小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1086回
最高峰のさらに上!? 小さくなったフラッグシップ、ソニー「WF-1000XM5」を試す
2023年8月2日 08:00
最高峰のさらに上?
完全ワイヤレス最高峰と謳われたソニー「WF-1000XM4」が登場したのも、もうなんだかんだ言って2年前である。当時は完全ワイヤレスでは初のLDAC搭載ということで、ノイズキャンセルだけでなく高音質にも振ったモデルとして注目を集めた。
その後事情は大きく変わり、ソニー以外のイヤフォンメーカーもハイレゾ機はLDACに対応するようになった。またスマホ側でもGoogle Pixelをはじめとする他社もLDAC対応となったことで、今やソニー以外の組み合わせでもLDACでハイレゾ音源が聴けるようになっている。
そして2年ぶりに登場したのが、WF-1000XM4の次、「WF-1000XM5」という事になる。発売は9月1日で、店頭予想価格は42,000円前後となっている。前モデルからノイキャン性能と装着性、音質強化が図られた新作をいち早くお借りすることができた。
新機能も数多く搭載した最新作を、さっそく聴いてみよう。
大幅に小型化したボディ
WF-1000XM5(以下M5)は、ブラックとプラチナシルバーの2色展開となる。今回はブラックをお借りしている。また参考としてWF-1000XM4(以下M4)もお借りした。なおM4はM5の発売に伴って、販売終了となる予定だ。
こうして2モデルを比べてみると、M4は耳に入りやすいよう設計されているとはいえ、やはり圧倒的に大きい。M5はM4から体積で約25%小さくなっている。加えて重さも片側約7.3gから5.9gへダウンしており、耳へのおさまりもよくなっている。
デザイン的にはイヤフォン裏側まで含めて丸みを帯びた形状になっており、タッチセンサーがある部分はマット仕上げ、それ以外は光沢仕上げとなっている。また外部への開口部も、M4はかなり強調したデザインだったのに対し、M5ではマイク部分に風ノイズ低減機構を施した出っ張りのないデザインとなっている。
ボディは小さくなったのに、逆にドライバーは6mmから8.4mmと大型化している。ドライバユニットには新開発の「ダイナミックドライバーX」を採用、ドーム部とエッジ部で異なる素材を組み合わせた振動板が特徴となってる。外側の柔らかいエッジ部で低音域を、中心のドーム部が高音域を再生するという。いわゆる同軸型ドライバというわけではなく、1つの振動板ながら2つの素材を採用して振動周波数を分けたのは珍しい。
また総合プロセッサもバージョンが上がって「V2」となっており、別途ノイズキャンセリングプロセッサー「QN2e」を搭載した。チップも増えているのに小型化しているわけだ。影響があるとすればバッテリー容量だが、連続再生時間はどちらもNCオンで最大8時間と、変わっていない。
ノイズキャンセリングとしては新たにフィードバックマイクを2つに増設し、フィードフォワードマイクと合わせて片側3マイクとなった。この集音結果を「QN2e」で演算し、さらにノイズ除去能力がアップしたという。
そのほかのポイントとしては、2台の機器に同時に接続できる「マルチポイント機能」がある。例えばスマートフォンとPC両方に同時接続し、ペアリングを切り替えることなく、再生している方の音がなる(切り替える場合は鳴ってる方を止める)という使い方ができる。
現在はベータ版として公開されている機能が2つある。1つは「ファインド・ユア・イコライザー」という機能で、好きな音楽を実際に再生しながら、好みの音質を設定できる。
もう1つが、「Bluetooth LE Audio」の対応だ。これは次世代のBluetooth Audio規格で、高音質ながら低消費電力の新コーデック、「LC3」が利用できる。これはあとで試してみよう。
イヤーピースは前作同様オリジナルのフォームチップを引き続き採用する。ただ本機からはチップサイズとして新たに「SS」が追加され、合計4サイズが付属する。フォームチップ自体も根元部分の肉厚を薄くして圧迫感を軽減して装着性が向上している。また新フォームチップは別売もされることになっている。
ケースも高さはほぼ同じだが、幅と厚みが少しずつ小さくなっている。イヤフォンに光沢面があることで取り出しにくくなったという評もあるようだが、じつは取り出すにはコツがある。ケースを真上から見て、ハの字方向に倒すと簡単に取り出すことができる。もっともボディが光沢で滑りやすくなったことで、ケースから外す際に落としやすくなったのは事実である。
気になる音質は?
では早速音を聴いてみよう。今回は再生機として「Xperia 1 IV」をお借りしている。今回テストで使用した曲は、Apple Musicで配信中のEverything But The Girl 「Drivin’」、The Corrs 「Irresistible」の2曲。M4とM5を聴き比べてみるが、双方ともセッティングはLDAC、EQはなしだ。
M4は6mmドライバと、前作から径が小型化しながらも十分な低音が楽しめるとして人気となったモデルだ。その評価は今も変わるものではないが、径が小さい分、ストローク幅で稼いでいた部分がある。
低域は硬質に表現されるため、エッジの効いた勢いのある低域表現が魅力であった。中高域は解像感の高さで聴かせるところが特徴だったわけだが、M5と比べてみると、実は若干中音域に鼻が詰まったようなクセがあることがわかった。単体で聴いているとなかなかわからない。
一方M5はドライバ径も大きく、かつ低域と中高域で素材を分けているところが特徴で、低域の量感が多いが、M4のようなエッジ感は後退する。同じレコーディングなのにベースを違うモデルに持ち替えたのかなと思うぐらい、ベースの表現が変わる。
中高域は非常に素直で、滑らかだ。解像感ではM4の勝ちだが、音の求心力と言う点ではM5に軍配が上がる。
ベータとして提供されている新機能「ファインド・ユア・イコライザー」は、実際に音楽を再生しながら、EQの違いを番号で選択していくことで好みのEQセッティングが得られるという、一種のウィザードである。こうしたアプローチは、すでにSennheiserや1Moreなどのイヤフォンで採用されている。
ソニーのEQの特徴は、400Hz以下の低音は「ClearBass」という機能でひとまとめになっているところである。この機能はM4でも使用できるので、M4とM5で同様の設定をしてみたが、なるべく好みを同じにしてみても元々のイヤフォンの素性が違うので、なかなか同じセッティングにはならない。ClearBassに関しては、M4が3、M5が6という結果になった。それより上の領域が高域に従ってハイ上がりになっているのは、筆者の年齢的に耳の高域特性が落ちているからだろう。
「ClearBass」を設定すると、新ドライバの素性がよくわかる。量感が増えるのはもちろんだが、上の帯域をマスクするような感じではなく、下の方へ沈んでスペースを開ける感じだ。解像感で聴かせるM4、量感で聴かせるM5と、個性が異なる音である。
ノイズキャンセリングについてもテストしてみよう。交通量の多い路上にサザン音響のダミーヘッドマイク「サムレック」君を設置し、M4とM5を順にテストした。イヤーピースの優秀さもあって、NC OFFでもかなりの耳栓効果はあるが、NC ONではやはり段違いにノイズ量が違う。
M4のNCも当時は最高峰と言われたものだが、低音のブーンというエンジン音までは完全にキャンセルできていない。一方M5は低音域まで確実にキャンセルできている。交通量の多い場所でも音量を上げて聴く必要がなくなるので、難聴対策にもなる。
一方音声通話に関しても、大幅にレベルアップしたという。いつものショッピングモールでテストしてみた。M4の場合は、音声自体は明瞭ではあるが、しゃべりのタイミングでガラガラしたノイズが入るのが気になる。
一方M5でも処理の傾向としては同じだが、一緒に混入するガラガラしたノイズが高域に寄ることで、肉声の音域を邪魔しないようになっている。正直こうした場所での集音に関しては、もっと優秀なイヤフォンも存在する。昨年ではOladanceとビクター「HA-NP35T」はかなり優秀だった。ソニーは集音に関してはもう一歩停滞している。
「Bluetooth LE Audio」とは
Bluetooth LE Audioはまだベータ版ではあるが、いち早く対応したのは嬉しいところである。これまでのBluetooth Audio(Classic Audio)は、標準コーデックがSBCで、ACCやaptX、LDACはオプションである。一方次世代規格であるBluetooth LE Audioは、標準コーデックが「LC3」となる。
LC3は低ビットレートながら最大48kHz/32bitのオーディオストリームに対応するため、SBCに比べればかなりの音質向上が期待できる。標準コーデックとは、Bluetooth LE Audioに対応するなら必ず搭載されるものなので、今後2~3年かけて対応イヤフォンとスマートフォンで対応機器が増えてくれば、もうデフォルトがLC3ということになっていくだろう。
現時点でBluetooth LE Audioに対応しているのはソニー製品が比較的早く、イヤフォンではLinkBuds SとM5が対応。スマートフォンではXperia 1 IV、Xperia 5 IV が対応しており、Xperia 1 Vも今後対応が予定されている。
Bluetooth LE AudioとClassic Audioは併用することができず、イヤフォン設定アプリ「Headphones Connect」を使っての切り替えとなる。最初に切り替える際には、Classic Audioでの接続情報をいったん削除して、Bluetooth LE Audioで再ペアリングを行なう。ペアリングを行なうと、左右が個別にペアリングされ、グループという格好でまとめられる。
Bluetooth LE Audioに切り替えてしまうと、コーデックはLC3固定となり、LDACやAACを使うにはClassic Audioに切り替える必要がある。また「マルチポイント機能」も使えなくなるので、利便性はかなり下がる。一度切り替えてしまえば、それ以降はアプリの設定変更だけで切り替わるのだが、まだベータ版と言うこともあり、片方だけ切り替わらないといったこともある。
音質的にはSBCに比べれば良好と言えるが、LDACに比べると中音域に若干鼻をつまんだような独特のクセを感じる。しかしこれもEQで1kHz~2.5kHzあたりを少し下げてやれば気にならなくなる。消費電力が少ないため、長時間の連続リスニングを楽しむには有効だろう。
低遅延でゲームに最適という話もあるところだが、実際にテストしてみた。手を叩く動画を撮影し、その音声をAAC、LDAC、LC3で再生、画面と同時にカメラで120pで撮影した。4倍スローで再生し、映像と音声のディレイを測定したところ、レイテンシーの少ない順からLDAC、AAC、LC3という順になった。映像では、最後のマルチ画面がわかりやすいだろう。映像のタイミングは同じで、音声が聞こえたタイミングでテロップを表示している。4倍スローなので実際にはこれの1/4の時間でディレイがある。
まだベータ版の提供でありこれから細かいチューニングが入るのだろうが、現時点ではレイテンシーに関してはまだパフォーマンスが出ていないようだ。
総論
イヤフォン本体としてはM4よりも大幅に小型軽量化されたことで、装着感はかなり良好となった。LinkBuds Sとそれほど変わらない印象だ。
一方でボディ表面の大半がツルツルしているので、ケースからの出し入れ時や耳への着脱時にかなり落としやすくなった。M4ではマイクカバーの出っ張りなどがあり、これが指がかりにもなっていたのに対し、M5は表面にあまりにも凹凸がない。また妙に光沢感のある表面も、4万円オーバーのイヤフォンにしては高級感がない。
機能的にはBluetooth LE Audio対応ということで、チューニング的にはまだこれからの部分もあるが、いち早く新しいフォーマットを体験してみたいという方には嬉しいだろう。
音質面では柔らかく沈み込む低域の量感が増したことで、小型なのに大型機のような錯覚がある。M4とM5は、見た目のサイズと音質が全く逆の印象になった。とはいえM4ユーザーはアップデートで「マルチポイント機能」も「ファインド・ユア・イコライザー」も使えるようになるので、音質的な差はそれほど大きくないとも言える。
価格がかなり上がってしまったことは残念だが、機能アップで小型化と、チャレンジングな製品であることは間違いない。昨今のノイキャンイヤフォンはステム型が主流になりつつあるが、非ステム型が好みの人は、このサイズ感ながら最高峰は魅力だろう。