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ソニーXRや次世代有機EL、そしてプレーヤ終焉論まで~'21年夏の本田・山之内AV対談

オーディオ・ビジュアル評論家の山之内正氏と本田雅一氏が、話題の新製品や業界動向を独自の視点で語る、半期に1度の対談。前編と後編の2回に分けて、上半期に登場した新製品や新技術、AV時事ネタを取り上げる。

前編は「映像編」。CES発表時から大きな話題を集めていたソニー・ブラビアの認知特性プロセッサ「XR」やLGの次世代有機EL「OLED evo」、液晶におけるミニLEDバックライトの動向、最新配信事情、そしてディスクプレーヤーの終焉論まで、語ってもらった。

ソニー・ブラビア「XRプロセッサ」は、画作りの新たな潮流を作る?

――上期の最新テレビにおける特徴の1つに、HDMI2.1サポートが挙げられますね。

本田:確かにHDMIのバージョンは気になる人が多いと思う。ただ、HDMI2.1に関しては全ての人にとって重要かと言えばそうではない。というのも、対応するコンテンツには限りがあるから。現時点ではゲーム、主にPlayStation 5がもっとも大きなコンテンツでしょう。映画やドラマ、アニメの視聴が目的なら、HDMI2.1はそれほど重視しなくてもいいと思いますね。

ただ、ゲームの世界は計算能力の向上で、あっという間に高精細、高フレームレートになっていく。最新のコンピュータゲームに興味があるなら、HDMI2.1対応は重要でしょう。将来的には当然必要とされる機能ではありますが、今はまだ「次に買い換えるときには対応しているといいな」という意識でよいと思う。

山之内:いまの時点で「HDMI2.1非対応モデルは購入を見送る」という人はそう多くないと思いますが、2021年モデルでは対応機種が増えています。「対応していれば安心」と考えるなら、選んで購入するのは賢明でしょうね。

HDMI2.1の4K120p入力やVRRなどの機能は現状、ゲームなどのコンテンツに限られる

本田:HDMI1.2、1.3、1.4とバージョンによって伝送できる音声フォーマットが大きく異なった場合と違い、2.1はそういった要素はなく、音質面でも特に考える必要はありませんからね。

むしろ、今年前半のビジュアル技術に関するトピックとしては、ソニーがブラビアのXRプロセッサで新しいコンセプトを導入したことと、LGが次世代有機EL「OLED evo」を採用したテレビを投入したことでしょう。

後者は発光素材が変更されていますから、将来的に使いこなせば大きな違いが出てくる。現在はLGのみの採用に止まってますが、当然、今後は他社にも採用進んでいくと考えてよい。ここ数年は熟成が進んでいたOLEDテレビですが、このタイミングで次のステップへと登る、その直前に来たイメージですね。

LGは5月、次世代有機ELパネルを採用した「OLED G1」シリーズを発表した。写真は65型4K有機ELテレビ「OLED 65G1PJA」

次世代パネル“LG OLED evo”の最上位4Kテレビ「G1」。壁ピタ設置も

――山之内さんは、XRエンジンに関してどのような感想を持たれましたか。

山之内:ソニーがこれまで目指してきた画質改善技術の延長線上にある技術であり、まったく新しいことをやっているという印象は受けませんでしたね。簡単に言えば、どう見せるかというノウハウをXRによって従来よりも洗練された形で実現することを目指し、動作の精度を高めてきたと理解しています。

注視点に対して精細度や階調表現を最適化して見せていくという手法は、そもそも人が注視する領域をどこまで正しく検出できるかにかかっている。

どこに人間の脳が反応し、どんな情報を重視するかと言うことは、テレビの映像に限らず、自然界、普段の生活はもちろん、美術館にいって絵を見るときでも、ほぼ一定の法則があり、距離や明るさも重要な意味を持ちます。それを実際にルール化し、重点的に信号処理をするという着想はそれなりに理にかなっているし、精度を上げれば一定の効果を上げられる。XRプロセッサを搭載した液晶と有機ELの実機を見て、ある程度の成果を上げていることは確認できました。

認知特性プロセッサー「XR」を搭載した、ソニー・ブラビアの「XRJ-85X95J」

ソニー、XRプロセッサで“絵も音も進化”液晶ブラビア「X95/X90J」

山之内:画面が大きくなると、画面のどこを見るかは割とハッキリしてくる。人によっては背景に目が行く人もいるでしょうが、人物なら顔の表情を注視するし、動いているものに敏感に反応します。

ただ、画作りの上で重要視して作り込んでいる部分は作り手によって様々です。たとえば主役じゃ無いけれど、脇役としてとても重要な人物が写り込んでいて、そこに重要な情報が込められているような場合もある。当然ながら、そうした部分まで検知できるわけではないでしょう。ある程度、普遍的な注視ポイントを分析する手法としては面白い試みだと思いますね。

認知特性プロセッサー「XR」

本田:XRエンジンは積極的に画を変える。そこが良いところでもある一方、AVファンにとっては疑問点かもしれないので、まずは今のトレンドについて話しておきたいです。

ディスプレイにとってプレミアムな映像の印象を詳らかにする性能は最も重視されてきました。いわゆる「ディレクターズインテンション」というもので、監督が意図した通りの印象を映像から感じ取れるかどうか、ということです。最近でもNetflixモードやIMAXモードなどもあるし、THXモードなどもある。この点はいまも昔も変わっていません。映画モードなどは基本的にそうした考えに基づいています。

でも、テレビで表示する映像は、必ずしも監督が全ての映像演出を事細かに考えて作られたものばかりではありませんよね。ニュースもバラエティも舞台も音楽コンサートもあるし、スポーツ中継もあれば、YouTubeなどのネット投稿系コンテンツもある。ドキュメンタリーや自然を映したものは、ただあるがままの自然を感じたいはず。こうしたディレクターズインテンションが強くないコンテンツも、そのままマスターモニターライクに表示するのが良いというのが、これまでの考え方でした。

ところが技術的に進歩した現代では、別のアプローチを試すための新しいツールが生まれました。それがAI的なアプローチで映像を処理する手法です。カメラを通じて捉え、記録している映像は、本当の実態、実物を見た時とは異なります。記録、配信、表示の段階で妥協を強いられるからです。そこで肉眼で見た風景や質感との差分、あるいは露出などに多少問題があった場合の補正などをニューラルネットワーク処理で行ない、現実の映像に近づけことが注目されるようになった。

認知特性プロセッサー「XR」の処理イメージ。XRプロセッサでは、ひとの注視点に応じて最適な画質処理を行なう

以前から各社は、より積極的に美しく見せよう、記憶の中の自然な風景に近づけようという取り組みをしてきましたが、近年はその手法が変化してきています。XRエンジンはその文脈の中で生まれてきたもので“認知的”な高画質化処理をするものです。

“認知的”というのはIBMが言い始めた言葉で、コンピュータは認知はできないものの“あたかも認知しているかのような動き”は可能なので、認知的に被写体や背景、素材などを判別し、適切な処理を行ないます。

ある意味、ディレクターズインテンションとは真逆の方向なのですが、どちらかが間違いではなく両方とも必要。今のところXRエンジンは、最も積極的にAI的アプローチで映像を処理していると思いますね。

さきほど山之内さんが話していたように、70型、80型になると、映像の視野が大きくなります。画面全体をボーッとみているのではなく、画面の中の特定の場所を注視していることが多くなる。昔とは映像の作り方も変化してきて、人物も一人だけをバストアップで抜くショットが減り、複数の人が同時に映るようなフレーミングするシーンが増えています。つまり引きのシーンが多いから、大きな画角の中で”視聴者はここを観ているはずだ”と予測し、識別した被写体に対して徹底的にリアリティを追求していく。そこがXRプロセッサのポイントでしょう。従来からの延長線にある技術ではありますが、より細かく、掘り下げていると感じますね。

XRプロセッサは、画面を数百のゾーンに分割した上、ゾーン内の個々のオブジェクトに対し、焦点や色、コントラストなどを詳細に認識。ひとの脳が機能するのと同じように、1秒で画像を構成する約数十万の異なる要素を相互分析することができる、とする

では他社はどうなのか? ということを見ていくと、他社も同じようなことをしているのですが、アプローチが違う感じです。あまりオブジェクトごとの認知をするというよりは、シーンを判別して、それをシーン毎に最適化しようとするアプローチ。面で画一的に処理するのではなく、これはこれ、これはこれ、というように個別にやっていくイメージでしょうか。

XRプロセッサに最も近い処理をしているのは、おそらくスマートフォンのカメラでしょう。

たとえばモデルがいて、逆光壁の建物があって、さらに空があってみたいな構図を普通に撮影すると、空が白く飛んで、壁は少しシャドウが強くなってしまう。ところがiPhone12シリーズで撮影すると、顔にも日陰の建物にも、青い空にも適切なホワイトバランスが適用され、露出もそれぞれの被写体ごとに適正になります。普通のカメラではあり得ないトーンマッピングですが、これは被写体を領域毎に切り抜いて、認識して映像処理を行なっているから。そのためにAI的な処理アプローチを行なっているのですが、同様のことを映像を表示する際、リアルタイムに行なおうとしています。

XRプロセッサの最適処理により、自然で現実世界のような映像を作り出す

――私も視聴しましたが、XRプロセッサの効果が強過ぎたためか、本来あるはずの奥行き感が損なわれ、やや平面的に見える場面もありました。

本田:“映像の品位”と”映像の質”は別々に捉えた方がいいでしょう。元々情報量が少なかったり、ノイズが一定以上ある時に、どの程度まで補正するのが観やすいかということ。もともとノイズや歪みが多い地デジなどの場合は、やり過ぎと感じる場合もあるでしょう。でも、質が高い映像に対して同じように作用するかといえばそんなことはない。

つまり映像の品位に大きな影響は与えず、質を調整するのであれば、ギリギリまでやった方がいいと思います。同じようなことはレグザもやっているし、各社、程度こそは異なるが、品位が低い映像に対しては可能な限り積極的に介入して、観やすい映像にしようとしていますよ。

クラウドAI高画質テクノロジーを搭載する、4K有機ELレグザ「X9400Sシリーズ」

レグザ、“自然で美しい人肌”のフラッグシップ4K有機EL「X9400S」

本田:それどころか、品位が上がるかのような振る舞いを見せるときがある。たとえば、世界中の風景を高精細に見せるといったよくあるデモ映像では、奥から手前にかけてのボケ方、つまり被写界深度の変化がとても自然に見えました。これが奥行き感をもたらして、自然な立体感を演出していると感じます。

山之内:私が見た映像ではそれほど違和感が大きいと感じたところはなかったですね。UHD BDで見たヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」は、引いたカメラで舞台の全景をとらえる場面と、もう少し寄ってフルショットで撮影した画面が中心。その両者を見比べるなかで、人物の表情や背景の明るさの変化を違和感なく、自然な範囲で描き出していました。人物の表情をていねいに再現しつつ、リアルに作り込まれた舞台装置の質感もそれらしく再現していると感じました。

ソニー・ブラビアの4K液晶「XRJ-85X95J」(写真左)、4K有機EL「XRJ-83A90J」(右)

“脳のように処理する”ブラビアXR有機EL。PS5の4K120p対応

iPad Proに見たミニLEDバックライトの威力。テレビ展開に期待

――上期の液晶モデルに関しては、どのような感想を持たれましたか?

本田:液晶テレビに関しては、有機ELに煽られる形で価格が低下したことから、メーカーとしても力を入れづらいのかな? と想像していました。一方で、実際の販売数から言えば圧倒的に液晶なので、そこは重視せざるを得ない。

個人的には、液晶で8Kは、開口率の低さなどまだ課題があり、明るさや消費電力を考えると特にHDRのコンテンツが厳しいと思っています。これは実は精細感にも影響しますからね。

一般的な画面サイズを考えると、4K/8Kという画素数の差よりもHDRの再現性が高い方が現実感のある映像だと感じるはずです。機材はスペックを観て評価しがちですが、8Kという解像度にこだわるのではなく、HDRの表現力なども含めて“映像のリアリティ”に重きを置いて評価すべきでしょう。最も、そうなるとやはり液晶より、有機ELがいいという話になるかもしれませんが。

山之内:現行製品であえて8Kを選ぶということであれば、8Kらしさがあり、ハイダイナミックレンジ本来の表現を味わうという意味で、ソニーのZ9Hが実現している性能が1つの指標になるでしょうね。

ソニーが20年3月に発売した8K液晶ブラビア「KJ-85Z9H」

ソニー初の8Kチューナ搭載テレビ「Z9H」。技術結集で“史上最高ブラビア”

本田:話しは変わりますが、iPad Proの12.9インチのHDR映像が本当によかったですね。12.9インチなので、顔を近付けなければ大きな画面では見えないですが。

2,500分割で1万個のミニLEDが動く。ミニLEDは黒画面に白の斜め線とかを表示するとマス目が見えたりする。でも、今回は光学系をしっかり設計しているようで、わりとほんのりと周りがふわっと明るくなる程度です。そうなると補正系も難しくなるが、補正系もしっかりしている。静止画を見ていても、動画を見ていても、ある程度自然に見えてしまいました。

全白で1, 000nits、ピークで1,600nitsまで伸びるのも大きなメリット。M1というものすごく高性能なSoCを搭載しているというのもあるけれど、ミニLEDであの品質のモノがでてくると、近い将来、あのような技術が大画面のテレビにも応用されることを期待せずにはいられませんね。

――Appleの32型6Kディスプレイ「Pro Display XDR」はミニLEDではなかったでしたっけ?

本田:違いますね。Pro Display XDRは普通のLEDです。分割数ももっと少ないです。あのときから彼らはバックライト制御が上手でした。コンピュータディスプレイは同じ映像を写し続ける静止画が基本。するとハローの見え方、邪魔さ加減がよりシビアになります。そこで作り上げてきたノウハウが、今回は生きてきたのだと思います。これまでも中国系メーカーがミニLEDを使ったディスプレイを発売してはいましたが、分割数は多くなってもバックライト全体の制御がいまいちでしたね。

昔は20インチほどのBVMを買って近くで見るのが一番良いと言っていた評論家もいたくらいで、画面が小さいのが悪いというわけではないのですが、さすがに12.9インチはさすがに小さいかな。

ただ、iPad Proを見て感じたのは、写真を編集するはもちろん、ロケ先とかで、ラッシュでHDRの映像を確認したりする用途には最適だということ。色のトラッキングもよくできています。簡易マスモニ代わりとしても使えそうな感じですよ。

12.9インチiPad Proに搭載されているLiquid Retina XDRディスプレイ。“iPad史上最高のディスプレイ”と謳う

M1搭載新iPad Pro。12.9型はミニLEDディスプレイ「目の覚めるHDR体験」

――テレビでいえば、TCLに続き、LGからもミニLED搭載モデルが発売されました。

本田:TCLの旧型(2019年モデル)はCESで見ました。コントラストはよかったと思いますね。LGはまだ見ていません。ローカルディミングが得意なメーカーが使い始めれば、流れが変わってくるでしょう。つまりこれは、映像分析の技術と表裏一体だということ。映像エンジンがミニLEDのような超多分割の処理に対応していないと意味がないのです。ミニLEDは高精度なバックライト制御技術と組み合わさったときに、1つ大きな進化が期待できると思いますよ。

もともと液晶は階調の素直さや価格の安さを考えると、有機ELデバイスよりも良いところがあります。液晶の問題がミニLEDとローカルディミング技術の向上で改善できるなら、今後、液晶ディスプレイの発展が期待できそうです。

ミニLEDバックライトと量子ドット技術を搭載した、LGの8K液晶テレビ「86QNED99JPA」

LG、ミニLED×量子ドット搭載のフラッグシップ液晶「QNED99/90」

TCLは8月、ミニLEDを使った最新の4K液晶モデル「C825」シリーズを発売予定

TCL、QLEDとMini-LEDバックライトの4K TV「C825」。「C728」も

LGが開発した次世代有機ELパネルに期待。ブラビアは音にも注目

――有機ELテレビでは、パナソニックがパネルにひと工夫を加え、また輝度を向上させてきましたね。

本田:パナソニックに関してはマイナーチェンジな印象です。コストパフォーマンスがよいモノを買う人は、画質が十分な1つ前の世代のモデルを買う人も少なくないでしょう。費用対効果をという意味で。

独自のDynamicハイコントラスト有機ELディスプレイを採用する、パナソニック・ビエラのフラッグシップ「TH-65JZ2000」

ビエラ最高峰の高コントラスト4K有機EL「JZ2000」。7.1ch/125Wスピーカー

本田:そういう意味では、LGの「OLED evo」をどう捉えるかだと思います。

OLED evoパネルは発光素材が変わっていて、明らかに色純度がよくなった。色の再現のバランスが変わってきたことは間違いないでしょう。また発光材料の効果なのかは分かりませんが、暗部の階調表現もよくなっています。意地悪なコメントにはなりますが、いずれこのパネルを使ってほかのメーカーもテレビを作るでしょう。それまで待ちたいという気持ちの方が強いですね。

山之内:他のメーカーがいつ実現するかという点は興味がありますね。

本田:LGディスプレイは部品メーカーとしてメーカーを差別しないという方向のはずです。次の世代では他メーカーもevoパネルを採用するでしょう。価格は多少違うかもしれませんが、メーカーに対してオープンでなければ(ディスプレイパネルメーカーという)部品メーカーは生きていけないと思いますし。

evoパネルの良さはスペクトラムの改善で、これは照明でいえば“演色性能”にあたるものです。スペクトラムが理想に近づけば、より艶やか現実感のある映像を作りやすい。これは大きな進歩で、実に素性のよい有機ELになる予感がしていますよ。

でもパネルの世代が新しくなったのであれば、それを使いこなした製品が欲しい。できれば比較しながら。だから今はまだ様子を見てみたいというのが本音なんです。

LGの「OLED G1」シリーズ
OLED evoの波長イメージ

山之内:今期のソニーの有機ELテレビに関して言えば、映像エンジンの進化が大きいだけでなく、音質も着実な進化を遂げていることを強調したいですね。

A80Jシリーズに前向きサブウーファを載せるなど、面白い技術を実用化してきました。感想としては、セットとして画と音を合わせた作り込みが実に巧み。ディスプレイパネルを振動させるアコースティックサーフェスオーディオは、オーディオのノウハウがなければ、実装してバランスのよい音を作り出すことは簡単ではないでしょう。セパレーションを確保するのが大変だったり、高域が歪んでしまったり、帯域が伸ばせなかったりなど、考えられる課題は山ほどありますからね。

本田:アコースティックサーフェスは、最初の頃は“ガラスくさい音”でした。固有の振動周波数みたいな感じがしていたのですが、モデルチェンジ毎に改善されてきましたね。アクチュエータの改良などを進めていて、とくに'21年のモデルはガラスくささがなくなりました。再生帯域も拡がって、前面向けウーファ搭載で振動の心配もしたけれど結果としてはいい。自然な音になっていて、諦めずに改良を続けてきた成果が出たのだと思います。

重要なのは生産地にあらず。優れた製品を持続的に生み出せる体制が重要

――テレビに関する時事的な話題としては、パナソニックがテレビの自社生産を縮小し、中小型の生産をTCLに委託するというニュースが少し話題になりましたね。

本田:生産拠点としての中国は、実力が十分に高く、世界的な企業が発注しています。中国メーカーだからといって品質を心配する必要はないでしょう。言い換えれば、”生産管理”の部分を自社で持つ意味がなくなっているからこそ、TCLへの外注という選択肢になったのだと思いますよ。

製品としての設計や生産現場の品質管理などにパナソニックが主体的に関わるのであれば、最終的な製品の品質には大きな影響はないはずです。自身で設計した製品が、自身のブランドバッジを着ける品質だと考えて販売するのであれば、生産工場がどこであっても変わらないでしょう。

特にテレビの場合、パネルや映像エンジンといった部分は組み立て工程とは無関係です。自社設計モデルなら気にする必要はありませんが、ただもし要求仕様にしたがってTCLが設計・生産したり、TCLが用意している標準モデルにパナソニックの外装を付けただけの低価格モデルが登場するとしたら、そこには明確な差は生まれるかもしれないけれど。

山之内:家電メーカーにおけるテレビの立ち位置は、数多くの事業展開のなかで特に注目されてきた経緯があります。パナソニックの宇都宮工場、東芝の深谷工場など、象徴的な工場でついに生産休止というニュースが注目を集めるのは当然のことだと思いますね。

技術設計部隊と工場が一体となって稼働するのはたしかに理想かもしれませんが、いまは技術の成り立ちや生産環境が大きく変化してますし、以前と同じ視点でとらえることはできない。設計開発と生産を1つの場所で完結するのは今の時代では難しいという意味で、生産地にこだわる必要はないでしょう。実際の製品自体の性能で評価・判断すべきですし、海外に委託した方がむしろ優れた製品が持続的に生まれるのであれば、歓迎すべきことだと思いますよ。

本田:ジャンルこそ異なりますが、アップルはあれだけ大量のiPhoneやiPad、Macを生産しているのに対し、液晶パネルも作ってなければ、半導体も生産していないし、商品の組み立ても行なっていない。それでも半導体設計やソフトウェア開発力などの面で関わっているのです。そして画質に関しては、規格通りの色再現への調整や広色域表示やHDRなどに積極的です。アップルは、品質の高い製品は提供しているが、何一つとして自社では生産はしていないですからね。

桁違いの制作費を投じる外資サブスク。日本発のコンテンツにますます期待

本田:サブスクリプションの動画配信サービス加入者が継続的に拡大傾向にありますね。これまでもグローバルで通用する作品に大きな予算が割り当てられてきたのが、近年の映像作品制作事情です。劇場での当たり外れに依存しないので、大手の配信業者は積極的に作品に投資をしています。これは映画のような作品もテレビドラマも同じです。

ここ数年はさらにそれが進み、地域や国毎に特化したコンテンツへの投資が進んできています。日本も例外ではなく、映画、ドラマ以外の番組、例えばリアリティショー、音楽系の番組も高品質なものが出てくる見込みです。

しかも米系配信業者の製作の場合、映像作品に求められる水準もグローバル基準になりますから、4K制作はもちろん、HDRでの制作が多くなってくる。そうした意味では、テレビやプロジェクターに求められる性能としても、HDRの表示性能がこれまでより重要視される事になるでしょうね。

たとえばAmazon Prime Videoがで9月から配信する「ザ・マスクド・シンガー」は、9話のエピソードに対して二桁億円の制作費が投じられている。取材でプロモーション映像を見ましたが、日本のテレビ番組ではありえない費用の投じ方でした。

『ザ・マスクド・シンガー』ダブルバトルの突を初公開!歌っるのは誰だ?| アマゾンプライム

本田:こうした流れはNetflixなども同じです。Netflixは東宝と提携して日本に制作スタジオを持ち、日本での自主製作作品を増やしていこうとしている。洋画や海外ドラマのファンだけではなく、日本で企画制作された作品の動向にますます注目したいですね。

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――山之内さんは普段どのような配信サービスを利用していますか。

山之内:Amazon Prime Video、AppleTV+、Netflixなど、主要なサービスは見ていますよ。正直これだけあれば他はいいかなというぐらい。契約しているサービスも多くなってしまっています。

本田:日本オリジナルの制作作品はまだですが、Apple TV+の番組は数が少ないながらも、クオリティは極めて高い。iPhoneユーザーなら、Apple Oneという音楽やネットストレージ、ゲームなどとセットでお得に楽しめるサービスに加入すれば投資以上に楽しめるでしょう。

山之内:Apple TV+のオリジナル番組はクオリティが高いと私も感じていますね。

動画に限らず、音楽のストリーミングサービスにも言えることですが、気が付くと複数のサービスに契約してしまっており、もっと整理したいというのが本音。ただ、オーケストラのライブ配信など、いろいろなプラットフォームで試行錯誤をしている段階のサービスもありますから、サービス毎の長所や短所を見極めるには複数の契約を維持しておく必要もある。これさえあればOKという決定打はまだないですね。

音楽関連の映像配信では、ベルリンフィルのデジタル・コンサートホールがようやくハイレゾ配信になりました。4K&ハイレゾの常設の映像配信サービスはこれが世界初と聞いています。

ベルリン・フィルの映像配信サービス「デジタル・コンサートホール」は、6月1日よりハイレゾ音声を導入。4K解像度の映像とロスレス音声が楽しめるようになった

ベルリン・フィルの映像配信が世界初ハイレゾ化。FLACで最大96/24

本田:オリジナル作品という意味では、グローバルの規模がないとついていけない環境になっていますね。言い換えれば、ひとつお気に入りのサービスに加えて、趣味性に特化したサービスでなければチャンスがない。たとえば音楽に特化していたり、国内のアニメコンテンツ、あるいはマニアックなミニシアター的作品に特化したサービスなどです。スポーツでは、それをDAZNが具現化していますね。

プロジェクタによるHDRの認識を変えたVW875。ディスクプレーヤーは終焉なのか?

――テレビ以外のビジュアル機器に関して、何か注目している製品はありますか。

本田:HDR作品が増加してから、なかなかホームプロジェクターに目が向かなくなっていました。JVCのプロジェクターは動的にトーンマッピングを変えることで、HDR作品を家庭向けプロジェクターの限られた光量でも楽しめるようにしていますが、作品によっては、少々白っぽくサチった映像になってしまうケースもありました。調整次第でなんとかなるとはいえ、プロジェクターで観るならSDRコンテンツの方がいいなぁと思ってきたんです。UHD BDでは選択肢がないけれど、配信であれば4K SDRで楽しめる作品も多いですからね。

昨年はコロナ禍でソニーのVPL-VW775などをじっくり視聴できていなかったのですが、新製品のVPL-VW875を視聴して、HDRの認識が大きく変わりました。安定してHDRの表現の具合がよかったんです。もちろん有機ELや液晶のように1,000nits近いところまでの再現性は得られないですけど、HDR作品の演出意図は十分に感じられました。

ホームプロジェクターのファンにとっては、なかなか製品の買い時がなかったと感じていましたが、やっと買い時が来たように思います。レンズの違いから120インチ以上ならVW875がベター(レンズ解像度が良いため)ですが、ほぼ同じ映像を得られるVW775は価格差を考えればリーズナブルと思いますね。

ソニーの4Kプロジェクター「VPL-VW875」

ソニー、HDR明暗表現を高めた4Kプロジェクタ「VW275」。最上位「VW875」も

本田:プレーヤーについて言えば、UHD BDプレーヤーで高品位を目指した新しい製品は出てこないだろうと思っています。これについてはもう諦めてよいのかなという気がしているのです。複雑すぎて画質や音質に特化したメーカーが、自主的に開発しにくいこともあります。それにパナソニックの「DP-UB9000」がトーンマップ処理含めて素晴らしい機種ということもあって、それを超えるのが難しいという事情も。OPPOの「UDP-205」もとうに生産完了していますしね。

今後はストリーミング映像を楽しむ装置として何がいいか、という話題になってくるのではないでしょうか。多様なストリーミングサービスに対応し、コンテンツ検索がしやすい製品に人気が集まるでしょう。Apple TV 4Kに新製品が登場しましたが、あの製品のように操作レスポンスが良いものもいいだろうし、逆に数千円でさまざまなサービスが視聴できるFire TV Stickのようなものがいいという人もいるでしょう。

山之内:デジタル・コンサートホールのハイレゾ配信も、Apple TVが真っ先に対応しました。ベルリンフィルはアップルと共同で準備をしているようで、空間オーディオでの配信も視野に入れているそうです。それを聞いて、わたしはApple TV 4Kを最新モデルに買い替えました。

新しいApple TV 4K

新Apple TV 4K、iPhoneセンサーでTV画質最適化。HDR対応強化

――AV WatchはAV専門メディアです。UHD BD/BDも存在してますし、クオリティ重視でパッケージを購入しているユーザーも読者にいます。ディスクプレーヤーは諦めみたいな発言はちょっと寂しいです。プレーヤーやパッケージへの応援コメントはありませんか。

本田:もちろん、自分で気に入った作品をパッケージで入手したいというニーズはあるでしょう。UHD BDは100Mbpsの高ビットレートの4K映像が楽しめるから、そこにはニーズはある。ただ、ソフトの流通に加えてプレーヤーの新規開発が難しい環境であることは否定できません。鶏と卵の関係だから、ストリーミングで視聴する人が増えるとディスクプレーヤー市場は小さくなってしまうものです。

山之内:わたしは不要どころか、BDプレーヤーの枯渇状態はかなり深刻な問題です。CDレビューで使っているUDP-205が壊れてしまったら、代替モデルが事実上なくなってしまうのです。あとはパイオニアの「UDP-LX800」ぐらいですが、残念ながら後継が期待できそうにないのです。

本田:UB9000ではダメなの? 笑

山之内:UB9000は優れたBDプレーヤーですが、SACDが再生できないから候補に上がらないのです。SACDマルチチャンネル盤の録音評を毎月書いているので、アナログ出力とHDMI出力の両方でサラウンド音声を取り出せるUDP-205は貴重な存在です。いまやニッチな市場なのだろうが、クラシックではマルチチャンネル収録のSACDが毎月数十タイトル規模で継続してリリースされています。オペラのBlu-rayをサラウンド再生で楽しむファンも海外を含めるとかなりたくさんいるはずです。それらを一台で再生できる、本来の意味でのユニバーサル仕様のBDプレーヤーであればすぐにでも欲しいですよ。

本田:ニッチ市場でパッケージあたりの単価がある程度取れるようなコンテンツは、今後も物理ディスクが残っていくでしょうが、消費者の世代も変化しています。YouTubeもそうですが、ゲームに関してもダウンロード販売の比率が高まってきているし、消費者はダウンロード販売に慣れてきている。結果的に物理メデイアの市場が狭くなってくると経済合理性が失われてしまう。現在あるコンテンツ資産や再生環境は大切にしながら、新しい時代にどう画質、音質に拘っていくかを考えるべき時期になってきているのだと思いますね。

山之内正

神奈川県横浜市出身。オーディオ専門誌編集を経て1990年以降オーディオ、AV、ホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在も演奏活動を継続。年に数回オペラやコンサート鑑賞のために欧州を訪れ、海外の見本市やオーディオショウの取材も積極的に行っている。近著:「ネットオーディオ入門」(講談社、ブルーバックス)、「目指せ!耳の達人」(音楽之友社、共著)など。

本田 雅一

テクノロジー、ネットトレンドなどの取材記事・コラムを執筆するほか、AV製品は多くのメーカー、ジャンルを網羅的に評論。経済誌への市場分析、インタビュー記事も寄稿しているほか、YouTubeで寄稿した記事やネットトレンドなどについてわかりやすく解説するチャンネルも開設。 メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。