小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第905回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

こんなの出されたらどこも勝てないじゃん、ソニー完全ワイヤレス「WF-1000XM3」

M2は? ねえM2は?

ソニーのノイズキャンセリング付きヘッドフォン/イヤフォンのうち、ハイエンドには「1000X」の名前が付けられる。先行してヘッドフォン型の「MDR-1000X」が2016年10月に発売され、約1年後の2017年9月には後継機の「WH-1000XM2」、加えてネックバンド式の「WI-1000X」、完全ワイヤレスの「WF-1000X」が発売された。

ソニーの新完全ワイヤレスイヤフォン「WF-1000XM3」

WF-1000Xは筆者も自腹購入したが、問題の多い機種だった。発売直後から左右間の音切れが頻繁に起こることが指摘され、ソニーとしては改善用のファームアップデートを行なったが、ハードウェアの構造的な問題はどうにもならず、音切れの対策としては不十分であった。

音切れの問題は2018年発売の下位モデル「WF-SP700N」ではかなり改善されたが、WF-SP700Nは、スポーツモデルである。1年違いとは言え、ハイエンドモデルがスポーツモデルに劣るとは、初代WF-1000Xを買った者としては納得いかなかった。

しかし今月13日に発売されたWF-1000Xの後継機「WF-1000XM3」は、あらゆる点で進化が見られるモデルだ。価格はオープンプライスで、店頭予想価格は26,000円前後。

そう言えば「WF-1000XM2」はあったんだっけと調べてみたら、そういうモデルは存在しなかった。初代からM2を飛ばしていきなりM3までジャンプしたWF-1000XM3を、さっそく試してみよう。

ハイエンドならではの美しいたたずまい

WF-1000XM3は、プラチナシルバーとブラックの2色展開である。今回はプラチナシルバーをお借りしている。シルバーといいつつも、若干肌色っぽいトーンで、顔に馴染みやすいのが特徴だ。

若干肌色トーンのプラチナシルバー

前作WF-1000Xのゴールドモデルと比較してみると、表面がだいぶフラットになり、マットな塗装になっている事がわかる。シンプルな強さがあるデザインだ。

前作1000X(左)と比べると、落ち着いたトーンになっている

表面にある円盤部はタッチセンサーになっており、右と左で別の機能をアサインできる。アサイン可能な機能は、再生コントロール、外音コントロール、Googleアシスタント呼び出しの3つだ。標準では右側が再生コントロール、左側が外音コントロールとなっている。

円盤部がタッチセンサーになっている
機能操作
再生コントロール1タップ:再生/停止 2タップ:次の曲 3タップ:前の曲
外音コントロール1タップごとにノイキャンOFF、ノイキャンON
外音取り込みONの切り換え

加えて左側のセンサーを押さえたままにすると、その間だけクイックアテンションモードとなる。これは緊急のアナウンスなどを聞きたい際に、音楽の音量を下げて周囲の音を大きく取り込む機能だ。これはヘッドフォン型のWH-1000XM3で好評だった機能だが、完全ワイヤレス型としては初めての搭載となる。

対応コーデックはSBCとAACのみ。aptXに対応しないのは、Android系ユーザーには不満だろう。LDACにも対応しないが、圧縮音源を最大96kHz/24bitまでアップスケーリングするDSEE HXを搭載することで、ハイレゾ相当の高音質を楽しめるとしている。

ノイズキャンセリング機構としては、表面にあるフィードフォワードマイクと、カナル部近くにあるフィードバックマイクの2マイク体勢となった。これも完全ワイヤレスとしては初めての搭載となる。

イヤピースの奥に見える凹みが、フィードバックマイク

加えてノイズキャンセリングプロセッサ「QN1e」を新規開発、搭載した。これはWH-1000XM3に搭載されていた「QN1」と同様の技術を盛り込みつつ、より低消費電力で動作するよう設計されたものだ。加えて同プロセッサ内にDACとアンプも内蔵している。

NCプロセッサー「QN1e」

本体裏側、つまりカナル側には、黒いカバーがかかっている部分がある。ここにセンサーが仕込まれており、イヤフォンの着脱をセンシングする。つまりAirPodsのように、耳から外すと自動的に音楽停止、が実現できるわけだ。

1000XM3(右)は内側に着脱センサーを内蔵

前モデルWF-1000Xは、装着を安定させるためにフィンが付いていたが、本機はフィンを廃止している。ボディは1000Xより長くなっているが、ボディ自体が3点支持構造で耳にフィットするので、安定感は問題ない。

ボディ自体が3点支持構造で耳にフィット

イヤピースは、シリコン系のハイブリッドイヤーピース4サイズ(SS/S/M/L)と、フォーム系のトリプルコンフォートイヤーピース3サイズ(S/M/L)が同梱されている。写真では3サイズずつだが、ハイブリッドイヤーピースの1つは本体に装着されて出荷される。

イヤピースは素材の違う2タイプが付属

大きな進化は、ケース側だろう。サイズ感は1000Xのものよりも大きくなってしまっているが、イヤフォンをケースに戻すと磁石で引き込まれ、ピタッと収まる。フタも同様に磁石でパチンと閉まる。

ケースの使い勝手はかなり向上

前作のケースは、ツメではめ込み式だったわけだが、イヤピースやフィンのグニャグニャした部分を挟み込んでツメで押さえ込むことになり、きちんとはめ込まれていない事があった。そうなるとイヤフォンが充電されないので、取りだしたら片側だけ充電されてないので両方使えないという事が起こった。磁石で引き込むのはAirPodsで搭載されたアイデアだが、ソニーもスタンダードに習うようになったという事だろう。

前モデル(右)との比較。全体的に厚ぼったくなった

ケースの充電端子はUSB Type-C端子となった。イヤフォン自体の連続再生時間は約6時間で、充電時間は1.5時間。10分充電で90分再生可能な急速充電もできる。ケースの充電容量は、本体の3回分だという。ヘッドセットと充電ケースの充電は約3.5時間だ。

充電端子はUSB Type-C端子となった

音切れを克服した新設計

ではさっそく聴いてみよう。もっとも気になるのは、左右の音切れ問題だ。本機のウリの一つが、接続安定性の向上にある。サイトの説明に寄れば、「左右同時伝送方式を採用」とある。本体左右それぞれが独立してスマートフォンと接続することで、左右間の音切れを低減するという。

左右を独立して伝送する仕掛けとしては、以前XPERIA1のレビュー時に、「Qualcomm TWS Plus」をご紹介したことがある。これはQualcommの新SoCと、対応イヤフォンの組み合わせで実現するものだ。

一方本機の説明には、再生機に対してそのような条件は特に明記されていない。つまり「Qualcomm TWS Plus」を使わずに左右独立伝送を実現しているようだ。Bluetoothチップは製造メーカーとソニーが共同で開発したという新チップを採用している。

今回はiPhone XRで接続しているが、Bluetooth接続を見る限り、左右が別々に接続されている様子はない。強いて挙げれば、設定アプリのステータスに別々のBluetoothマークが表示されることぐらいである。

写真中央付近のやや大きいものが独自Bluetoothチップ
設定アプリ上では左右それぞれにBluetoothマークが表示される

つまり、現時点では左右が独立して伝送されていることをユーザーが確認する手段がないのだが、現実には音切れ問題はかなり改善されている。現在まで4日ほどテストしているが、音切れが感じられたのは今のところ1回だけである。その際も、左右にグズグズしたノイズが入るだけで、完全に音が途切れてしまうようなことはなかった。

音質のほうは、低音もかなり充実させつつ分離感の良い、すっきり整理された音が特徴だ。本機では専用アプリを使ってイコライザーもユーザーのカスタム設定ができるようになった。前モデルではプリセットを選ぶだけだったので、これは大きな進化だ。加えてプリセットも、マニュアルで調整する事ができる。素材の良さを活かしつつ、自分好みのサウンドに変えられるというのは、音を自分でいじりたい派には、なかなか魅力的だ。

EQはユーザーが自由にいじれるようになった

アダプティブサウンドコントロールは、人の行動を検知して、自動的にモードを切り換える機能だ。前作はモードが切り替わる際もかなり音楽が途切れるので、歩いたり止まったりするような状況では、使っていて不快感があった。

一方本機では、動作検知によってモードが切り替わった際も、音切れがかなり短くなっている。切り替わる際にチャイムのような音が鳴るが、その際に一瞬途切れるだけだ。これぐらいならあまり不快感もない。

アダプティブサウンドコントロールは、切換の音切れが短くなった

ただ、「止まっている」から「歩いている」には5秒ぐらいで切り替わるのだが、その逆に切り替わるまで、3分ぐらいかかる。これは信号待ちで止まっている状況を想定して切り換えを制限しているのかもしれないが、そうではない状況も当然ありうる。トイレに行って戻ってきただけ、という事もあるわけだ。こうした切り換えのセンシングは、現時点のセンサーから得られる情報だけでは、満足いく効果が得られないのかもしれない。

ノイズキャンセリングのON/OFFでは、音質はほとんど変わらない。ただ外音の様子が変わるだけだ。このあたりは、デュアルマイクによってより正確に外音を抜きだせるようになったという事だろう。

総論

本機WF-1000XM3は、旧WF-1000Xユーザーからすれば夢のような出来栄えだ。最上位モデルなのに悪夢のような音切れに悩まされた日々が、まるで嘘のようである。

初代1000Xも音質自体は悪くなかったのだが、安定したサウンドが楽しめるというだけで、音質評価面でもひいき目に見てしまう。加えて本機では、イコライザーがマニュアルで設定できるようになった。ジャンルやアーティストに合わせるだけでなく、使用シーンごとにプリセットを作っても楽しいだろう。

ノイズキャンセリング性能は、初代1000Xが他のシリーズに加えると一歩劣っていたのに対し、1000XM3はヘッドフォン型のWH-1000XM3と遜色ないレベルに仕上がっている。ノイキャンのためにこの小型ボディにマイクを2つ仕込むというのはなかなか大変だっただろうが、効果は非常に高い。

実は先日、1000Xでは連続再生時間が短いため、ネックバンド型の「WI-C600N」を追加購入したところだ。6.5時間の再生時間はメリットがあるが、電源を入れて首に掛けてイヤフォンを耳に入れて、と、聴き始めの段取りが多い。ちょっと10分ぐらい歩く間に、と思っても、10分ぐらいならもういいか、と面倒になってしまう。

一方完全ワイヤレスは、ケースから取りだして耳に入れるだけなので、短い合間のリスニングでも十分対応できる。

あえて細かいことを言うとすれば、ケースのサイズが大きくなった点は気になるところだ。特に底部が丸いので、机の上では転がしておくしかない。まあフタ部分を下にして立てておけばいいと言えばいいのだが、なんかそうじゃない感が拭えない。

とは言え、初代1000Xから2年。買い換えるには十分なタイミングだ。現在ソニーストアでは、「ヘッドフォン下取り宣言」と称して、手持ちのヘッドフォンを下取りに出すと、最終査定額にプラスして最大9,000円を増額するキャンペーンを行なっている。最大9,000円になるのは他社製ヘッドフォンで、ソニー製だと最大5,000円までしか増額されないのは1000Xユーザーからすれば納得いかないところだが、1000XM3の機能は納得できる。

ほぼ弱点が見つからない完全ワイヤレスが登場したことで、もう一段ワイヤレスイヤフォンの基準が上がった。この分野はベンチャーが多いだけに、競合メーカーはかなり頑張らないと、このレベルでは戦えないだろう。

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ソニー
WF-1000XM3

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。