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五輪より配信だった'21年。音楽はステレオから3Dへ!? 山之内×本田対談【前編】
2021年12月24日 08:45
オーディオビジュアル評論家の山之内正氏と本田雅一氏による、半期に1度の対談記事。2021年の業界動向を振り返りつつ、下半期に登場した製品や技術を語る。
前編では、コロナ禍で生活への浸透が一層進んだ配信サービスの話題を中心に、パナソニックの4Kレコーダ「DMR-ZR1」、ソニーの新機軸サウンドバー「HT-A9」など、注目製品を取り上げる。
コロナ禍で生活への浸透が一層進んだ配信サービス
本田:今年のビジュアルの話題というと、やはりLGエレクトロニクスの新世代パネル「OLED evo」と「配信」でしょう。ネット配信の映像は作品としてもフォーマットとしても高品位になってきました。こうなってくると、商品の選び方が変わってくると思います。
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本田:従来は物理メディアが品質面ではナンバーワンでしたが、今後はさまざまな意味でストリーミング配信の映像の方が高い品質を期待できるようになってくる。
それに日本の地デジ放送は特殊ですよね。デジタル化が早かった一方、古いコーデック(MPEG2)で放送されているため、圧縮ノイズが目立つ。それでも、放送規格は簡単に変えられないから、地デジを綺麗に見せるための工夫がこれまでは必要で、それが新興メーカーの参入障壁にもなっていました。
しかし、ここまで配信が一般的になると、普通に素直なパネルで見れば良いと思う消費者は増えるでしょう。配信サービスは圧縮コーデックのアップデートも、解像度のアップデートも、どちらも自分達自身の決断で簡単に行なえてしまいます。
冒頭に戻って、LG OLED evoに関していえば、地デジ画像への対応や厳密な意味での絵作りでは国産機に分がある。しかし、NetflixやAmazon Prime Videoなどの配信では、クライアントのソフトウェアが規定されていることもありますし、パッケージソフトも映像の素性そのものがいいため、パネル自身の良さがストレートに出てきます。
一方でテレビ番組を観る時は、ソニーBRAVIAのスタンダードモードを始め日本メーカーが巧みな見せ方をする。特に液晶の場合はバックライト制御も含めた総合力が求められる。有機ELもevoパネルをソニー、パナソニック、レグザあたりが次期モデルで使い始めるはず。すでに東京五輪も終わったことだし、タイミング的には、来春以降を見据えて待ってもいい時期かもしれない。
山之内:たしかに、今年後半は配信に面白い動きがいろいろありました。私が注目したのはハイレゾの「Live Extreme(ライブ・エクストリーム)」です。Thumbaなどのプラットフォームを利用し、2021年だけで約20公演を配信しましたが、画質の進化に加えて音質も良くなると没入感がまるで変わるという実例です。
ロンドン交響楽団(LSO)が公演映像をマルチアングルとさまざまな付加コンテンツを揃えて無料で配信したり、ステージ上のブラスバンドを22台のカメラとマイクで収録し、アングルを選ぶとその位置の映像と音が楽しめるという東京芸大の「VR藝大」にも可能性を感じました。
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本田:ネット配信に伴う技術的なハードルが下がってきたため、アイディア次第でさまざまなトライアルが生まれているのでしょうね。また配信が普及し、安定した契約者がいることで大手配信業者は、大きな予算をコンテンツ制作に割り当てられるようになりました。
例えば、Prime Videoの「ザ・マスクド・シンガー」は9話しかない日本制作の企画なのに、感染対策費用を含めて映画制作費かと思うような予算をかけていた。Netflixの日本原作映画などは三桁億円。いずれも具体的な数字は出せないが、特に「ザ・マスクド・シンガー」のようなテレビ番組に近い作りのものだと、日本の放送局が作る場合に比べると5倍どころか8倍ぐらいのイメージです。
山之内:予算面ももちろん重要ですね。2021年は東京五輪もあり、コンテンツとしては例年以上に充実していたわけで、配信と放送でさまざまなコンテンツを横断的に楽しめた年でした。では来年はどうか。これは4Kで観たい、8Kで観たいという方向性が見えてくることを期待したいです。例えば、ステージを8Kの固定カメラでとらえ、そこから高画質で切り出して見るという試みがありましたが、高画質を活かした見せ方にも工夫がほしいと感じています。
本田:安定した収益がある配信業者は、劇場公開の段階でコケて製作費を回収できなければならないという意識があまりない。あまりないというのは言い過ぎだけれど、会員の満足度を上げるために作品の品質を重視し、アーカイブで繰り返し長い間愛される映像を志向しています。Netflix参入当初は黒船だとか言われましたが、結論的には、日本のクリエイターや日本発の原作、アイディアなどにお金が落ちてグローバルで楽しんでもらえている。AVファンとしては、画質、音質共に底上げされることになっているので、とても望ましい方向で動いていると思います。
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本田:残念なことにコロナの影響で延期されましたが、Prime Videoは年末にボクシングのビッグマッチを生配信する予定でした。テレビ局では放映権を獲得するのが難しいようなイベント中継も、今後は配信中心になっていくのではないでしょうか。
本田:それから、ユーザーもネット配信にどんどん慣れてきましたよね。放送を楽しむ受け身のところから、自分の好きなものを探して取りにいくようになっている。すると配信サービスのAIが次々におすすめ映像をリストしてきて、番組編成に左右されず、好きな時間に楽しむのが当たり前になっています。
山之内:内容と品質への対価として、どのぐらいの料金なら払う気になるか? という感覚も少しずつ養われてきています。ライヴでいえば1公演1,500円だとして「これで1,500円は高い」「このクオリティならそれ以上の価値がある」といったさまざまな反応が生まれますが、サブスクも含めて試行錯誤を重ねながら来年以降はもう少し落ち着くところに落ち着く気がしますね。
レコーダーへの関心が刺激された、パナソニック「ZR1」
本田:今秋、レグザからタイムシフトマシン機能を搭載した4Kレコーダが発売されましたよね。“タイムシフト”という機能がユーザーの支持を長く集めているというのは、みな「放送波の編成につきあわされるのがいやになってきた」という感覚があるのではないでしょうか。
山之内:やはり録画のメリットはアーカイブだけでなく、思い通りに時間をコントロールすることが重要な目的ですからね。その自由度を上げるという意味では、まだレコーダのハードウェアや使いこなしに進化の余地があると思います。
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本田:VODで観るのが普通の感覚になってくると、生で楽しみたいイベントやスポーツを除くと苦痛でしかないですよ。
山之内:ライブでなければいけない番組は、あとはニュースぐらいでしょうか。そうなるといわれて久しいですが、パンデミックで在宅時間の過ごし方を見直すなか、オンデマンドで見るスタイルへのシフトが加速した気もします。
本田:キャッシュフロー、お金の通り道が変わったというのが大きいでしょうね。映像を作るのはクリエイターであって、監督や俳優などは昔から変わらない。以前は映画会社、日本で言うとテレビ局がコンテンツを作っていたわけですが、今は配信業者を経由するようになった。この勢いを日本でも加速させたものがコロナだったかもしれませんが、少なくとも放送から配信への流れは既定路線です。配信に良いコンテンツが集まってきたから、クリエイターも視聴者もそこに定着した、と。
山之内:既存の放送番組もようやくアーカイブや同時配信で観られる環境が整い始めてきましたね。視聴スタイルの変化を後押しする動きとして注目しています。
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山之内:レコーダーについては、パナソニックがUHD BD再生対応の4Kレコーダー「DMR-ZR1」を2022年1月に発売するという重要な発表がありましたね。この製品はクオリティ軸でレコーダーの価値を問い直すもので、特に“DACレス”という思い切った設計手法は注目に値します。
アナログオーディオ回路をあえて省略し、空いたスペースを利用してデジタル回路の電源強化やドライブの振動対策を導入しています。短時間ですが視聴した印象は非常に良くて、画質はレコーダー「DMR-UBZ1」や再生専用「DP-UB9000」を明らかに上回っていました。音は未確認ですが、振動対策やHDMI出力の音質改善を徹底しているので、期待できるでしょう。DMR-ZR1をきっかけにレコーダーへの関心がもう一度刺激されそうです。
Atmos/空間オーディオは新しい音楽のカタチ。製品もカタチにとらわれず体験を
本田:配信業者は利用者の満足度を高めるため、映像フォーマットも音声フォーマットも最高を求める傾向がありますよね。海外系の配信業者の場合、サラウンド音声もしっかり作っている。それに呼応して、カジュアルにサラウンドを楽しめる製品が以前よりも多くなりました。Dolby Atmos対応サウンドバーも増えていますよね。そうした中で、個人的にはソニーの「HT-A9」は、ぜひ注目してほしい製品です。
山之内:クオリティと使い勝手を両立させた製品がこの価格帯ではありそうでなかったので、A9がピタリとはまる映画ファンや音楽ファンがいると思います。一般的なサウンドバーでは満足できないし、AVセンターとたくさんのスピーカーを置くのはやはりハードルが高くて大変。そんな人をターゲットにしたA9はいいところをついていますね。
ソニー、4本で12個の仮想スピーカーを生み出す新感覚サラウンド
本田:見た目はおとなしいですし、価格もやや高価(約22万円)なので躊躇するかもしれません。しかし、体験するとメチャクチャ簡単な上に効果的。しかも、適当に置いていくだけでもきちんとAtmosを楽しめる。ほんとに置くだけいいなんてビックリですよ。オーディオで一番大きなハードルは設置だと思うのですが、A9はその点を見事にクリアしていて感心しました。ゲームチェンジできる潜在力を持っていますね。
あとは、サウンドバーで10万円を切る価格帯でそれなりにイマーシブサウンドを楽しめる製品が充実してきました。個人的には音楽サービスとの接続性なども加味して、Sonos「Arc」と「Beam(Gen2)」を薦めていますが、放送から配信へと視聴ソースが変化してくるとサラウンド音声を楽しめるチャンスが増えますよね。ここで興味を持ってもらえれば、次のステップに入りたいと思う人も増えてくるでしょう。
Sonos、59,800円でDolby Atmos対応サウンドバー
山之内:アトモスのコンテンツは音楽でも増えているので、以前より入り口が増えました。手軽に再生できるといえばサウンドバーもそうですが、BRAVIA XRとつないでAtmos再生ができるソニーのネックスピーカー「SRS-NS7」もありますね。NS7は自然に音が広がるけど低音が足りないなど、課題はありますけれど。
本田:NS7は低音の再生能力が低いことがネックですが、仮想音場の再現性はとても高いですよね。ただ一番の問題は、BRAVIA XRとの組み合わせでしか真価を発揮できないこと。もっと幅広い人たちに楽しんでもらえると、驚きを届けられると思うのですが。せっかくの良い技術ですから。製品を購入するしないはともかく、体験してもらえる人の幅を広げたいところです。
ソニー、ブラビアXRでDolby Atmosの音響を楽しめるネックスピーカー
本田:過去にも、“立体音響のムーブメント”は何度もありましたよね。古くはアナログの4チャンネルオーディオ。なかなか花開きませんでしたが、今回はいよいよ本格的にアーティスト自身が立体音響を使って音楽を作る。そんなクリエイティブの領域まで入ってきたのかなと思います。
山之内:これまで4chオーディオを皮切りにSACD、DVDオーディオのマルチチャンネルなどがありましたが、あくまでもホームオーディオがターゲットでした。以前のサラウンドと状況が異なるのは、今回はヘッドフォン・イヤフォンが浸透した中で起きたコンテンツの変化だという点です。
例えば、アップルの空間オーディオもイヤフォンで従来との違いが聴き取れます。音の拡がりだけでなく、ピアノソロやヴォーカルなどを空間オーディオなり、360 Reality Audioで聞くと、すぐにその良さに気付きます。左右の音量差が少ない声などは頭の中に入ってしまうというのが従来のヘッドフォン再生の問題で、これは疲れるし、スピーカーの自然な音場に大きく劣る点でした。まだ音源の絶対数は少ないけど、いま聴けるコンテンツで良質なものは、スピーカーのように開放的な空間の中で聴いているような音作りができています。
Amazon Musicの空間オーディオがヘッドフォン対応。追加機器不要
ソニー、立体音響「360 Reality Audio」の普及を加速。機器や楽曲を拡充
本田:クラシック録音だと、指揮者の位置からオーケストラを楽しむような空間が広がるコンテンツもありました。ピアノソナタが始まると、真横でピアノがフォルテシモで鳴り始める。これは楽しいなと感じました。そうした実際の音場を再現するものもあれば、昔の作品を立体音響で作り直している場合もあります。古いですが「クラフトワーク/ツール・ド・フランス」なんか、最初からこのように作りたかったのでは? と思うような表現です。新作の立体音響の音楽を聞いても、アーティスト自身が新しい発想で音場設計していて楽しいですね。
山之内:楽器の位置や動きを自在に作れるコンテンツの可能性もありますが、クラシックの演奏家がどこまで空間オーディオに関心あるのか、予測しづらいところもありました。Appleのイベントでアリス・紗良・オットが「今までの録音と音の拡がり方が違って面白い」と自分の新作アルバムについてコメントしていましたが、そんな柔軟な考え方のアーティストが今後はクラシックでも増えてくるでしょう。
本田:アーティストの気付きが新しい追加ステップですよね。ヘッドフォン、イヤフォン、リアルなサラウンドシステムでこうしたコンテンツが楽しめるようになってきて、だいぶ機材の選び方、商品のカタチそのものが変わる過渡期なのかも知れない。
山之内:従来は買わなかったジャンル、情報を探してみようとも思わなかったカテゴリーでも、いろいろ面白いものが出ているかも知れないので、偏見や先入観を持たずに実際に体験してみることが大事ですね。
さっき話題に上ったA9も、カタチだけで判断してしまうと、実際に表現できている世界を想像するのが難しい。スピーカーから大きく離れた位置に音が定位することとか、既存のバーチャル技術とは本質的に音の出方が全然違うとか、実際に体験することが重要ですね。
本田:スピーカーが4本だから、センターをバーチャルにした5.1chシステムをつくるものと誤解されているのかもしれませんね。しかし、でも実際にA9が生み出す音は、本格的なAVセンターを使って組んだAtmosのシステムよりもいいかもしれない。
置く位置もわりとテキトーでいい。置いて、あとは自動で製品が環境に馴染んでいくという製品が昨今は増えているので、良いオーディオの品質に触れる機会は増えていると思う。そこにいろいろな気付きがあり、コンテンツが対応していく感じだといいと思う。Appleもそうだし、Sonosもそうだし、使いこなさなければ楽しめないという製品、技術の方向は難しくなっているなと。
山之内:そこは大事だと思いますね。設計しているエンジニアも想像していない使い方、置き方をしているユーザーは多いですから。
本田:昔は読者のリスニングルームを訪問してチューニングするという企画がよくありましたが、実際に訪問するとなかなか使いこなしている方が少ない。でも、少し設置を直すだけで良くなる。
「もっと簡単に使いこなせるようにすること」。これはホームオーディオの大きなテーマですね。ある程度、そこを簡素化できるポータブルオーディオが盛り上がったのは、設置という大きなハードルがないからだと思いますし。
山之内:本来は製品側でケアした方が良い結果を生むことがが理想なわけで。ようやくそういう技術の使われ方が今実現しつつあるのかなと感じます。
本田:オーディオは機材の良し悪しも重要ですが、それ以上に設置環境やちょっとした置き方の違いが音質に大きく影響します。サラウンド環境はさらにその傾向が強い。置くだけでセットアップできる製品は増えていますが、そのなかでもA9は特別に優れていますね。
山之内:AVアンプはそこに改善の余地がまだあるのかなとも思いますね。
《後編に続く》
B&W「800D4」シリーズ
B&Wの800シリーズはスピーカーだけでなくオーディオ市場全体への影響力が大きく、技術やデザインの潮流を牽引する存在でもある。D4シリーズのなかでは往年の型名を復活させた801 D4に加え、キャビネット形状を上位機種と統一した804 D4、805 D4の進化が大きく、ライバルの一歩先を行く音を達成している。
ソニー「HT-A9」
コンパクトな4本のスピーカーで最大12個のファントムスピーカーを生成するコンセプトが秀逸。これならリビングルームに無理なく置けるという絶妙なサイズと手間いらずの自動音場補正技術のおかげで使い勝手も良好だが、最も注目すべきはその伸びやかな空間表現だ。置くだけでここまでのサラウンド体験ができる製品は初めてだ。
スタックス「SR−X9000」
メッシュとエッチング加工板を重ねた4層の固定電極を新たに導入し、現行フラッグシップ機のSR-009Sと比べても格段の音質改善を実現した。ダイヤフラムを大型化しても本体質量はSR-009Sよりも僅かに軽くなり、装着性も改善されている。別格の音質で末永く愛用できることを考えれば高価格にも納得がいく。
テクニクス「SB-G90M2」
グランドシリーズの中核を担うフロア型スピーカーが第2世代に進化し、SB-G90M2が誕生した。トゥイーターの位相特性を改善した同軸型ユニットや定在波を抑える新設計のキャビネット構造など、新たな技術とノウハウを導入することで明瞭な音質改善を果たした。KEFやエラックの上位機種とも対等に渡り合える注目作だ。
EARMEN「Tradutto」
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