバーの搭載によって、旧シリーズとは音の傾向は変わったとのことで「イベントなどで聴いていただいても、音の好みがお客様によって大きく分かれる印象でした。しかし、JかMどちらかに偏ることなく、割と均等に分散しましたね。JとMどちらが上のモデルということはありませんから、嬉しい結果でした。他社を出し抜くというよりは、あくまでお客様の好みに合致するものを作りたいという思いで設計していました」と語る。

カスタムイヤフォンには既に競合となる製品も多いが、小日向氏は「ここ最近は、アジアからの輸入品を中心に攻めている音のカスタムIEMが多かった印象です。しかし、多くのプレーヤーはしっとりした厚みのある音になっていますから、それに合う製品を開発しようと思っていました」という。

ついに装着! 耳に合うと音の聴こえ方が一変する

今回は、耳型採取から約1カ月で完成の連絡が入った。フィッティング確認のため2月初旬に秋葉原のONKYO BASEで装着方法の説明を受けて、いざ装着。

できあがった筆者のイヤフォン

自分の耳にパズルのように収まる感覚は、今まで味わったことの無い驚きの瞬間だった。最初は着け方に戸惑ったが、一度覚えると特に難しくはない。密閉度に違和感はなく、外れやすいといったトラブルもなかった。装着感に問題があったときのリテイク(調整や作り直しなど)について説明を受けたら、無事にフィッティングは終了。

装着して試聴
細かな相談にも乗ってもらえる

オンキヨーのカスタムIEMは、2015年業界で初めて抗菌処理を施したシェルを採用。表面の特殊なコーティングにより使用後のメンテナンスを容易にしたという。リテイクについては、「ゆるい/きつい」といったイヤフォン自体を作り直さないといけない場合でも対応してもらえる。納品されたらいろんなシチュエーションで使ってみるとよいだろう。

ハウジングの内側

自宅に持ち帰り、まじまじと眺めてみる。3Dプリンターで製作されたシェルは、左右の形が微妙に異なり、不思議な感じがした。まさに自分の耳のために作られたイヤフォンであることの証だった。筆者のポータブルプレーヤー、COWONの「PLENUE R2」に接続してハイレゾを聴く。

一聴して、音場の静かさに驚いた。環境ノイズが大幅にカットされ、室内ではほぼ無音に近い状態を確保できる。耳の奥までドライバーの開口部(穴)が入り込むので、耳に直接音が入ってくる感覚だ。音像が近いとも言える。定位表現は、微細な違いまで判別しやすい。右は右でも、思いっきり右振りかちょっと中央寄りか、その違いが分かりやすいのだ。聴きながら、ふとフェイスプレートを耳に対して押し込むとまだ密着が甘かった。慣れない内は、密着度が浅くなることもあると思う。「はまったかな?」と思っても、一度全体を押し込んでフィット具合を確認する癖を付けた方がいいかもしれない。

電車に乗って、PS Vitaを使いゲームや映像鑑賞などに使ってみた。さすがに電車の音は完全に無音にできないが、広い帯域に渡って環境ノイズを減衰できるため、音量を上げなくても内容に集中できるのはありがたい。車内アナウンスも油断すると聞き逃すレベルだ。危うく、降りる駅を通り過ぎるところだった。密着状態が確保されており、音量をあまり上げなくても使えるため、音漏れもほとんど起こらないと思うと安心だ。

音色的には、中音域が豊かで温かみのあるキャラクター。ポップスは、ボーカルが肉厚で優しい音。環境ノイズが少ないことも手伝って、楽器音の実在感は、なかなかのもの。個人的には、解像度でもうひとつ上のクオリティが欲しいところだ。自分が音像をシャープに描く機種が特に好みというのもある。

なお、フィッティングのときは気付かなかったが、1時間弱など長い時間付けていると、慣れないせいか耳の疲労が感じられた。特に外耳道の出口あたりが、圧迫感にくたびれてしまった。筆者は、音楽をイヤフォンで長時間聴く習慣はないが、電車内でテレビ番組のエアチェックを行なうので、装着時間と疲労のバランスに少し悩むところ。連続して長時間使用する方は、密着度が低めのスポーツタイプにしてもいいかもしれない。あるいは、納品後問題があれば、リテイクの相談をするのも選択肢の一つだ。

持ち運び時にはケーブルストッパーで固定すると衝突による傷を防げる

以上、気になる部分はあったものの、カスタムIEMを作ってみて、イヤフォン選びに対する考え方が、今までと大きく変わったように思う。これまでは店頭で聴いて、出音が好みかどうかを優先して選んできた。デザインよりも音の好みを最重視し、見栄えは二の次・三の次だった。好みの音がまずあって、それに加えてデザインも良ければ御の字という諦めにも近い。それがオンキヨーのカスタムIEMでは、C型D型といった根本的なルックスから変更できる。しかも、それぞれの型で20色のカラバリがある。自然にモノとしての愛着が沸いてくる。自分だけのイヤフォンを作る楽しさと奥深さを体験できた。

現在、オンキヨーのカスタムIEMは、ONKYO DIRECTで注文後、メガネのアイガンで耳型採取を行なう形だが、今後、対応店舗が増えていけば、より多くの方に導入のチャンスが広がることだろう。

時代のニーズもあって、かつリスナーと相性の良いサウンドを追求してきた結果、オンキヨーは今回の新モデルのリリースに至った。結果として自分にとって「好きな音」を見つけられたなら、世界に一つだけの自分仕様のイヤフォンを作れるのは、音楽好きにとって大きな喜びと言えるだろう。

橋爪 徹

オーディオライター。ハイレゾ音楽制作ユニット、Beagle Kickのプロデュース担当。Webラジオなどの現場で音響エンジニアとして長年音作りに関わってきた経歴を持つ。聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。Beagle Kick公式サイト