レビュー

話題の「Roon」は、オーディオ再生をどう変える? 使い方の基本と今後の期待

Roonのココがおもしろい

 MP3など圧縮音源が登場して以降、PC向けオーディオ再生ソフトは「ジュークボックス型」が主流だった。WinAMPで注目を集め、iTunesの登場により1つのオーディオ再生スタイルとして確立、以降のPCおよびポータブルオーディオではリソースが集中する「母艦」としての役割を果たすに至った。

 しかし、ここ数年でトレンドは大きく変わった。PCとの同期なしに直接クラウド上の楽曲を再生するストリーミングサービスは、スマートフォンなど小型端末との相性がよく、欧米を中心に音楽再生の主流となりつつある。一方、音質重視の層は「foobar2000」や「Audirvana Plus」といったハイレゾ再生を意識したソフトへシフトするか、PCでの再生に見切りをつけデジタルオーディオプレーヤーやネットワークプレーヤーを利用する視聴スタイルが増えている。

 以上の事実から分かるのは、視聴スタイルの多様化と従来型ジュークボックス型ソフトの相対的な魅力低下だが、「音楽体験を豊かにする」という観点からはどうか。音楽鑑賞には、曲数や音質では語れない要素があるはずなのだ。

 今回紹介するRoonは、その部分を大胆にフィーチャーした「統合音楽再生ソフト」だ。基本的には、パソコンの内蔵HDD/SSDやNAS上に蓄えた楽曲をデータベースで管理するジュークボックス型ソフトだが、楽曲に付随するアーティスト名などの詳細なメタデータと、クラウド上に蓄えた楽曲関連情報を活用、無数に存在する楽曲・アーティストに“横串を通せる”ことが最大の特徴となっている。

 「Seawind」という70年代後半に活躍したフュージョングループを例に説明してみよう。彼らは4枚のアルバムを発表後に解散したが(再結成後を除く)、Jerry Hey率いるホーンセクションとアレンジ技術はプロのミュージシャンに評価され、その後多数のアルバムに参加している。EW&F(Earth,Wind & Fire)にMichael Jackson、AirPlay、日本でも松任谷由実や小田和正など挙げればキリがないが、長年フォローしている筆者はそれなりに知っているつもりだった。しかし、Roonを使いはじめて間もなく、把握していない/見逃している音源の多さを思い知らされた。

 トップ画面で「Jerry Hey」を検索すると、彼が関与したアルバムが続々ヒット。それ自体は当たり前だが、これまで無関係と思い込んでいたアルバム(自分のサウンドライブラリにあるもの)が何枚か表示されたことに驚いた。あの曲のホーンは彼のアレンジだったのか、言われてみれば! などと久方ぶりの新発見に胸が躍った。

Roonの画面。Jerry Heyで検索したところ、参加したアルバム(自分のライブラリ上にあるもの)がリストアップ。長年気付かなかった曲/アルバムを発見できて思わず興奮

 その網羅性の理由は、サウンドライブラリの事前分析と、Roonユーザのみ利用が許されるクラウド上に蓄積された(おそらく膨大な量の)メタデータにある。Roonでアルバムを再生すると、曲リストが表示されたタブの横に「Credits」タブがあり、そこにはアルバムに参加したミュージシャンの名前がリストアップされている。前述したJerry Heyの場合、「Arranger」や「Horn Arrangements」あたりに名を連ねているわけだ。検索結果に表示されたのも、その情報がヒットしたためだろう。

 従来のジュークボックス型ソフトでは、こうはいかない。例えばiTunesの場合、楽曲ファイルのメタデータにある情報は検索できるものの、アルバムに参加した全ミュージシャン情報までは網羅されない。ある曲を気に入り、その演奏者を知ってそこから他の曲・ミュージシャンを好きになるという「飛び火型」の音楽の聴きかたは、デジタルミュージックの時代といえどありそうでなかったものだ。

“プログレ界の旅ガラス”とでもいうべきJohn Wettonの名で検索。データベースの情報量と正確さに満足した(すべてのミュージシャンがそうとは限らない)

 メタデータは「Radio」という再生方式にも活用される。いってしまえば「似た傾向の楽曲を自動再生」する機能だが、なかなかツボを突いた選曲に唸らされることになる。Roonはユーザ定義→クラウド→楽曲付随メタデータの順にタグを優先使用するのだが、ユーザ定義なしでもある程度納得できる選曲をしてくれるのだ。

 たとえば、イタリアのプログレバンド「Banco del Mutuo Soccorso」の曲を再生すると、次はGentle Giant、その次はEL&P(Emerson,Lake & Palmer)、Steve Hackett、Locanda delle Fate、PFM、Angelo Branduardi……と、イタリアに限らずプログレ(どちらかといえばシンフォ系)に近いバンドの曲ばかりが選曲された。筆者のライブラリにある楽曲はあまりメタデータを付けていないので、クラウド上のデータベースをもとに適切なタグが割り当てられていることがうかがえる。

曲単位で再生を開始すると、このような画面が現れる。キューに貯めて再生するもよし、自動選曲機能「Radio」に任せるもよし

 強いて言えばAORに分類される「Steely Dan」の曲も試したところ、こちらのジャンルでも的確なタグ付けがなされているようで、Chicago、The Doobie Brothers、Fleetwood Mac、Donald Fagen、Player...などと70~80年代AOR系の曲ばかり続けて再生された。年代指定のタグは存在しないことからすると、メタデータにあるアルバムのリリース年を選曲の参考にしているのだろう。Bill Champlinに「JAPANESE TRADITIONS」タグが付いていたなど、ときには明らかな誤りも見かけるが、訂正すれば選曲に反映される。

 このように、Roonが持つクラウド上のデータベースは情報量豊富でそこそこ精度が高い。そのうえストリーミングサービス「TIDAL」も検索や自動選曲の対象になるというから、いよいよもってこの機能は見逃せない。TIDALの日本でのサービスインは未定だが、開始されれば「音楽体験がより豊かになる」ことは確実だろう。

「Radio」ではアルバムのタグやメタデータを解析、次の曲を選ぶときの参考にされる

コアとコントロール、アウトプットの「分散再生環境」が魅力

 Roonの料金体系は、年単位のサブスクリプション型「Annual Membership」が、2016年8月時点では119ドル/年に設定されている。半永久的な使用権の「Lifetime Membership」も用意されているが、499ドルと高額なため、最初はAnnual Membershipから契約するユーザが大半だろう。14日間有効な全機能を利用できるトライアルが用意されているので、これを試したうえで契約方法を決めればいい。

499ドルを支払い半永久的なメンバーシップを手に入れるか、とりあえず1年の利用権を手に入れるか、どちらかを選ぶ

 前述した“横串”に関する機能だけでは、この価格設定は高価に感じられるかもしれないが、Roonにはもうひとつ再生機能に関するアドバンテージがある。「RAAT(Roon Advanced Audio Transport)」という独自のプロトコルを利用した、分散型のオーディオ再生機構だ。

 Roonの再生機構は「コア」と「コントロール」、「アウトプット」の3つに役割分担される。コアはサーバ機能とライブラリ管理、コントロールは再生および再生指示、アウトプットはUSB DACやAirPlay対応機器などオーディオ機器への出力を担当し、それぞれが連携して動作するのだ。コントロール/アウトプットに台数の制限はないが、コアは1ライセンスにつきコアは1台までとされる。

 コアとコントロール、アウトプットは用途に応じて組み合わされ、ソフトウェアパッケージとして配布される。全部入りの「Roon」、コアとアウトプットを備えるが再生機能(コントロール)を持たない「Roon Server」、スマートフォン/タブレットのアプリとして再生と出力を担う「Roon Remote」、コアからの指示でオーディオ機器に音声出力する「Roon Bridge」の4種類で構成。

Roonの機能とソフトウェアパッケージの関係

 基本的なRoonの利用スタイルは、USB DACを接続したパソコン(Windows/Mac)に「Roon」を導入し、パソコン1台で完結させてしまうことだが、それではRoonというオーディオ再生機構のメリットを生かせない。スマートフォンやタブレットにRoon Remoteをインストールして再生指示したり、Roon Bridge対応のオーディオ機器を導入したり、機能を分散させることで本領を発揮する。

オーディオライブラリにはローカル(PCの内蔵ストレージ)やネットワーク領域(NAS)を指定できる
設定画面の「Audio」タブでアウトプットを指定する。PCに接続したUSB DACや、RoonBridgeが動作するデバイスを指定できる

 8月時点で、国内で販売されている製品はeXasoundの「Playpoint」程度だが、海外でのRoonの勢いからすると今後に期待していいだろう。

 ちなみに、筆者宅ではアウトプットをパソコン以外の機器に担当させている。Roon Bridgeソフトウェアを、シングルボードコンピュータの「Raspberry Pi 3」(OSはLinux)に導入し、そこにUSB DACを接続、ヘッドフォンやスピーカー(LINE OUTでプリメインアンプに接続)で音楽を聴いている。こうすれば、パソコンとオーディオ機器を直接つなぐ必要がなくなるので、パソコン周りはすっきりするし離れた場所のオーディオ機器も扱いやすい。

 筆者の環境は、「Roon」を導入したMacBook Air(Core/Server)を膝の上に載せ、そこで曲検索や再生操作を行ない、部屋の隅にあるオーディオ機器につないだラズパイ(Roon Bridge)を経由して音を出す、というスタイル。仕事中は音楽を聴くので執筆用マシンにインストールしているが、直接USB DACをつなぐと機動性が低下するため、同じLANに存在するRaspberry Piをアウトプット(Bridge)として利用している。

 USB DACは気分次第で変更するが、近ごろはティアック「HA-P5」をつなぎ開放型ヘッドフォンで楽しむパターンが多い。

【筆者の環境】
Core/Server:MacBook Air 11(Mid 2013)
Bridge:Raspberry Pi 3 + HA-P5(USB DAC)

筆者のRoon Bridgeは、クリプトンの試作ケースをまとったRaspberry Pi 3(OSはVolumio 2 RC2)にUSB DACのHA-P5を接続したもの
アウトプット上のRAATサーバ(ソフトウェア)がUSB DACなどオーディオデバイスを検出すると、Roonコアから出力先として認識される。画面はHA-P5を接続したときのもの

DLNAとはここが違う

 Roonの構造はネットワークオーディオでも利用される「DLNA」と類似の部分があり、コアはDMS(サーバー)よびDMP(プレーヤー)に、コントロールはDMC(コントローラ)に、アウトプットはDMR(レンダラー)に例えることができる。しかし、Roonでは複数の出力先(ゾーン)を持つことができ、1つのコアが複数のオーディオ機器(アウトプット)に対し個別に、しかも並行して音楽再生を実行できるなど、多くの違いがある。

Roonでは複数の出力先(ゾーン)を持つことができ、1つのコアが複数のオーディオ機器(アウトプット)に対し個別に、しかも並行して再生を指示できる
Roonコアの概念図

 決定的に異なる点としては、最終段のアウトプットにはデジタルストリームが出力されることが挙げられる。DLNAの最終段であるレンダラーでは、オーディオソースの読み込みおよびデコードが行なわれるため、レンダラーの対応するオーディオフォーマットがしばしば問題となるが、Roonではそれが発生しない。DAC側でDSDネイティブ再生に対応するかどうかはまた別の問題として、コアが対応するPCM 384kHz/24bit、DSD 256(11.2MHz)の範囲であれば、フォーマットを意識せず再生できる。

 もしDRM付きのファイル再生に対応しなければならなくなったとしても、コア側で対応することになるため、オーディオ機器側にはファームウェア更新などの負担が生じない。独自フォーマットを採用したストリーミングサービスもまた然り、処理はRoon(コア)に任せればいい。比較的小規模な企業が多いオーディオメーカーにとっては、ソフトウェア開発コストを抑制し音質向上に専念できるという意味で扱いやすい存在といえるだろう。

スマートフォンアプリ「Roon Remote」でコアに接続、再生指示することができる(画面はiOS版)
スマートフォンアプリでもRoon Remote(コントロール)としての機能に差はなく、ゾーンの選択も行なえる

 そこで疑問となるのが、クロックの扱いだ。デコーダから出力までをレンダラー機器内部で完結できるDLNAの場合、特に問題とはならないが、送り手のコアと受け手のアウトプットの間にネットワークを介するRoonの場合、クロックのずれが原因で(サンプリング間隔の変動による)ジッターが発生するのでは? と考えるのは当然だろう。

 しかし、ハイエンド指向のオーディオファンをターゲットとする製品であるだけにそこはよく考えられており、Roonではアウトプット側のクロックをコアへフィードバックする方法を採用している(参考)。「USB Audioにおける非同期転送/フロー制御をTCP/IPネットワーク上で実現した」といえばニュアンスが伝わるだろうか。

 Roonでは、Roon/RAATに対応した製品に対し「RoonReady」という認証プログラムを用意している。すでに多くのオーディオメーカーが対応製品を発表しており、ミュンヘンHigh End 2016などオーディオ機器の見本市でも大いに注目を集めていたという。“オーディオの理屈”にかなう設計がなされていることもあり、今後対応製品が増えることは確実だろう。

Roon Serverの課題と、今後に期待すること

 これまで説明してきたとおり、Roonのアドバンテージは「データベースを活かした音楽体験の深化」と「独自プロトコルによる分散型の再生環境」、そしてオーディオメーカーを巻き込んだ認証プログラムの提供にある。しかし、課題も少なくない。

 最大の課題は、Roon Serverの動作要件の高さだ。前述したとおり、Roonはパソコン1台ですべてを完結させるのではなく、ユーザーインターフェイスはスマートフォンやタブレットに分散させることができる。最終段のオーディオ機器への出力も、Raspberry Piのような安価で小型の機器をRoon Bridgeにすれば、スマートに仕上げられる。しかし、現在のところRoon Serverは(目安として)Intel Core i3以上のパワフルなCPUが必要とされ、ARMアーキテクチャはサポートされない。

 NASをRoon Serverに仕立てたくても、QNAPやSynologyの最新製品にあるような、Intelの64bit CPUを積むパワフルなモデルしか選べないという現実がある

 Roon Server(またはコア)を低スペックな環境で動作させた場合に生じうる問題として、「再生が途切れる」、「検索が遅くなる」といった点が公式サイトの「What will happen if Roon Server runs on a slower CPU」という項目に列挙されている。再生時はクロックの同期など負荷がかかる処理を伴うため、ある程度はやむを得ないだろうが、検索速度や曲情報の表示などは改善の余地がありそうだ。開発言語に利用されている「Mono」がボトルネックになっている部分もあるかもしれない(Monoで開発されたソフトウェアはMonoランタイムに含まれるJITコンパイラで動作する)。

 これからRoonを始める人にアドバイスがあるとすれば、「待たずに始めよう」のひと言だ。確かにコアが動作するNASや小型サーバPCを入手すれば、Roonらしい分散型再生環境が整うが、まずはパソコン1台+USB DACの組み合わせでスタートし、長く使い続けたいと考えたところでNASや小型サーバPCの導入を検討すればいい。USB DACがあれば初期コストはRoonの使用料のみとなるため、将来の拡張性を考えればむしろ安価に思える。

 ただし、ネットワークプレーヤーの導入を検討しているのならば話は別。従来はDLNA(uPnP)のみサポートする製品がほとんどだったが、今後はRAAT対応の「RoonReady」を謳う製品が増えるはず。当初は高級機を中心に展開されるのだろうが、しばらく待てば手頃な価格帯の製品も登場することだろう。それまで待てない場合には、導入のハードルはやや高いがRaspberry PiをRoon Bridgeに使うことを検討してほしい。手持ちのUSB DACを活用できるという点でも注目のソリューションだ。

 ともあれ、今後Roonが普及するためには、Roon ServerとPCの分離は必至。ノートPCで曲情報を見るのも悪くはないが、コアの機能はNASや小型PCに任せ、コントロールに徹したほうがRoonのコンセプトに合致するはず。最近のRoonの盛り上がりを見ると、その日は遠くなさそうに思える。

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。